11-04 世界への一歩

 翌日の昼頃、アリシアはギルドへとやって来た。

 昨日はあれからルミナスと議論しながらアトラの義足を制作していたせいで、やや遅れてしまったのだった。

 なにせ途中でミルファが帰宅していたのにも気付かなかったくらいに、夢中になっていたのだ。

「さて皆さん、もう準備は出来てますか?」

 アリシアはここへきて最初にそう尋ねた。

 なぜならアリシアが請け負うのは、送りと迎えの二回の移動だけだからだ。

 なので休暇中のみんながいったん魔の森へ戻りたいといっても聞く気はない。

「ああ出来てるぜ、まったくこういう時便利だよ魔法の袋はさ」

 冒険者たちは全ての家財を持っていくわけではないが、十分な装備やお金などを魔法の袋に詰めて準備は万端だった。

「それは何よりです、魔法の袋くらいなら在庫がかなり余っているので、もし必要なら言ってくださいね」

「それは本当かアリシア殿?」

 見送りに来ていたセレナが驚く。

「魔の森で仕留めた魔獣の素材で、皮は魔法の袋くらいしか創る物がないので⋯⋯」

「それはぜひ市場に出して欲しいものだな⋯⋯あちこちから魔法の袋は欲しいとよく言われるんだ」

「私は別に構わないけどアレク様には止められているんですよね、下手に広めると犯罪に使われるからって」

 そう言われてからはアリシアはあまり魔法の袋を創らなくなったのだ。

「アレクめ⋯⋯まあ仕方ないな、事実だし」

 しかしそのやり取りを聞いていた冒険者たちは心配になる。

「この魔法の袋、俺たちが持っていても本当にいいのか?」

「それは別に構いません、あの時ちゃんと許可を貰って皆さんに配った物ですから、あなた達がそれを受け取るのに相応しいだけの実績を積み重ねてきた、そう思っていてください」

 そうアリシアに言われるのは冒険者たちにとって誇らしいものだった。

「⋯⋯許可さえ出れば新しく作る街で、魔法具屋とかしてみたいんだけど」

 そんなアリシアの野望を聞きセレナはぜひとも店を開いて欲しいとは思ったが、色々面倒が増えるという事があまりにも簡単に予想できた。

「まあ、それは自重だな⋯⋯」

 アリシアもやりたい事ではあったが、世の中に迷惑をかけてまでしたい訳でもないので我慢する。

 そして出発前にアリシアはアトラに話しかける。

「アトラ、ちょっと実験に付き合って欲しい」

「なに魔女、実験って?」

「昨日アトラの為の義足が完成した、使って見て欲しい」

 そう言われたアトラはサッと青ざめる。

「ちょっとあなた義足って、アトラの尾ひれを切る気なの!?」

「いや切らなくても装着できるのが完成したんだ⋯⋯いや、まだ試作かな?」

 一同は欠損していなくても装着できる義足というものに興味があり、自然と注目を集めた。

 アリシアが収納魔法から取り出したそれは、フルアーマーの下半身だけといった感じのものである。

「ナニコレ?」

「まあ試作品で見た目はまだ未完成だけど、この方向性で満足できるかのテストだから」

 アトラが恐る恐る覗き込むフルアーマーの装着部の断面は、何やらよくわからないモヤになっている。

「⋯⋯この中に、アトラの尾ひれを入れるの?」

 とりあえずアリシアはアトラの心配をなくすべく、自分で一度装着してみる。

 アリシアが両足をそろえてフルアーマーの中に入るという不自然さが凄いが問題なく歩けている。

「こんな感じ、どう? 嫌なら試さなくてもいいけど?」

 とりあえず安全そうだった、そして歩けるようになることはアトラにとって悲願である、想像したのとは違う方法だったがこの魔女は自分の望みを叶えるべく試行錯誤してくれたのだった。

「わかったわ、履けばいいのね!」

 そう叫んだアトラは魔法の釜から飛び出し、空中で一回転してフルアーマーへと合体した。

「――⋯⋯」

「どうかな? アトラ?」

 この方法はアリシアにとっても未知のものである、目指していた物とは違うがアトラが歩けるという条件は満たしているが⋯⋯

 アトラが装着したフルアーマーがゆっくりと、その一歩を踏み出した。

 歩ける⋯⋯歩けている。

 その実感はアトラが言葉を失うものだった。

「⋯⋯見た目と違って、やかましい音がしないのね」

 しばらく歩いて感触を確かめたアトラが最初に言った感想はそんな事だった。

「舞台の上で音が出たら台無しでしょ」

「そんな事に気が回るなら、もっと見た目にも気を使いなさいよ」

「それはまたいずれ⋯⋯今はその性能で満足できるか試して欲しかったから、見た目は今は我慢して欲しいな」

「期待しているわよ魔女! このアトラちゃんの美を損なわないものをね!」

 このわがままで妥協しない人魚の事が、アリシアは嫌いではなかった。

 そしてそんなアトラにナロンが話しかける。

「ねえアトラ、それどんな感じなの?」

「んー、半身浴で尾ひれを伸ばしているくらい楽かな?」

 ちなみにアトラは普通にみんなと一緒にお風呂にも入る。

 初めてアトラと一緒にお風呂へ入った女性陣は皆思っていた。

 あの尾ひれは赤くなったりしないのだろうか⋯⋯と。

 結論から言うとそんな事にはならなかった。

「へ―そんな感じなんだ⋯⋯上は何か軽鎧でも作ろうか? 違和感がなくなると思うけど?」

「あらいいわね、でも重いのはちょっとね」

「ならビキニアーマーとかかな?」

「たしか水着みたいな鎧よね、それでいいわ」

「うん、じゃあ実家に戻った時に作って来るよ」

「頼んだわよナロン」

 これからアリシアはみんなを帝国へ連れていく。

 しかし、そこからのみんなは別行動だ。

 ナロンは実家へと一度戻る。

 アトラは劇場へ行く。

 冒険者たちは帝都で楽しんだ後、近くのギルドを回ってみる予定だ。

 そしてリオンは⋯⋯

「じゃあ皆さん一週間後に」

 そうリオンとセレナはここで見送りであった。

 セレナは今回帝国へは行かない。

 こちらに残って様々な作業の指揮を執るからだ。

 ネージュは今ここには居ない、ギリギリまで王都の工房で美容液の完成を目指し、ミハエルの誕生祭直前にアレクと共に帝国へと行く予定になっている。

 リオンはそんな手伝いをギリギリまでこっちでするつもりなのだ、もっともお目当てのアレクがまだ行かない帝国へ行く意味がないだけとも言えるのだが。

「さて、みんな準備はいいかな?」

 アリシアは最後の確認をした後、全員を帝国の首都ドラッケンまで転移させたのだった。


 帝国の首都ドラッケンの中央広場、そこでいったん皆は別れる。

「じゃああたしは実家へ帰ってきます」

 そう言ってナロンは手を振って、去っていった。

「まずはギルドへ行って挨拶する、その後酒だ!」

 どうやら冒険者たちは昼間から飲む気らしい。

 こうして残ったのはアリシアとアトラだけになる。

「じゃあアトラたちはその劇場へ行くの?」

「もうちょっと待って、ルミナスが迎えに来てくれる事になっているから」

 そしてしばらく待ったアリシア達の所へルミナスがやって来た。

「待たせたわね!」

「⋯⋯ルミナス珍しい格好だね」

 今回のルミナスは町娘風のドレスにサングラスを装着していた。

「変装よ! ここで目立つ訳にはいかないからね!」

「そうなんだ⋯⋯」

 古典的な魔女の姿のアリシアと下半身の鎧がやけに浮いているアトラ、それとともにいる町娘⋯⋯得体のしれない組み合わせだった為か、結局は周りの注目を集めたのだった。

 しかし劇場が近づくにつれ周りの目の質が変わり始める、たぶんアリシア達を劇団員と勘違いしているのだろう。

 こうしてアリシア達は帝国劇場へと辿り着いた。

「ここが劇場⋯⋯」

 劇場を見上げるアトラは普段とは違う趣だった。

「あら緊張しているのかしら、人魚の歌姫」

「そんなわけないじゃない⋯⋯でもやっとここまで来た、そう思っていたのよ」

「⋯⋯最初にはっきり言っておくわアトラ、ここ帝国劇場は歴史ある芸の殿堂よ、そのステージに立つ以上は生半可では許されない」

「ならアトラ以外は誰も立てないじゃない!」

「大口をたたくのは嫌いじゃないわ、期待しているわよアトラ」

 そして無言でアトラは帝国劇場へと踏み入った。

 それが一人の歌姫の誕生への第一歩になるのだった。

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