10-12 皇女の儀式

 十一月二十二日がルミナスの十六歳の誕生日である。

 その前日のうちにアリシアは転移魔法を使い、王国の関係者を帝国まで送り届けた。

 こうしてアリシア達は帝国が用意していたゲストハウスにて、明日の準備を行うのであった。


 今年のルミナスの誕生祭はアリシアが参加できなかった去年の成人の儀が盛大だったため、今年はおとなしめだったらしい。

 朝から御輿に乗ったルミナスが帝都中を練り歩き、民衆に応える⋯⋯ときには御輿から飛び降りたルミナスが子供たちと追っかけっこする事もあるハチャメチャな内容だったが誰もが笑いあっていた、ルミナスが如何に国民たちから愛されているかがわかる事例である。

 午後からルミナスは帝国劇場で劇を見る事になった、もちろんアリシア達も一緒にだ。

 そしてそこで行われていた劇は、半年前の世界会議の時の事を劇にしたものだった。

「許可したのはついこの間なのに⋯⋯よく間に合ったね」

 アリシアは感心する。

「彼らは帝国一の劇団よ、きっと許可を貰う前から脚本を書いて練習もしていたんでしょうね、いつでも劇を演じられるように」

 それが真実かどうかはわからないが、アリシアはかつて師から言われた言葉を思い出していた。

 ――魔女たるもの、人を驚かせたかったら百の準備をして九十九が無駄になる覚悟を持て⋯⋯だっけ。

 そんな教えを生き方を改めて思い出したアリシアは、今日ここへ来て良かったと思った。

 一方ミルファは⋯⋯

「あんなの私じゃない⋯⋯あんなの私じゃない⋯⋯」

 舞台の上の自分を演じる少女の神々しさによって、心に強いダメージを負っていた。

 そんなミルファをフィリスは慰める。

「そうだね、ちょっとアレは私たちじゃないよね⋯⋯」

 フィリス役の女優は時には男性役もする事があるらしく、いちいち仕草が気取っていて動くたびに女性ファンから声援を受けていたのだった。

 そしてここ帝国でルミナスの誕生祭で公演したせいか、ルミナスの出番というか活躍が多く強調されていた。

 しかしむしろ陰から人助けをする事を理想とするアリシアにとって、そんな劇の中の銀の魔女アリシアは最高の出来だった。

 こうしてそれぞれ様々な感想を抱きながら、演劇鑑賞は終わったのである。


 夜⋯⋯それは帝城での貴族たちを相手にしたお披露目である。

「こういう流れはフィリスの時と同じだね」

「まあそうね」

 アリシアはフィリスと一緒だった。

 そして見つめるルミナスはパーティーの主役だ。

 ミルファはこのパーティーに参加している聖魔銀会の関係者と挨拶して回っている。

 アレクはミハエルと一緒になって何か話していた。

 そして主役のルミナスを差し置いて一番人を集め、注目されているのはネージュだった。

 取り囲んでいるのは女性ばかりで目的は美容液の事だろう。

 それを見たルミナスは怒るどころか関わりたくないとばかりに、距離を取っていた。

 アリシアも同じだった。

 ネージュには色々便宜を図っている⋯⋯ここで苦労を押し付けてもきっと許される、と言い聞かせていた。

 そして皇帝のアナスタシアはラバンに近づき小さな声で訊ねる。

「⋯⋯セレナリーゼは来んのか?」

「あいつは死んだ事になっている、こういう場には来ないさ」

「そうか⋯⋯」

 そのアナスタシアの声は少し寂しそうで、その姿はアリシアの心に強く残ったのだった。

 そんな時ネージュを取り囲んでいた令嬢たちの話し声が聞こえてくる。

「さすがはアナスタシア皇帝ですわ、この事業に全面的に支援なさっているそうよ」

「それに見ました? 皇帝のお肌を⋯⋯」

「魔女の美容液、必ず手に入れなくては⋯⋯」

 その言葉はアナスタシア自身の耳にも入っており一部不敬なものも含まれていた。

 令嬢たちはアナスタシア本人に聞かれているとは思っていないらしいが、よりにもよって本人に聞かれている事を気付いた者も周りにいた、こうなった以上せっかくの娘の晴れの舞台だが罰しない訳にはいかない⋯⋯

 そう考え行動する前にアナスタシアの目の前のルミナスがプッと笑った。

 プチン。

 そしてアナスタシアの怒りはルミナスだけに向かう。

「ほう、いい度胸だ⋯⋯そこになおれ!」

 そしてアナスタシアはそこに置いてあった帝国刀を掴み抜刀する。

 それはさっきアリシアがルミナスに贈ったプレゼントだった。

「しょうがないじゃない! 思わず笑っちゃったんだから!」

 そう言いながら二人はジリジリと間合いを取る。

 会場は騒然となっているが誰も止めようとはしていない。

「フィリス止めなくていいの?」

「いつもの事だし⋯⋯まあ恒例行事というか儀式みたいなもんよ」

 どうやらこれが帝国での日常らしかった。

 ――まあルミナスが切られても、死ぬ前に治せるし⋯⋯

 そんな事を考えるアリシアは割と薄情だった。

 しかしそんな母娘の対決に水を差したのはグラスが床に落ちて、割れる音だった。

 会場中がそのグラスを落としたドワーフの男に注目する。

「こりゃすまんかった」

 そういって男は謝罪するが、アナスタシアとしても丁度いい水入りだった。

「まあ今日は祝いの日だ、その命預けておこう」

 パチンと優雅に納刀する。

「母上、まるっきり悪役のセリフでは?」

 アナスタシアは娘をひと睨みした後会場を後にした、退室する時うっすらと笑みを浮かべて。

 母を見送ったルミナスの所へ先ほどの令嬢たちが集まり謝罪する。

「ルミナス殿下、先ほどは庇って頂き誠にありがとうございました」

「⋯⋯さて何の事かしら、でも何処で誰が聞いているかわからないからこれからは発言には気をつける事ね」

 そんなやり取りを見つめるアリシア達の所へミルファが戻って来た。

「ルミナス様はあの令嬢の方々を庇われたんですね」

「でも方法がね⋯⋯」

 そう言ってあきれるフィリスの親友を見つめる表情は誇らしげだった。

「なるほど、そういう事か⋯⋯」

 ようやくアリシアもこの茶番の流れを理解する、しかし難解で複雑なやり取りだった、とても参考にはならない。

 人の心の機微というものを考えていたアリシアは気付く⋯⋯

 先ほどグラスを落としたドワーフの男が、アナスタシアが残していった帝国刀をじっと見つめているのを。

「どうかしたの?」

 どうやらルミナスも気付き、その男に話しかける。

「ああ、すまねえ皇女殿下⋯⋯そいつをもう一度、見せてはもらえねえだろうか?」

「ええ構わないわ」

 ルミナスの許可を貰った男はその帝国刀を手に取り、ゆっくりと抜く。

 そして見つめて放心する。

「どうかしたのそれが?」

「これは親父の⋯⋯いや違う?」

 どうやら男にはルミナスの声が聞こえていないようだった。

「私がルミナスに贈ったそれに何か?」

 アリシアの言葉でようやく男は我に返った。

「これは無作法を、すまねえ」

 慌てて納刀し手にした帝国刀をその場において謝罪した。

「それはいいけど、アリシアさまが作ったそれがどうかしたの? ガロン」

「これを魔女が作った?」

 そしてガロンはアリシアを見つめる。

「ガロン⋯⋯貴方ガロンなの? もしかしてナロンのお父さんの?」

「ナロンを! 娘を知っているのか!」

「ええ知っている、私の森のギルドで働いているよ」

「魔女の森⋯⋯魔の森にナロンが居る?」

 そう呟きながらガロンは卒倒するのであった。

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