11-17 誕生祭二日目 その三 天使の復活
アリシア達はようやく特別席へと辿り着いた。
「やっと落ち着けるわね」
そう言いながらフィリスは今日の予定表を見ながら、今後の流れを確認する。
今アリシア達はこうして劇場入り出来た訳だが、公演がすぐに始まる訳では無い。
今外での混乱が落ち着けば一般客の入場が始まる、それが約一時間後。
その後全ての客が席に着いて開幕するまでにやっぱり一時間はかかる。
つまりしばらくは暇なのだ。
「どうする? この後結構待たなきゃいけないみたいだけど?」
そんなフィリスにルミナスが提案する。
「だったら楽屋へ行ってみましょう!」
「今は邪魔になるんじゃないルミナス?」
「あの人魚に一言いう程度ならへーきよ、あの子の出番は結構後の方だし」
結局アリシア達は悩んだが暇つぶしに楽屋へと行くことにした。
そして出て行こうとしたその時に、マリーに連れられてナロンが戻って来た。
「ほう⋯⋯これはまた」
ルミナスも意外に思うくらいに見事なドレスアップだった。
ドワーフ族特有の低身長とヒラヒラのドレスが相成って、まるでお人形のようだった。
「ナロン⋯⋯可愛い」
それはいつも一緒に居るリオンが見た、友人の意外な姿に対する感想だった。
「リオンからかわないでよー、中身が伴っていない事なんて自分が一番よくわかっているんだから」
それでもナロンが大して抵抗もせずこうして着せ替え人形に甘んじているのは、これが貴重な経験だと割り切っているからだった。
貴族の着替えがどんなものかとか、ドレスは一体どんな構造になっているのとか、知らない事を知る事が出来た貴重な体験だった。
後はこれをどう作品に生かすかだが⋯⋯
「ナロン、私達は今からアトラに会いに楽屋へ行くけど、一緒に行く?」
「いえ謹んでご遠慮させていただきます、この格好見たらアトラ絶対笑うし⋯⋯それに、あまりこのカッコで動き回るのはちょっと⋯⋯」
どうやらナロンにとってドレスは動きにくい物らしい。
「そっか、なら仕方ないね。 じゃあリオンはどうする? 一緒に行く?」
「えっと、私はここで⋯⋯」
フィリスの問いにリオンは歯切れ悪く答える、その様子から多分ここに居るアレクと一緒に居たいのだろうとアリシア達は思った。
「じゃあ私達だけで行ってきます」
そう宣言してアリシアは王達に見送られ特別席を出た。
その時チラリとアリシアはネージュの様子を見たが、今はオリバーの妻達との会話を優先しているらしい。
後に知る事になるのだが、妻達はオリバーとは離婚しても事業の部下である事には変わらないらしい。
そんな妻達は様々なオリバーが手掛ける事業の責任者でもある、この縁をネージュが見逃すはずもなかった。
アレクの隣で幸せそうなリオン。
新たな人脈を構築し、ますます輝きを増すネージュ。
その光景はアリシアが余計な事を考えた結果だった。
「行きましょうアリシア」
「うん」
フィリスに言われてアリシアは我に返る、そして四人で楽屋へと挨拶に行く事になった。
支配人によってアリシア達は楽屋へと案内される。
迷惑にならないのかと訊ねたのだが、この時間なら大丈夫だという事だった。
「皆の者! 今日の公演期待している!」
あまり時間を取らせても演者たちの最後の時間の邪魔になるため、手短に挨拶をすますルミナスだった。
そしてアリシア達は他の演者たちから離れた所に居る二人組の所へと近づいた。
「どうアトラ! 自信のほどは?」
「バッチリに決まっているじゃない、このアトラちゃんはいつだって絶好調なんだから!」
「こ⋯⋯この度は、誠にありがとうございます」
ルミナスの激にアトラはいつも通りの調子で、隣のアイリスはガチガチに緊張していた。
アリシアはアトラの衣装を見て驚いた。
「カッコいい鎧姿だねアトラ」
「でしょ! 上半分はナロンが作ったのよ、流石ね!」
アリシアはここへ来た時アトラの鎧の下半身の見た目を隠す幻術をかけようと思っていたのだが、どうやらその必要はなさそうだった。
「あんたはこういうの着ないの?」
「いや⋯⋯ビキニアーマーはちょっとね」
ルミナスはフィリスをからかっていた。
そんな時ミルファはアトラの隣の少女がじっとこちらを見ている事に気付いた。
「⋯⋯あの私に何か?」
「⋯⋯いえ、あの⋯⋯聖女様に会えたもので⋯⋯つい⋯⋯」
「そうですか」
ミルファは自分がこの四人の中で一番目立たないからこそ、かえって注目を集める事を自覚している。
この四人だけの時ならミルファは結構喋るようになったが、こういった公の場では常に一歩引いた立ち位置を意識している。
それがミルファの処世術なのかもしれない。
「じゃあアトラ、楽しみにしているよ」
そう言ってアリシア達は手短に楽屋訪問を切り上げたのだった。
「⋯⋯行ったわね」
アリシア達が楽屋から出た瞬間、アイリスは崩れ落ちた。
これまでの公演の時でも皇族の訪問はたまにあったが、ここまで近くで話したことは無かったのだ。
しかも――
「ねえガキンチョ、どうしたのよ、あのちっこいの見てやけに心音が乱れていたけど?」
「だって聖女が居たから、聖女が今日も見に来ている⋯⋯」
この時アイリスは震えていた。
「聖女って、あのちっこい子がなんだってのよ?」
アトラは知っていた、普段ギルドへ度々訪れるミルファの事を。
そしてアイリスは知らない、ミルファの事を。
「⋯⋯先月の公演で私あの聖女の役をしたのよ! 自信があった! だから終わった後で挨拶しようとしたら⋯⋯「あんなの私じゃない」って言ってたのよ!」
「ふーん」
「これまでお客様には何度も解釈違いだなんのって言われてきたけど、それ以上に褒めてもらえた⋯⋯初めてだったの、演じた役本人に会ったのは」
それはそうだろう、ここ帝国劇場で行われる劇は古い史実や創作ばかりで、その劇の役本人が観に来る事などめったにないのだ。
「だから?」
「それ以来私は自信が無くなった⋯⋯でもアンタと一緒にこの一週間死に物狂いで頑張ってきた⋯⋯でもまた解釈違いだって思われたら⋯⋯」
「それだけ?」
「それだけって!」
「ガキンチョ、アンタが一体どんな聖女様を演じたのか知らないけど、アトラの知っているあの子は普通の女の子よ」
「普通?」
「時々やって来ては食事の支度を手伝ったり、友達と本の事で話したり、怪我した人がいたら治しに行ってあげるだけの、自分を普通の女の子だと思ってる聖女よ」
「⋯⋯」
「解釈違い? それが何よ! 私達が伝える物語なんて真実じゃないわ! 残したい、伝えたい、その都合の良い部分だけが記録になったものでしょ! その登場人物がホントはどう思ってたかなんて想像するしかないのよ! だから私達は思ったとおりに
「でも、それが本人には嫌なものだったら⋯⋯」
「いいんじゃないの、そんなの?」
「な⋯⋯じゃあアンタはいつか誰かに自分を演じて貰った時、違った解釈されてもいいの!?」
アイリスは思っていた、この公演が終わればきっとこのアトラは伝説の歌姫として語られる存在になるだろうと。
「⋯⋯アトラを演じられるのは
この時アイリスにはやっとわかった気がした、目の前の人魚がここまでなりふり構わず自分の歌に全てを捧げられるのかを⋯⋯
「⋯⋯まあ、あのちっこい聖女様は自分の事が目立つのが嫌いで恥ずかしがり屋だから、どんな聖女様の演技でも気に入らないでしょうね」
そう言いながらアトラは笑う。
気がつくとアイリスも笑っていた。
次第にその笑いは大きくなり近くに居た他の演者の注目を集める。
アイリスが人前で演技ではなく、本当に笑う事は本当に珍しい事だった。
笑い終わった後、アイリスの目は生き生きとしていた。
その様子を見た楽屋に居る他の演者たちは、あの自信たっぷりな生意気な天才子役が復活した事を悟るのだった。
それから数時間が経った――
アトラとアイリス、今二人はステージの前まで来ていた。
他の演者たちの公演が終わり、次は二人の出番だった。
「早く演技がしたくてたまらない⋯⋯こんな気持ち久しぶりよ」
「そう? 良かったじゃない、これでこのアトラちゃんの足を引っ張る心配はなさそうね」
「足を引っ張られたくなきゃ陸に上がらず海で満足してりゃよかったのよ、クソ人魚!」
「そーゆーエラソーな事は音痴が治ってから言え、ガキンチョ!」
そしてどちらからともなくその手を差し出し、手を組んだ。
「思いっきり好きなように演じなさい、アイリス」
「私の演技に命を込めて頂戴、アトラ」
そして二人の息がぴったりと合う。
「「
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