13-10 楽しい船旅

 あれから一週間ほど経った。

 その間にアレクは各国にアリシアが視察に向かうと通達して、その予定を告げた。

 それによって各共和国も慌ただしくアリシアを迎える準備が始まった。

 それぞれの国を巡る順番に関してアリシアの意向はすんなり認められ、特に問題にもならなかった。

 そしてアリシアや仲間たちもその間に、それぞれ旅立ちの準備を整えるのだった。


 旅立ちの日、朝早くから魔の森に集合する。

 しかしここから南の都セロナンに直接転移はまだできないので、いったんローシャへ向かう。

 そしてそこから船でセロナンまで向かう予定だ。

 なおアトラは後でアリシアが転移魔法で迎えに行く予定である。

 こうしてアリシア達はローシャの港へと転移したのだった。


 そしてアリシアが驚いたのはこの旅立ちに、わざわざオリバー大統領が見送りに来た事だった。

「オリバー大統領、わざわざ見送りありがとうございます」

 そうアリシア達は頭を下げる。

「このくらい共和国を統べる大統領には当然の事さ、むしろこの旅にはこちら側が感謝しているんだ」

 そしてオリバーはアリシアの目を真っすぐに見た。

「どうかこの旅を楽しんでくれ⋯⋯良き旅を!」

 そう言ってオリバーはアリシア達を見送った。

 アリシア達は船に乗る⋯⋯そうオズアリア号だった。

 普段客船として使われるこの船をわざわざ貸し切りに手配してくれたのだ、オリバーは。

 港を離れていく船から桟橋の手を振るオリバーに、こちらからも手を振って応えるアリシア達。

 そんなアリシアは気付く、オリバーの後ろの方にあのマリーが控えめに、たたずんでいるのが。

「確かマリーさん⋯⋯だっけ? あの人も来ていたんだ」

「マリーさんは最近オリバー大統領の秘書の様なお立場になられたようで、ほとんど一緒に居ますよ」

 そうアリシアの質問にミルファが答えた。

「オリバー叔父さん、ホントにあの人と結婚する気なのかしら?」

「見たとこおじ様にはまだその気はなさそうだけど、あれだけグイグイ来られたら⋯⋯そのうち落ちるかもね」

 フィリスとルミナスもそんな感想を述べる。

「⋯⋯あの二人がくっつくのって問題ないの?」

「別にないわね、血が繋がってるわけでもないし元の妻たちとも円満に離婚が終わったようだしね」

「多少は醜聞が悪いくらいだけど、今まで妻が十五人も居てそれでもやって来た人だし⋯⋯まあ今さらよ」

「そう聞くと本当にすごい人ですよね、大統領は⋯⋯」

「そっか⋯⋯」

 アリシアは仲間たちの意見を聞き、あの恋の行方はそう悪いものでは無いと知る。

 今回はアリシアは何もする気はない、ただ見守るばかりだ。

 しかしだからこそ幸せになって欲しいと思った。

「さあ船室に入りましょう、ここは寒いわ」

 そうルミナスが急かした。

 一月の冬の海はとても寒い、春の温もりはまだ遠かった。


 船室へ向かう途中ミルファがやけに辺りをキョロキョロしだした。

 それを不審にアリシアは思い始めたが、すぐに船室へと辿り着く。

 アリシア達が泊まるのは大きな船室だ、今回四人はここで寝泊まりする。

 その部屋の大きなクローゼットにミルファは注目していた。

 アリシアには意味がわからない、何故ならみんなの手荷物は全て通魔鏡に仕舞っているため、あのクローゼットには用はないはずだ。

 そんなミルファを見ていた中でフィリスだけが気付いた。

「ねえミルファちゃん、入りたいなら入っても構わないわよ」

 そう悪戯っぽくミルファに言った。

「そ⋯⋯そんな事思ってませんよ!」

 そう否定するミルファは明らかに挙動不審である。

「どういう事フィリス⋯⋯それにミルファも?」

 そして観念するようにミルファの説明が始まった。

「この船オズアリア号は『コリンシリーズ』で何度か出てくる船なんです⋯⋯そのクローゼットの中に隠れるシーンとかもあって⋯⋯」

 そう説明されてアリシアも思い出した。

「そういやあったな⋯⋯そんなシーンが」

「前回初めて乗った時はまだコリンを知らなかったから特に何も思わなかったけど、今はあの船に乗っているんだって思ったら⋯⋯つい⋯⋯」

 そうミルファは心情を告白した。

「聖地巡礼ってやつね!」

「何それ?」

 アリシアはルミナスに聞く。

「聖地巡礼ってのは物語の舞台になった場所へ、ファンが実際に行く事よ」

「なるほど⋯⋯」

 アリシアは理解した、もしも本当にあの〝風車の魔女〟の風車の館があったなら、どんなことをしてでも行ってみたいとは思うからだ。

「ミルファちゃん、この船には私達しかお客様は居ないから好きにしていいんじゃない?」

「⋯⋯いえ、やはり恥ずかしい真似は出来ません」

 そうミルファはきっぱりと言った。


 そしてしばらくして食事の時間になり、アリシア達は食堂へと向かう。

 テーブルに着いた三人は少しだけ遅れてきたミルファに何も言わなかった。


 ここでこの船旅について解説する。

 アクエリア共和国は中心に大きな海を持つ。

 そして緩やかではあるが、ぐるりと渦を巻くような海流があり西のローシャから北のイスペイそして東のポルトンから南のセロナンへ、そしてまた西のローシャへ⋯⋯というコースが一般的である。

 無論海流に逆らって逆向きの船旅が出来ない訳では無いがコストがかかる為一般的ではなかった。

 今回アリシア達は南のセロナンまで全ての港に立ち寄る事にしていた。

 そうすれば次回の訪問からはそれぞれの港まで、アリシアは転移魔法で行けるようになるからだ。

 船は帆を張ったり潮に流されたりで特に急ぐこともなく、ゆったりと各港どうしを二日おきくらいに到着する予定だった。

 まず北へと向かう船は、ますます寒くなってゆくのであった。


 船旅は順調に進んだ。

 二日おきに港に立ち寄り物資を補給する為に停泊する。

 アリシアはそのたびに港の桟橋に立ち、その場を転移可能に覚えていくのだった。

 それらは正式な訪問では無いため各領主とも挨拶などは無かったが、それぞれの国の名産品などを差し入れてもらい船のコックが腕によりをかけて調理してくれた。

 船旅の間アリシア達は釣りをしたり甲板でゲームを楽しんだり、ミルファは船の厨房で料理を教わったりして瞬く間に時間は進んでいった。


 そしてローシャを出て六日後、南のセロナンへと辿り着いたのだった。

 港に着く頃になると人魚の大合唱が聞こえてくる。

「人魚の歌が聞こえる」

「アトラの独唱もいいけど、ああいった合唱もいいわね」

 そう話すフィリスは隣のアリシアがすっかり上機嫌になっていた事に、心から安堵する。

 フィリスは思っていた。

 この旅が始まる前のアリシアの精神状況はあまり良いとは思えなかった。

 強いストレスをため込み始めていると感じていたのだ。

 だからこの船旅ですっかり元のアリシアに戻り、フィリスは一安心した。

「あそこがセロナンですか⋯⋯」

 ミルファが遠くを眺めてため息をつく。

 そこは見渡す限りの砂であった。

 海岸線から少し離れた場所は、ほとんどが砂漠や砂丘なのだ、この国は。

「よくこんな所に国を作ろうとしたね⋯⋯」

 ただアリシアも感心する。

「歴史的には二百年以上前は王国の端っこって感じだったんだけどこの砂漠でしょ? 実質支配は不可能で放置されていたのよ、そこに勝手に住み始めた住人たちが国にしちゃった⋯⋯って感じなのよ」

 そうこの国の歴史をざっとフィリスが教えてくれた。

「元々王国だったのに今は共和国なの?」

「大戦争の時に王国はこの場所をまったく守らなくて⋯⋯それでこの国は独自に他の共和国と力を合わせたからなの」

 地理的にはこのセロナンは帝国の脅威からは程遠かった、それよりも優先される防衛線は多数あったのだ。

「まったく重ね重ね、申し訳なく⋯⋯」

 そうルミナスは先祖の悪行を詫びる。

「別にルミナスが悪い訳じゃないし」

 そうアリシアは率直に思いルミナスを慰めた。

 そんなアリシア達に船員が話しかける、接舷時に揺れるので船室に入って欲しいとの事だった。

 こうしてアリシア達はいったんこの場を離れた。


 待つ事しばし⋯⋯


 船員が部屋をノックするどうやら到着したようだ。

 全員荷物を纏めて船室を後にする。

 アリシア達はついに砂の国セロナンに辿り着いたのだった。

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