10-11 流れゆく時間

「人魚にとっていい舞台の条件って何だろ?」

 そんなアリシアの疑問から、話は始まる。

「そうね、やっぱり水が一切ないのはきついわね」

 そのアトラの答えはあまりにも当たり前で、納得がいくものであった。

「屋外⋯⋯水⋯⋯噴水とかどうよ!」

「噴水って何?」

「アリシアさま、噴水というのは湧き出てくる水を使った芸術であり夏を涼しく彩る実用性も併せ持った設備ですわ」

 そう誇らしげに解説するルミナスを見て、フィリスは⋯⋯

「ルミナス、その帝国人の噴水好きは何なのよ?」

「私たち帝国人は水を大切にしているからよ」

「どういう事?」

 そしてルミナスの説明が始まる。

「帝国は他の王国や共和国と違って標高が高くまた起伏にとんだ山がいっぱいあるわ、そしてその地形によって豊富な水に恵まれている、だけども約二百年前から上下水道の整備や稲作など水を多く使う環境が増えて、今に至る」

「そういう意味では贅沢な国よね」

「ですね」

 王国や共和国は水不足という事もないが、有り余っているという事もないのだった。

「そう、帝国では水は有り余っている⋯⋯でもだからこそ忘れちゃいけないのよ、水への感謝を⋯⋯豊富な水こそが豊かな国の源泉だと、先祖も言っているわ」

「それで噴水は?」

「ああそうだったわね、確かに帝国では水はいくらでも湧いてくるけどそれをただ垂れ流しにするのは水への感謝や敬意を失わせると思って噴水という物が作られるようになったのよ、より水への思いを明確にするために⋯⋯」

「なるほど⋯⋯」

 ルミナスの言葉だけではわかりづらいと感じたフィリスが、紙を出してザっとラフな絵を描いて噴水を見せてくれた。

「なるほど、こういうのか⋯⋯」

 それを横から見ていたアトラも興味を抱く。

「いいじゃない! 街の広場にこういうのあったらアトラも長時間歌ってても辛くないし」

 どうやらご満悦のようだった。

「噴水はローシャにもありますし、その周りには自然と人が集まる憩いの場ですからね」

「まあ、贅沢な道楽だよね⋯⋯」

 水量があまり豊富ではない王国の王女のフィリスはぼやく。

 そしてこの噴水はアリシアの琴線に触れる物であった。

「よし、これ創ろう」

 こうして街の広場に噴水を創るという事に、話は変わっていくのであった。


 そしていざ作る噴水の仕様をどうするか、みんなで考える。

「要するに川から水を引っ張って来て、溢れそうな分はまた川に返す構造でいいんだよね?」

「そうですね、あとは井戸の代わりにも使えるように飲み水を汲める構造も欲しいところですね」

「⋯⋯噴水の為水をそのまま飲むのは、ちょっと抵抗ありますしね」

 噴水について詳しいルミナスとミルファの意見を聞いていく。

「あとはアトラが歌いやすい場所を作ってっと⋯⋯」

 色々な条件を考えながら見た目にも拘った芸術性の噴水のデザイン画を、フィリスは何枚も描いていく。

 とりあえず今回はアリシアが創るので、構造的に多少の無理があっても魔法で何とでもなるとの事だったが、一応噴水の専門家のルミナスの監修の元フィリスはデザインを煮詰めていく。

 最後にフィリスはデザインされた噴水を中心に添えた、街のイメージを描いてくれた。

 それを見たアリシアは、これこそが目指すべき街の未来予想図だと確信する。

「よし、これでいいかなアトラ?」

「ええ素敵ね⋯⋯やるじゃない人間のお姫様」

「どういたしまして」

「よし、これでセレナさんに見せに行こう」

 さっそくアリシアは行動を開始しようとしたのだが⋯⋯

「ちょっと持って、魔女!」

「なにアトラ?」

「あなたアトラの足を創ってくれるのよね?」

「もちろん、そうだけど?」

「じゃあそんなの作っても仕方ないんじゃないの?」

「⋯⋯足の創造はまだ時間がかかるけど、これを創るのはすぐだよ、だからその間アトラが歌いたくなる場所になればそれでいいよ⋯⋯それに歩けるようになってもいつかまた、ここに戻って来てまた歌ってくれてもいいしね」

「ふーん、ならいいわ」

 こうしてアトラはアリシア達を見送った。

「⋯⋯いつか戻る場所か」

 それは果たしてどこなのか、アトラにはピンとこないものだった。


「ほう⋯⋯噴水を作る事になったのか」

 未だ会議を続けていたセレナ達の所に、また新たな問題が増える。

 しかしそれはアリシアが劇場を作ると言い出した時よりマシ⋯⋯むしろ街に役立つ物であった。

 フィリスが描いたデザイン画をセレナ達は回しながら見る。

「なるほど、水場としても重宝するな⋯⋯」

 もちろんこの噴水の主目的が人魚の舞台だという事には変わりはないが、セレナはいつまでもアトラがここに居るとは考えてはいない、だから居なくなった後も実用的で役に立つ物を作ってくれるのは大歓迎だった。

「どうですか皆さん?」

 アリシアにとって自分が楽しむ為に始めた事だからこそ、反応は気になるものだった。

「いいですわね、噴水って見ているだけで時間を忘れてしまいますもの」

 どうやらネージュは噴水が好きらしい。

「でしょ!」

 何故かルミナスは誇らしげだった。

「いいですね、これなら反対する理由もありませんね」

 そう言いながらもゼニスは内心、劇場作りよりも安上がりだなという落胆をしていた。

「後は上下水道も整備するとして、作業も私がやれば簡単だし」

「そこまでしてくれるのか?」

「私は帝国の街を見て清潔で美しい街並みだと思いました、だからここもそうあって欲しいのです」

「そうか感謝する」

「では街の間取りをしっかり決めておかないと、銀の魔女様は作業に入れませんね」

「それに関して進捗はどうなの?」

「とりあえず必要な施設は出尽くした、後は配置なんかを決めていくだけだが⋯⋯この噴水は街の名物になる、おそらく街の中心になってくるだろうから今の段階で進言してくれて助かったという所だな」

「そうですね。 劇場のままなら、わりとどこに配置しても構わなかったですから」

 こうしてタイミング的にもアリシアの噴水作りは好意的に受け入れられたのだった。

「⋯⋯ところで劇場は本当に止めるのですか?」

「みんなが必要ないって言ってるし」

 ゼニスだけは少し残念そうだった。


 そして実際の作業工程を考える。

 アリシアは魔法で水路を自由に作れるが、その後の作業や街の利便性に関しては専門外であるためもうしばらく待つ事になる。

 その間に街の概要を決め、建築の専門家の意見を聞き最終的な街の外観が決まる。

 その後、連れてきた技術者の意見を聞きながらアリシアは水路や城壁を創る事になる。

 中の街並みを作るのはその後からになる、そしてその作業はアリシアではなく普通の建築業者の仕事になる予定だった。

「なるほど⋯⋯じゃあ私の出番はいつ頃かな?」

「早くても一週間、できれば二週間後までには着工したい所ですわね」

 それを聞いたルミナスは一安心する。

「ああよかった、それなら私の誕生日とは被らないですわね」

「⋯⋯そうだね」

 うっかり忘れかけていたとは言えないアリシアだった。

 ルミナスの誕生日は帝国で祝う予定だ。

 そしてネージュも参加する予定だったが、ギリギリまでここで作業をしているのはアリシアの転移魔法があるからこそである。

 そうでなければもう移動を始めていないと間に合わない日程だった。

「それではルミナス皇女殿下、次は帝国でお会いしましょう」

「ええ、待っているわネージュ」

 そしてアリシア達四人が去っていったギルドの会議室では⋯⋯

「銀の魔女様も街づくりに参加したかったのでしょうか?」

 ようやくその真実に辿り着いていたのである。


 そして魔の森では⋯⋯

「さあいよいよ私の誕生日ね!」

 もうそれは数日後の事だ。

「ついこの間がフィリスだったのに、時間が経つのは早いね」

 そんな感想をアリシアは溢す。

「よく考えたら五月がミルファちゃんで七月がアリシア、そして九月が私で十一月がルミナスか⋯⋯二か月おきね」

「皆さんとこうして一緒になって、もうそんなに時間が経っているのですね」

 ミルファはかなり前からルミナスとは出会っていたが、まともに会話をしたのは今年の春以降のアリシアとの出会いからだった。

 今でもローシャで祝ってくれた誕生日は忘れられないミルファの思い出だ。

 もしかするとあの日、自分は生まれ変わったのかもしれないと、ミルファは思う事がある。

「一年前の私は一人ぼっちになったばかりで、こんな風に変わるなんて想像もしてなかったな」

 その頃のアリシアは割とやけっぱちで、思い付きで隕石壊しの魔法を試そうなんて考えていたのだった⋯⋯途中で怖くなって中断したが。

「来月はミハエルの誕生日だしアレク様は二月でしょ? そうやって祝い続けていれば一年なんてあっという間ね」

「そうかもね」

「まあそれはさておき、まずは私の誕生日よ!」

「うん楽しみにしている? いや楽しみにしていて⋯⋯なのかな?」

「どっちもよ! 祝う方も祝われる方も楽しみ楽しませる、それこそがパーティーなんだから!」

 こうしてルミナスとフィリスは帰っていった。

 次に四人が集まるのは帝国でのルミナスの誕生祭である。

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