11-03 歌姫への招待状

 ルミナスはアリシアと共に魔の森のギルドへとやって来ていた。

 そしてそこに居る人魚のアトラに頼んだ。

「ねえアトラ、あなた帝国に来る気はない? 弟があなたの歌を聞きたがっているのよ」

「弟ってミハエル君が?」

 アリシアは事情も知らずに、ここへルミナスを連れて来ていたので驚く。

「ええそうよ、ねえアトラあなたの歌を帝国の民に聞かせて欲しいのよ」

 それまで珍しく黙って聞いていたアトラの反応は⋯⋯

「ふーん、そこまでしてこのアトラちゃんの歌を聞きたいのかー、いやー困るわねー」

 と、まんざらでもなかった。

「ルミナス、歌わせるって帝国劇場で?」

「ええ、その予定よ」

「劇場?」

 アトラに劇場がどういった場所なのかルミナスが説明した。

 そしてその説明の中にアトラの興味を引く内容があったのだ。

「オペラ⋯⋯ 一人で歌うですって?」

「複数人で歌うのもあるけど一人だけで歌い、物語を観客に伝える歌い手にして語り部、そんな感じね」

 その光景をアトラは想像してみた。

 広い舞台の上で沢山の役者たちが劇をする、しかし彼らは喋らない響くのはアトラの声だけなのだ。

 アトラは自分の歌が素晴らしいものだと自覚している、だからこそ他の人と混ざってレベルを下げるような真似は才能に対する冒涜だと思い、絶対やりたくはなかった。

 しかしこのオペラのやり方ならアトラの歌だけを聞かせる事が出来る、世界最高の歌だけを。

「いいじゃない、気に入った。 行ってあげるわよ」

「練習とかもあるし、連れていくなら早い方がいいかなルミナス?」

「ええそうですわね、本番のミハエルの誕生祭まであと十日ほどですから」

 アリシア自身もアトラの舞台を見てみたい聞いてみたかったので、アトラを運ぶことを承諾した。

「えー、練習なんてアトラちゃんには必要ないよ」

「あなたには必要なくても、あなたに合わせる他の役者には必要なのよ」

 そのルミナスの言い方はアトラの性格をよく理解していたからこそのものだった、だから――

「そう言われちゃ仕方ないわねー」

 こうしてルミナスは上手くアトラを勧誘する事に成功したのだった。

 そしてそんなやり取りをギルドの食堂で、食事をとりながら仕事をしながら聞いていたセレナは思った。

「ふむ⋯⋯ もうじきギルド建築に伴いギルド自体の仕事が出来ない、その間冒険者を遊ばせておくのも勿体ないし、まとめて休暇というのは悪くないかな?」

 そんなセレナの思い付きで冒険者たちを集めるのであった。


「俺たちに休暇?」

「そうだ、ここの隣に作られる街に出来るギルドに業務を移す間どうしても仕事が出来ん、その間諸君たちには休暇を与えたいと思うのだが、どうだ?」

 集められた冒険者たちはこのセレナの提案に好意的だった、色々と溜まっていたのである。

「休暇の期間は二週間くらいだな、年末頃までと考えて欲しい。 仕事の再開は新年になってからだな」

 現在となりの街では急ピッチで工事を行っている、細かい建物は全て後回しにして、ギルドホームと美容液工房と役場と冒険者や職員たちの住む場所だけを、重点的に制作している。

 かなりの人数の作業員を導入しているため、それらの建物だけなら年内いっぱいで完成する予定だった。

 そしてそこからの街の細かい飾り付けや、様々な施設を増やしていくのは春までにゆっくりと行ってゆく予定である。

 つまり街の第一期工事が終わるまでは、ここに冒険者はいない方が都合がよかったりするのだ。

 何となくこの会議に参加していたルミナスは提案する。

「もしよろしければ皆さんを我が帝国へ招待させていただくわ、丁度その期間中にミハエルの誕生祭に合わせてお祭りだしね、楽しみは色々よ!」

 そう言ってチラッと隣のアリシアを見る。

 そしてアリシアは無言で頷く、彼らたちの送り迎えをルミナスの依頼で請け負ったのだった。

「帝国か久しぶりだな」

 ここの冒険者の多くは帝国出身者が多い、何故なら帝国のローグ山脈のギルドがもっとも過酷な狩場であり、力をつけた冒険者が自然と辿り着く場所だからだ。

 そしてここ魔の森に集まったSランクやAランクの冒険者たちの多くが、元帝国組である。

 久々の帝国での休暇に冒険者たちは沸き立つ。

 そんな中アリシアはナロンに話しかける。

「ナロンあなたはどうする? 一緒にいけば両親とも久しぶりに会えるけど?」

 アリシアにとってこの間の帝国刀作りの借りをナロンに返したい、そんな思いもあっての提案だった。

「故郷か⋯⋯どうしよう」

「ナロンあなたのお父様ガロンは、ここへあなたが戻る事を反対はしないわ」

 そうルミナスも考えを伝えた。

「⋯⋯じゃあ頼んでもいいですか?」

「もちろん」

 そう短くアリシアは答えた。

「リオン、お前はどうする?」

 セレナはリオンの予定を聞く。

「んー、故郷のゾアマンに戻るのも悪くないけど⋯⋯」

「⋯⋯帝国にはアレクも行くだろうな」

「行きます! 私も連れてってください帝国に!」

 リオンの答えは早かった。

 そしてそんな風に思った事をはっきり素早く言えるようになってきたリオンの成長を、セレナは内心喜ぶ。

「では銀の魔女殿、ここに居る皆の送り迎えを正式に依頼したい、構わないだろうか?」

「いいよ、そのくらい」

 こうして魔の森のギルドの一同による長期休暇の、帝国行が決まったのだった。


「じゃあ明日、迎えに来ます」

 そう言ってアリシアとルミナスはギルドを後にした。

 いったん二人は魔の森の魔女の庵に立ち寄る。

 どうやらまだ、ミルファは帰宅していないようだった。

「ところでアリシアさま、使い魔の卵はどうなりました?」

「うまくいった、もうじき産まれるよ。 ミハエル君の誕生日は十日後だっけ?」

「ええそうよ」

「なら間に合うよ」

「それは何より」

 ふとアリシアは思った事をルミナスに聞いてみる。

「ところでルミナス、ミハエル君は色んな生き物を飼うのが好きなんだよね?」

「ええそうよ、それが何か?」

「人魚を⋯⋯アトラを飼いたいとか言い出さないかな?」

「いやさすがにあの子でもそれはない⋯⋯はずよ」

「まあアトラがそれを望むなら、それでもいいけどね」

「うーん、あのアトラが一つの場所で満足するかしら?」

 そのルミナスの意見にはアリシアも同意だった。

「アトラは自分の意志で好きな所へ行って、歌うのが目的だからね」

「そうですね、ところで人魚が歩ける魔法は出来たのですか?」

「苦労している。 尾ひれを足に変える⋯⋯これは脊髄の関係で一本足しか創れないのが問題」

「なるほど⋯⋯何となくわかります」

「何かいい考えはない? 今のところ片足を魔力で創った仮初にするくらいしか手がなくてね、これだと変化させていられる時間が短くて」

 ルミナスとしても興味深い話だった。

「物理的な義足にしてしまえば時間は伸びますか?」

「時間は伸びるよ、でも義足を持ち歩く手間がかかるし」

「なら何か収納魔法を付与した変身用の魔法具でも開発すれば、よくないですか?」

「⋯⋯なるほど、その発想はなかった。 一つの魔法だけで完成させるのを諦めれば良かったのか」

「他にも尾ひれを収納できる、二本脚の義足とか創れませんか?」

「――!」

 要するにルミナスが言っているのは、人魚でも履ける人形の足である。

 そしてそれは空間魔法を使えば容易く創れる⋯⋯

「あとはそれを持ち運ぶ手段だけ⋯⋯」

「持ち運ぶだけなら収納魔法を付与したブレスレットでも創ればいいじゃないですか、それか今使っているあの魔法の釜がそのまま足に変形でもすれば、いいのでは?」

「ルミナス⋯⋯なんでそんな事思いつくの?」

 そのあまりにも自由な発想はアリシアには出てこないものだった。

 今ルミナスが言った事は技術的には全てアリシアには可能な事だった、単に変身魔法に拘っていたからたどり着けないだけだったのだ。

「何でって、魔法なんてそういうものでは?」

 どうやらアリシアは世の中の常識を学ぶうちに大切な何かを忘れていたのかもしれない、そうだ魔法は万能で自由なのだ。

「もっと早く相談していればよかった⋯⋯」

「それはどうも」

 ルミナスは思った。

 もしアリシアが常識という枠を全て打ち払ってしまえば、どうなってしまうのかを⋯⋯

 余計な事を言ったのかもしれない、そう少しだけ反省したのだった。

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