11-EX01 未来への投資

 ナロンはアトラのステージを見終わった後、成り行きでアクエリア共和国関係者のゲストハウスへと連れて行かれてしまった。

 すぐに帰ろうとしたナロンだったのだが。オリバーの妻たちから引き留められて捕まってしまった。

 オリバーの妻たちの中には元の主人との間の子供がいた者も居たが、いなかった者も居た。

 そしてオリバーはそんな妻たちとの間に自分の子を作ろうとはしなかった為、もし自分に子供がいればナロンくらいの歳の子が⋯⋯そう言って、そんな妻たちにナロンは可愛がられてしまったのだった。


「大変だった⋯⋯」

 そうぼやくナロンにその女性は話しかけた。

「ごめんなさいね、お母様たちが」

「いえ⋯⋯これもあたしの不注意が悪いんだし⋯⋯まあいい経験だったよマリーさん」

 そう、今ナロンと話しているのは義理の父であるオリバーにプロポーズした義理の娘だった。

「ナロンは背が低いからつい可愛がりたくなったんでしょうね、お母様たちは」

「今日ほど背丈が欲しいと思った事はない」

 そう言って二人は笑いあった。

 そしてナロンの着替えが終わった。

 ナロンの服は劇場の楽屋に置いてきてしまったので、それを届けてもらうまでここを出る事が出来なかったのだ。

 そしてその間ずっと弄ばれていたのだった⋯⋯

 そんなナロンを庇い助けてくれたのがこのマリーだった。

「あの⋯⋯ところでマリーさん」

「なに?」

「お義父さんのオリバー大統領に⋯⋯その⋯⋯」

「プロポーズした事?」

「ええ⋯⋯その、どうしてかなって?」

 失礼な事を聞いているのかと不安だったが、好奇心を抑えきれなかったナロンにマリーは満面の笑みでで答える。

「だってあんなカッコいい男、他に居ないじゃない!」

「カッコいい?」

 現在のオリバーは中年で少し腹も出ている。

「私子供の頃はずっと父さんの事、本当のお父さんだと思っていたの」

 それはまだマリーが赤ん坊の頃に母がオリバーと再婚したからだった。

「お義父さんはお母様や私たち子供の為に普通の家庭を持つ事を諦めたわ、でも私が本当の子供じゃないって知って、じゃあ私があんな嘘っぱちじゃない本当の妻になればいいって思ったのよ」

「ええ⋯⋯」

 ナロンは割とドン引きだった。

 そんな発想に至るという事は、最初から義父の事を男と思って見てきた⋯⋯という事なのだろうか?

「その事をお母様たちに相談したら「じゃあ私たちはもう離婚しましょう」って言ってくれて、それでプロポーズしたのよ」

「⋯⋯それで、大統領はなんて?」

「ダメだって⋯⋯でも諦めないわ私は」

「そ⋯⋯そう⋯⋯まあがんばってね⋯⋯応援しているよ」

「ありがとうナロン、あなたも作家頑張ってね、いつか私とオリバーお義父さんの事、本にしていいよ!」

「ははは⋯⋯」

 そうしてナロンはゲストハウスを出たのだった。


 翌日ナロンはレースを観戦した。

 今日は年末の記念レースで、しかも今日誕生日のミハエル殿下とエルフィード王国から急遽参戦したアレク王子の対決で盛り上がっていた。

「うーん⋯⋯賭けてみるか⋯⋯」

 この時のナロンは意外にお金を持っていた。

 魔の森のギルドでの給金と実家に帰った時の手伝い⋯⋯と言うには多すぎるお小遣いを貰っていたからだった。

 そしてこの後ナロンは魔の森へ帰るが、あそこではお金をほとんど使わない。

 なら多少散財しても問題はない⋯⋯という判断だった。

 ナロンはその後いくつかのレースを勝ったり負けたりしながら所持金を僅かに増やしていた。

 そして迎えた最終レースで⋯⋯

「えっ!? あのハウスマンが出るの?」

 騎馬隊のエースハウスマンの名はナロンでも知っている馬術の天才だ。

 道楽で出た王子たちが勝てるわけがないとナロンは思って、残った予算の全てをハウスマンにつぎ込んだ。

「オッズ七倍って⋯⋯操作されているのかな?」

 王子たちのオッズが高いと不評を買うかもしれないから忖度されているのだと、ナロンは判断した。

 そう、暫く帝国を離れていたナロンは知らなかったのだ、ハウスマンがその愛馬を失い成績を落としていた事を⋯⋯

 そんなハウスマンの馬券を大量に買うナロンを、周りの者は憐みで見ていた⋯⋯


 そしてナロンは勝った。


 観客席でナロンがガッツポーズをとっていた頃、貴族席でも同じように腕を振り上げ喜ぶ者が居た。

「やった! やったぞ!」

 彼はハウスマンの父親だった。

 しかしそんなハウスマン男爵は今の自分がかなりマズイと気付く⋯⋯

 何せ同じレースに出場したミハエル殿下の面子を潰したのだから。

 そしてそんなハウスマン男爵に話しかける貴族が居た。

「ハウスマン男爵!」

「ブ⋯⋯ブラウメア伯爵!?」

 ブラウメア伯爵⋯⋯彼は先代からの資産を道楽に使う、うつけ者だと呼ぶ者も多いがそんな事はない。

 なぜなら先代からの事業を何一つ失敗せずに運営し続けている、極めて優秀な大貴族だ。

 そんな大貴族に自分の様な貧乏男爵が睨まれてはお終いだと、ハウスマン男爵は震えた。

「も⋯⋯申し訳ない。 その⋯⋯息子が⋯⋯」

「やったじゃないか、ハウスマン殿!」

「えっ!?」

 どうやらこのブラウメア伯爵は純粋に息子の勝利を称えてくれているのだと気付くのに、ハウスマン男爵は暫く時間がかかった。

 そして⋯⋯

「ハウスマン男爵、あの馬をぜひ譲ってくれないか?」

「え⋯⋯馬? 息子の?」

「そうだ! あれほどの名馬、金に糸目はつけないぞ」

 どうやら道楽貴族であることは確からしい⋯⋯しかし――

「お断りします、ブラウメア伯爵! あの馬は息子の生きがいなんです、どうか許してください!」

 そう頭を下げた。

「金額の交渉も無しにか⋯⋯」

「はい⋯⋯それにあの馬は癖が強く、息子でなければああはいかないでしょうし⋯⋯」

「なるほど⋯⋯確かにそれもそうだな⋯⋯」

 この時ハウスマン男爵は幸運だった、目の前のブラウメア伯爵が本物の道楽者だったからだ。

 そして何とか断れそうだと安心した時⋯⋯

「そうだ! あの馬の親はまだ生きているはずだな!」

「え⋯⋯ええまあ」

 あの馬の親ブレイドは英霊勲章を生前授与されたことが話題になった馬だ、到底隠せるものでは無いので素直に答えた。

「その馬と私の馬との間に仔を作りたい、それならどうだ?」

「え! ええーー!?」

 まさかの事態にハウスマン男爵は戸惑う。

「あのブレイドは確か牡馬だったな、うちには優秀な牝馬は沢山いる、どうだ? 頼む!」

「わ⋯⋯わかりました⋯⋯」

 今度は断り切れなかった。

 そしてそれを見た周りの貴族の者も興味を示しだした。

「なら次はうちも頼むよ!」

「いや、うちだ!」

 あっという間にハウスマン男爵は囲まれてしまった。

 そして自分よりも高位貴族たちに逆らえるハウスマン男爵ではなかった⋯⋯

 こうして息子の元愛馬だったブレイドは過酷な第二の人生⋯⋯いや馬生をおくる事になったのである。

 そしてこの時得た収入と人脈によって事業を展開し、ハウスマン家は次第に貧乏貴族から脱却していく事になる。


 そしてそんなドラマが始まった事など全く知らないままナロンは競技場を出た、大金と共に。

「このお金どうしようかな⋯⋯そうだ!」

 一度はギャンブルで溶かす事も覚悟したお金だった、だから貯金なんてつまらない使い方はしない。

 そうナロンは決めた。

 ここ帝都ドラッケンはあのクロエ・ウィンザードが作りあげた娯楽の殿堂だ。

 ナロンが知らない事、知らない世界はいっぱいある。

 それを体験しようとナロンは決めた。

「まずはシルクスへ行こう!」

 スイーツ業界の最大手『シルクス』はナロンにとって夢だった、それを今叶える。

 こうして数日間のナロンの帝都観光が始まったのだった。


 そして数日後、アリシアに迎えに来てもらった時のナロンはスッカラカンになっていたのだった。

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