11-18 誕生祭二日目 その四 開幕

 アリシア達は楽屋訪問を終えて、特別席へと戻ることにした。

 来た道を戻る時ミルファは何か考えていた。

「どうかしたの、ミルファちゃん?」

「フィリス様ご心配かけて申し訳ありません、さっき会ったあの子どこかで見た気がして⋯⋯」

 そんなミルファにルミナスが答える。

「前に見た事はあるわよ、だってさっきの子、先月の私たちの劇にも出ていたから」

「そうなんですか?」

「ミルファの役だった子だね」

「お、よくわかりましたねアリシアさま、そうですよ」

「最近骨格とか観察するのが癖になっていたからね」

 アトラの足問題でアリシアは色んな人の骨格をよく観察していたのだった。

「そうだったんですか、あの子が⋯⋯全然わからなかった⋯⋯」

「まー仕方ないでしょ、髪形も服装もあの時と今日は全く違うんだしね」

「ミルファちゃんアレは誇張された演技だし、気にしたら駄目よ」

「そうね、民衆が見たいものはああいうものなんだから、でもミルファがやって来た事もああいう事よ」

「そうですか⋯⋯」

 結局ミルファの中での自己評価と他人の客観評価との違いに、ジレンマを抱え続ける事には変わりは無いのだった。


 特別席に居たナロンは気付く、すぐそこに居るリオンの幸せそうな感情に。

 ――たしかリオンが前に言ってた、好きな人の名前って⋯⋯

 ナロンはアレクの名前を憶えていた、そしてそれが目の前にいるエルフィード王国の王子だと、今気付いたのだ。

 前にリオンがゾアマンのエルフ族の族長の娘であることは聞いていたが、この二人がどれだけ身分違いなのか、ナロンにはよくわからない。

 しかし今、リオンはアレクの隣に座る事が許されるほどの立場だという事は間違いなく、その恋が叶う可能性は決して低くは無いのだと知った。

 ――リオン、頑張ってね。

 ナロンは一般庶民だ、何かの間違いで今こんな所にいるが本来は決して近付けず覗く事も無かった世界だ。

 ただ友人の恋の成就を祈る事しか出来ない自分に、もどかしさを感じるナロンだった。


 そうこうしているうちにアリシア達が特別室へと戻って来た。

 この特別席の構造は舞台や観客席を見下ろせる最上階の高い位置に設置されている、しかし今はその間に分厚いカーテンで仕切られているため、この中の様子を外の者が知ることは出来ない。

 だから今は比較的この場に居る皆は寛いでいた。

 しかしそんな時間も終わる⋯⋯一般客の入場が始まったからだ。

 王達も身なりを整えたりスピーチ用の原稿をチェックしたりなど、慌ただしくなってきた。

「上手く言えないけど、この高揚感はいいね」

「そうねアリシア」

 アリシアはとなりの席のフィリスと何気ない会話をしていた。

 そんな時、特別席に支配人がやって来て本日の演目リストを置いていった。

「こんなギリギリで、ですか?」

「そうよ、一応仮のリストはもう公開されているけど、直前で出演者に病人が出たり当日まで秘密の演目があったりなんかも、あるからね」

 そんなミルファの質問に答えるルミナスの手が止まった。

「どうかしたのルミナス?」

 そのアリシアの質問に答えずルミナスは、アナスタシアへと報告する。

「母上! 演目リストを見てください!」

 そう言われてアナスタシアは初めてリストを眺めた。

 アナスタシアにとってのこの演劇鑑賞は数少ない家族の団欒という側面が大きく、演劇そのものに興味はさほど無かったからだ。

 そんなアナスタシアの目がそのリストのある場所で止まる。

「ほう⋯⋯これをやるのか」

「母上これって、よく姉様が僕に聞かせてくれたアレだよね」

「そうだ⋯⋯我らの最も偉大で愚かな先祖の話だ」

 やがて一般客の入場が終わり席に着いた頃に、アナスタシアとミハエルの皇族たちのスピーチが始まった。

 まずアナスタシアが観客へと語りかけその後、ミハエルが話した。

「皆さん、明日の僕の誕生日を祝う為のこの講演を見に来てくれてありがとう、僕も今日は楽しませてもらう、だからみんなも楽しんで行ってくれ!」

 短いながらも民友の前ではっきりと大きく澄んだ声を響かせるミハエルの姿に、ルミナスは感動していた。

 なおルミナスやアルバートのスピーチは無かった。


 そしてついに観客席から明かりが消えて、舞台の幕が上がった。

 荘厳なファンファーレが鳴り響く。

 舞台に次々と現れる役者たちが一糸乱れぬ見事な隊列を組み、歌い始める。

 オープニングセレモニーの始まりだった。

「アトラは居ないね」

「アトラがどれだけ凄い歌い手でもそれは個人の力⋯⋯今、あの場を作りあげているのは集団の調和なのです」

 そうルミナスに解説されてアリシアも納得したのだった。

 いくらアトラが凄くても、たった一週間であの中には入れないのだと。

 そして歌が終わりこの一座の花形の舞台挨拶が始まる。

 何となくアリシアは広域探査の魔法で舞台の上や、その裏の人の動きをる。

 そして理解する、これは単なる挨拶では無いと。

 今こうやって時間を稼いで次の準備を裏でしているのだと。

 アリシアは華やかな光に包まれた舞台が楽しみだった。

 そして人々を楽しませる事に尽力する裏舞台の、影の努力に興味があった。

 しかしどちらか片方では舞台は成り立たない、光と影その両方を用意し極めなければならないのだ。

 そんなアリシアの分析や考察は本来の舞台の楽しみ方とは異なる邪道なものかもしれない。

 しかし今、アリシアは自分なりにこの舞台を楽しんでいたのだった。


 今日の公演は初日の為、皇帝の挨拶など例外が多く含まれている、その為いくつかの演目が一周したらそれで終わりである。

 明日以降の予定では、午前の部と午後の部の一日で二周になるらしい。

 そんな演目は涙あり笑いありの多様なものであった。

 そんな中舞台を見ていたナロンは驚いていた。

 この帝国劇場は世界有数の劇場でこの劇団も世界トップレベルなのだから、きっと凄い話ばかりを演じるのだろうと思い込んでいた。

 しかし違った。

 形式ばった堅苦しい内容もあれば、軽いノリの何も考えずに見る笑い話もある。

 そして演目のその順番にも相当気を使っているとも感じられた、余韻を壊さないように、時にはあえて壊すように。

「今日見に来てよかった⋯⋯」

 ナロンがその言葉を本当に実感するのは今この時ではなく、ずっと先の事になる。


 間に途中休憩を挟み、その間に簡単な軽食などが振舞われた。

 そしていよいよアトラの出番だった。

 会場全体が異様な雰囲気に覆われつつある。

 そう、知っている者から既に噂は伝わっているのだ、人魚の歌が聞けるという演目が今日あるという事を。

「なんだかドキドキします、アレク様」

「そうだなリオン」

 リオンも友人であるアトラの出番に緊張していた。

 そしてこの時ばかりはアレクの事よりアトラの事を考える、リオンだった。

 アクエリア共和国の者達は普段から人魚の歌は身近なものだ、しかしこういった舞台で聞いた事など無いその為興味は尽きない。

 ウィンザード帝国の者達は普段人魚の歌を聞く機会は皆無といってよい、だから期待に胸躍らせる。

 そしてついに幕が上がる。


 その演目の名は――

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