13-11 欲望の国

 船は港に着いた。

「それでは行ってきます」

 アリシアは船を下りる時、その船首像に話しかけてから船を下りていく。

 それを船員たちは見送った、そんな彼らにアリシアは話しかける。

「楽しい船旅でしたありがとう。 ⋯⋯そしてこれからもこの船を大切にしてください」

 今までアリシアが乗っていた船オズアリア号は、アリシアの師の名を頂いた船の八代目だった。

「船員たちを代表してお約束します、銀の魔女様」

 こうしてアリシア達は船員たちに見送られてこのセロナンに降り立ったのだった。

 そして次に待ち受けるのはセロナンの歓迎だった。

 屈強な戦士団に守られた馬車⋯⋯いや小型の竜種が引いているので竜車へと案内された。

 ひとまずアリシア達はセロナンの領主邸へと案内され歓迎されるのだった。


 竜車の中でアリシア達はこの国の印象について話す。

「けっこう温かいわね」

 そう言ってルミナスは羽織っていた上着を脱いだ。

「そうね始めて来たけど冬とは思えないわね」

「あれ? フィリスとルミナスは来た事無いの、この国?」

「ええ、私は来る機会が無かったわね」

「私は前から来たかったけど、子供には早すぎるからって言われていたのよ」

 フィリスとルミナスはこれまでこの国に訪れなかった理由を説明した。

「やっぱりこの国は風紀が乱れているのですね」

 ミルファは教会で育てられたためか、その辺りがやや潔癖だった。

「娯楽の国⋯⋯だったね」

 事前にアリシアも聞いてはいる、この国の事は。

 金、戦い、女、そういった人間の欲望がこの国の産業なのだと。

 なのでアリシアはこの国の訪問は不安もあったが楽しみでもあった。

 そしてほんの十分ほどで領主邸に到着した。

 竜車から下りるアリシア達を美しい女性が列になって出迎えた。

 そしてその奥で待ち受けるのがこの国の領主ドレイク・バーミリオンである。

「ようこそ皆様方、この国へ」

 そう歓迎するドレイクはピシッとスーツを着こなして汗一つかいてはいない。

「歓迎ありがとう、銀の魔女アリシアです」

「エルフィード王国を代表してきました、フィリス・エルフィードです」

「ルミナス・ウィンザード⋯⋯帝国を代表して来た。 楽しませてもらうわ!」

「聖女のミルファです」

 そう名乗るアリシア達を出迎えたドレイクが改めて一礼する。

「私の名はドレイク・バーミリオン、皆様を歓迎させていただく」

 そうやや気取った感じで自己紹介を終えたのだった。


 領主の館に入ったアリシア達は部屋をあてがわれ、そこで着替える。

 この後、歓迎の食事会が行われるからだ。

 フィリスやルミナスはパーティー用のドレスに着替え、アリシアやミルファは式典用のローブや司祭服に着替えた。

 そして案内されたのは豪華なシャンデリアが照らす食堂だった。

 その見事さにアリシアは少し見とれていたすると――

「お気に召してくれたかな、銀の魔女様」

 そう言ってドレイクが話しかけてきた。

「はい、美しい照明ですね」

「ははっ! そいつは嬉しいな、ガラス製品はこの国の主要産業だ、王国や帝国にだってこれだけは負けんぞ!」

 そこには先ほど見せたような紳士っぽさはなく、ややガサツな印象の男だった。

 おそらくこっちの方が地なのだろうとアリシアは思った、そしてこっちの方が良い印象だった。

 それから席に着き美女たちが給仕を行い、食事が始まった。

 食事の内容は王国や帝国で見かけたようなものが多く、この国独自と言えるものは無かった。

 そもそもこの国独自の食文化が無いのだろう。

 この国の食料はほぼ輸入に頼っており、この国で生産される食料品はほとんど無いのだ。

 でもだからと言ってマズイという訳ではなく、一つ一つの料理がきちんと作られていて満足できるものだった。

 そして食事が終わり今後の事を話す時間になった。


 アリシアがこの国に訪れた理由は転移施設を創る場所の下見と観光である。

 ドレイクの目的は何処に転移施設を作ってもらうか決める事と、アリシアに少しでもこの国を好きになってもらい頻繁に来たいと思わせる事だ。

 その似ているようで若干ズレのある会談が始まった。

「この度この国に来て頂いた皆様は仕事と観光、どちらからしますかな?」

「お仕事の方から終わらせたいと考えています」

 その最初のドレイクの質問の答えはあらかじめ決めておいたものでドレイクも知っている、あくまでも最終確認である。

 アリシアは先に面倒事を終わらせておきたいタイプだった。

 そして地図を広げて少し話し込む。

「この辺りに建設してもらいたいと考えている」

「⋯⋯なるほど」

 この国はいわゆる観光地だ、その為街の中心には転移施設を置くのはためらわれるしまたそんな土地も既になかった、その為やや郊外に作って欲しいとの事だ。

 アリシアはみんなと目を合わせて確認したが誰も異議は挟まなかった。

「まあ現場検証はもう今日は遅いので明日にでも⋯⋯それが終われば好きなだけ遊んで行ってくれ、闘技場、カジノ、風⋯⋯いやこれはお嬢さん方には関係なかったな」

 そうごまかすようにドレイクは大声で笑った。

 そしてアリシア以外の三人はやや顔を赤くする。

 こうして最初の打ち合わせが終わった。


「まったくデリカシーが欠けていますよ!」

 部屋に戻るなりミルファが怒っていた。

「まあ確かにね⋯⋯」

「そんなに怒る事?」

 アリシアにはピンと来ない、そもそも風俗が何かイマイチ理解していないのもあるが職業を差別する感性が無いのだ。

「まあミルファには合わない国かもね、ここは」

 ルミナスは普段ミルファが欲望とは無縁の場所で過ごす為、この国に嫌悪感を感じるのは仕方ないとは思い込んでいた。

「どうする? 仕事が終わったらさっさと帰る?」

 アリシア自身新しい国の文化や娯楽に触れるのは楽しみではあったが、ミルファが嫌がっているのでさっさと帰る事も検討し始めていた。

「⋯⋯いえ、それはまずいです、そんな対応をしたらこの国にアリシア様の悪印象を持たれる可能性があります⋯⋯だから我慢します」

 そうミルファはきっぱりと言った。

「まあ風俗なんて行く必要は無いしね、私たちは」

「そうね⋯⋯」

 ルミナスやフィリスも同意した。

「ならいいけど、正直闘技場とかカジノは楽しみだったから、ミルファに悪いかな⋯⋯とは思う」

「闘技場か⋯⋯」

「なにアンタ、出てみたいの?」

 そうルミナスはフィリスをからかう。

「いや⋯⋯出てみたいけど立場的に⋯⋯ね」

「変装用の魔法具でも創ろうか?」

「それってお母様が使っているやつ?」

「うん、あんな感じの髪の色なんかを変えられるようなの」

「うーん、どうしよう⋯⋯」

 フィリスは真剣に悩み始めた。

 そんな様子を見てミルファもこの国に嫌悪感を持つだけではなく、楽しむ所は楽しもうと思った。

 そもそもミルファがこの国を毛嫌いする原因は、普段から男性の無遠慮な好色の目にさらされているからだ。

 この小柄な体に不釣り合いなモノがいけないのだと、ルミナスと戦争になるような事を本気で考えていた。

 そしてそんなミルファの心情など全く気付かずにルミナスはミルファを元気づけようと、普段よりはしゃいで場を盛り上げようとしていた。

 こうしてセロナンでの最初の日は終わった。


 アリシア達が部屋で騒いでいた頃。

 ドレイクは考えていた、どうすればこの国に頻繁にアリシアに来てもらえるようになるのかを⋯⋯

 転移装置、それの導入を心待ちにしている国の中でこのセロナンほど待ち望んでいる国は無いと、ドレイクは考えていた。

 転移装置さえあれば、より多くの観光客が訪れるだろう。

 他にもガラスの輸出も安全で損耗なく販売が出来るようにもなる。

 なんとしてでもこの計画は成功して欲しかった。

 この国の未来の為に⋯⋯

 そう⋯⋯この国には人々の欲望が詰まっていたのだった。

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