11-26 誕生祭三日目 その六 新しい明日へ
表彰式が終わり裏手へと下がっていくアレクを見て、リオンは放って置けないと思い立ち上がった。
「私、アレク様の所へ行ってくる!」
「ならわたくしも、ご一緒しますわ」
「うん、一緒に行こうネージュ」
こうして二人はアレクの後を追った、しかし⋯⋯
「あらネージュさん、ごきげんよう」
「ご⋯⋯ごきげんよう伯爵夫人」
それはネージュが帝国で見つけた取引相手の奥様だった。
「ネージュさんって他人行儀ね、もう私達お友達じゃない、バレーナって呼んで頂戴」
「バレーナ⋯⋯さん⋯⋯」
「聞いて頂戴、上手くいったわよ、あの話――」
その夫人の上機嫌っぷりに捕まり、ネージュは身動きが取れなくなった。
――行ってくださいリオン!
――わかったネージュ!
そう二人はアイコンタクトを交わし、リオンだけ向かったアレクの元へ。
そしてリオンが辿り着き見たものは⋯⋯
「クソッ!」
普段のアレクとは思えない姿だった。
「アレク様⋯⋯」
恐る恐るリオンは声をかける、本当なら見なかったことにして立ち去るべきだったのかもしれない、でもこの時のアレクをどうしても放って置けなかったのだ、リオンには。
近づこうとするリオンにアレクは叫ぶ。
「来るな! 見ないでくれ!」
ビクっとリオンは身体が硬直する。
「アレク様」
やっぱり話しかけない方がよかった⋯⋯そう思い、その場を離れようとした。
「あっ⋯⋯」
そのアレクの声は普段からは想像も出来ないほど情けなかった。
聞かなかったことにしてリオンはそのまま立ち去ろうとした。
「リオン! 待ってくれ!」
しかし呼び止められてしまった。
振り返り、リオンは見つめるアレクの事を⋯⋯
そこには普段の自信に溢れるアレクは居なかった。
しかしそれでもリオンが恋したアレクだった。
「リオン! 俺と結婚してくれ!」
一瞬心臓が止まったかと思った、時が止まったかと思った。
何を言われたのか理解はしても、信じられなかった。
でも、答えはすぐに出た。
「はい⋯⋯アレク様」
リオンにとってその答えは、始めから決まっていたのだから。
その後、自室に戻ったアレクは今度こそ一人になり、その場でのたうち回った。
「なんであんなダサい真似を⋯⋯」
あの後、リオンには正式に話を通すまでは秘密にして欲しいと頼み込んだ。
それをリオンは了承してくれた。
「何年でも待つって⋯⋯そんなに待たせられるかよ⋯⋯」
リオンはエルフだ、時間の感覚が人とは違うかもしれない、本気で何年でも待つ可能性がある。
いや、待ちきれないのはアレクの方だった。
「国に帰ったら父上に何て言おう⋯⋯」
しかし段々といつもの計算高いアレクが戻りつつあった。
リオンを妻に迎える事のメリットを次々と心の中で上げ始める。
決して不可能な事では無いと、アレクは計画を立て始めるのだった。
それから時が流れて夕刻になった。
こうして始まったのはミハエルの誕生日を祝う、今日を締めくくる後夜祭だった。
帝城には多くの貴族が参列しミハエルを称えていた。
「――まだ御年十歳であの堂々とした手綱捌き、見事ですな!」
そんな声がミハエルの耳に入る。
普段のミハエルにならおべっかだと思う所だが、何故か素直にその称賛を心から喜んだ。
「ハウスマン! オブライエン!」
「「はっ!!」」
その二人の騎士は護衛として今はミハエルの傍で控えていた。
「今度一緒に馬に乗ろう」
「「はっ! かしこまりました!」」
後日、この二人の騎士は正式に〝天馬の騎士〟の称号を拝命し、ミハエルが外に出向く際の護衛として新設される
そんな夜会の途中でミハエルの首から下げていたペンダントが光り始めた。
それはアリシアから貰った卵が孵ろうとする合図だった。
「そういえばこのくらいの時間だったなミハエル、お前が産まれた時間は⋯⋯行ってくるが良い」
母の許可を経てミハエルは卵の元へと向かう。
それを見たアリシア達も続いた。
辿り着いた時、孵卵器は時間を止めている様だった。
「産まれるんですね⋯⋯」
「はい、ミハエル殿下」
そして姉から銀のナイフを借りたミハエルは、孵卵器を起動しようとする。
「あっ、ちょっと待って」
そう言ってアリシアは魔法を使った。
ミハエルと卵だけを残して周りが闇に包まれる。
おそらく刷り込みをより完璧にするための配慮なのだろう。
「ありがとう魔女さま」
そう言ってミハエルは卵にそっと手を伸ばした⋯⋯
ミハエルが見ている前で卵が孵る。
産まれた
その雛にミハエルは自分の血を飲ませて名付けた。
「お前の名は⋯⋯アズラエルだ」
その瞬間、ミハエルとアズラエルとの間に魂の絆が紡がれた。
パーティーへと戻ったミハエルは皆に宣言した。
「みんな聞いてくれ! 今日の誕生日は僕だけのものじゃなくなった、紹介しよう僕の使い魔、アズラエルだ!」
こうして新たな命の誕生は祝福と共に迎えられたのだった。
「――今日この日に生まれるようにするとは、銀の魔女様もなかなか粋な計らいですな」
そんな言葉がアリシアの耳に届く。
本当は単なる偶然なのだが悪い気はしない。
裏ではバタバタしていても表面上は優雅に、それがアリシアにとっての魔女の嗜みなのだから。
城のバルコニーでこれからの事を考えていたアレクにミハエルが近づく。
「アレクさん」
「ミハエル⋯⋯おめでとう」
それが何を称えた言葉なのかミハエルはあえて聞かなかった。
「今日のレース、せっかく勝ったのに何だかスッキリしません、僕が目指すものは完璧な勝利ですから」
「俺もだ」
「アレクさん、勝負しませんか?」
「もう次の勝負か? 気が早いな」
「⋯⋯いえ、気の長い勝負ですよ、結果がわかるのは何十年もかかるような勝負です」
「⋯⋯何?」
「アレクさんは国王として、僕は皇帝として、どちらが自分の国をより豊かに出来るか⋯⋯勝負です」
そんなミハエルが一回り大きく見えた、だからアレクは⋯⋯
「良し、受けてたとうその勝負、今度は負けんぞ!」
「いや、勝つのは僕ですよ!」
そして二人は固く握手を交わした、良き好敵手として。
その日の夜アリシア達は一緒にお風呂へ入り、今日までの疲れを癒す。
「はー、生き返るわー」
「ルミナスはいつもそれだね」
この三日間、毎日聞くルミナスの口癖だった。
確かに温泉はいい、普通のお風呂とは違う効果だった。
ふとアリシアはお風呂に向かってドバドバお湯を吐き出す竜の石像に近づく。
「どうかしたのアリシア?」
フィリスの問いにすぐ答えずアリシアは少し考え込む、そして⋯⋯
「ねえルミナス、温泉を分けて貰う事って出来る?」
「分けるってどういう事ですか、アリシアさま?」
アリシアはその思い付きを説明する。
「イデアルの街に浴場を作ろうかと思って」
「またとんでもないことを⋯⋯可能なの?」
「空間魔法で繋げれば、お湯をあっちで出すこと自体は簡単だから許可さえあれば」
「うーん、どのくらいの規模です?」
「ここのお風呂くらいで十分じゃないかな?」
ちなみにこの帝城の大浴場は大小さまざまな風呂があり、全部が人で埋まれば軽く五十人は入れる広さだ。
「でも男湯もいりますよね?」
「あ⋯⋯そうかミルファその通りだね」
「男湯の方もここと変わらないはずなので、そのくらいの規模のお湯なら多分大丈夫なんじゃないかと思うけど⋯⋯」
「本当? ルミナス」
「確かな事はお母様の判断ね」
「でもなんでお風呂を?」
「⋯⋯あの街は今とても疲れているから」
「いい考えですねアリシア様」
こうして帝国での長い三日間は終わった。
そして人々は元の場所、元の生活へと戻っていく。
新しい明日へ向けて。
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