10-10 舞台の条件
帝国劇場見学が終わり魔の森のみんなの家へと戻って来たアリシアは宣言する。
「アトラを、あの人魚姫をスターにする!」
「⋯⋯それが今度のアリシアのやりたい、魔女っぽい事なの?」
「そう」
一同そのアリシアの夢を考える。
「誰にも迷惑がかからない、いい夢じゃない!」
「まあ次の王妃様を誰にするか、よりはね⋯⋯」
「でもどうやったら出来るのでしょう?」
ルミナス、フィリス、ミルファは考えてみる。
「でもアトラさんは自分の足で世界を旅するのが目的ですよね? それで納得してくれるのでしょうか?」
「もし嫌だといったら、そこでこの話は終わりかな?」
「潔いなアリシアは⋯⋯」
「自分がやりたい事の為に、人を陥れるのはもうこりごりだよ⋯⋯」
「で⋯⋯実際どうするんですか?」
そしてアリシアは考えながら答えていく。
「まず建物自体はダンジョン生成魔法を使って創れる⋯⋯それだと後から間取りも変えられるし、後は外見なんかの見た目のデザインはフィリスに頼みたい」
「了解よ」
「ダンジョンクリエイト魔法か⋯⋯ほんとに使えるんですねアリシアさまは」
「でも、いくら立派な建物や演者が居ても、お客様が来ないと意味がないのでは?」
そのミルファの指摘は当然で、そしてあまりにも難題だった。
そしてこの国の姫であるフィリスが解説する事になる。
「いいアリシア、あそこに劇場を立てる問題点は今のままだと誰も来ないって事よ、交通の要所ってわけでもないしそれどころか危険な魔の森の近く⋯⋯あまりにも不便でいいイメージがない」
「なるほど、難題だね⋯⋯」
アリシアには成功を目指しつつも、絶対成功させなきゃいけないという義務感はなかった。
しょせんは道楽だからだ、だからこそ全力で取り組み無理難題を解決するのが楽しめるといえる。
「その人魚の魅力も必要だけど、魔の森ならではの集客要素がないとね厳しいでしょうね」
「何か参考になるものはないかな?」
みんなにとってもアリシアは、この問題は絶対成功させなきゃいけない事ではない失敗しても構わない前提で行っていると思ってやっているのだと理解している、だからこそ気楽な意見を言えるのだった。
「セロナンなんかが参考になるかも知れないわね」
「フィリス、セロナンって共和国南の都の?」
「ええ、あそこは国土の大半が砂で覆われた砂漠の国よ、でも訪れる人はローシャに次いで多いわ」
「なんで?」
アリシアにはそのセロナンの知識がなかった、だからミルファが解説する。
「アクエリア共和国南の都セロナン、そこはフィリス様が仰る通りの砂漠の国です、大陸最大のガラス製品の生産国ですが輸出がほとんどで買いに行く人はあんまりいません」
「まあ、持って帰るまでに割れるとね」
「なので輸出がほとんどですね、訪れる人の目的の大半は闘技場と⋯⋯その風俗ですね」
最後に少し恥ずかしそうにミルファは言った。
「風俗はまあいいとして、闘技場ってなに?」
「魔物や魔獣を捕らえてきて、そこで人と戦わせて見物するのよ」
「そんな事しているんだ、魔物と戦うなんて冒険者みたいだね」
「実際多いわよ、冒険者を引退して闘技場で戦う闘士になる人は」
「冒険者には様々な技術や知識が要るけど、戦うしか出来ない人も多いからね」
「なるほど」
「中には貴族に雇われた、お抱え闘士なんかも居るわよ」
「冒険者は依頼を運が悪いってだけで失敗する事もあるし、どこにも遠征せず体調を整えて正々堂々魔物を倒す⋯⋯ってのが向いてる人も多いって事ね」
「そしてそれを見る為に、人が集まるのか」
「むしろ魔の森でするなら劇場よりも闘技場の方がやりやすいし、成功するんじゃないかしら?」
「そうだね⋯⋯でも魔物を捕らえてきてただ殺させるってのはあんまり私自身はやりたくないな、別に人がするのは良いけど」
アリシアの命に対する考え方は〝奪う以上は有効活用せよ〟である。
なので殺さず捕獲して見世物にして殺すのは命への冒涜なのでは? という思いがあった。
無論、他人がする分には別に構わない程度のさじ加減だったが⋯⋯産業として成立している以上奪う命は有効活用されているといえるのだろう、単にアリシアの拘りだけの問題だった。
「つまりそんな所でも、よい見世物があれば人は集まるのか⋯⋯」
とはいえ今一つ考えが纏まらないアリシアは、少し本題と離れた事をフィリスに聞いてみる。
「フィリスは闘技場で戦いたい?」
「え? まあやって見たい気持ちはあるわね、でも王族としては問題だしちょっとね」
ふとフィリスは母セレナリーゼのように世捨て人になったら、そんな事をして生きてみるのも悪くはないなんて考えた。
「いくら私達が獲物と共に何度も凱旋しても、本当に戦って狩っていると信じていない国民はいるわ、だからたまには見ている前で力を振るう事も必要かも⋯⋯」
どうやらルミナスも、闘技場で戦ってみたい王族の一人のようだった。
「私は遠慮します」
ミルファにとっては見世物になって殺生を行うなんて、とんでもない事だった。
「私もやだな」
アリシアも人前で殺戮を行う事には抵抗があるようだ。
そもそもアリシアは殺す時は出来るだけ傷つけないように命を奪う、そしてそれは見ていて楽しい娯楽にはならないと考えていた、娯楽というのはもっとこう苦戦や逆転など演出が必要だと思うが、わざとそういう命の奪い方をするのは命への冒涜だとアリシアは考えている。
「とりあえず出来そうなことじゃなくてやりたい事をする、だから闘技場はやめておこう」
このアリシアの結論によって闘技場を作る事はなくなった。
「そもそもアトラさんの為の劇場ですよね? だったら私達がいくら考えるよりも、本人に意見を言って貰った方がいいんじゃ?」
「正論だねミルファ」
こうしてアリシア達は冒険者ギルドのアトラの所へと移動した。
「え? アトラの為の劇場を作る?」
「そう、だからどんなのがいいか聞きたいんだけど?」
アトラはそのアリシアの質問を少し考えて⋯⋯
「もしかして魔女、あなたアトラを歩けるようにするのを諦めて、ここで歌えばいいって事?」
「⋯⋯いやそういう訳じゃないよ、ただみんながやる街づくりに私も何かやりたいだけなんだ」
「だったら素直に街を作ればいいじゃない、まあアトラちゃんの為の劇場を作りたいなんていい心がけだけどね!」
ミルファと違ってフィリスやルミナスは初めてこの人魚との会話を聞き思った。
「ずいぶん口の悪い人魚だね⋯⋯」
「まったくね」
しかしアリシアは全く気にしない。
「そう? 言いたい事をはっきり言ってくれる方がわかりやすくていいけど?」
アリシアは知っている、周りの人たちは自分に気を使って言いたい事を控えているのだという事を。
だからアリシアはその会話の中から相手の真意を読み取るよういつも苦労している、そして自分と他人の常識の違いによって正しい解釈が出来ない事が多い。
しかしアトラとの会話はそんな苦労が全くない、それに自分の力の足りない所を容赦なく攻める言葉はアリシアの気持ちをむしろやる気にさせてくれる、目標を明確にしてくれる。
「それではアトラさんはこの場所に劇場を作る事を望まれないのですか?」
そのミルファの念押しにアトラは⋯⋯
「うーん、アトラにはその劇場ってのがよくわからないのよね、海にはそんなのなかったし⋯⋯その中って音が響くんでしょ? アトラには必要ないよ、その程度で聞けなくなるような歌声じゃないわ」
ミルファは思った。
確かに人魚族のみんなは屋外で、その歌声をしっかり響かせていると。
「なら劇場は要らない?」
そのアリシアの言葉にはやや落胆がにじんでいる、しかしそれはアトラの為ではなく自分の娯楽がここで終わりだという、感情がほとんどだった。
「人間が使いたいなら作ればいいけど、アトラは別にそんなところじゃなくても歌えるし⋯⋯」
ここでふとアリシアは思い出した。
アトラは最初っから歌う場所は欲しいといっていたが劇場を立てろとは言っていなかったと、全ては自分の勘違いだったのだ。
「なら劇場じゃなくアトラにとってふさわしい、人にとって聞きやすい⋯⋯そんな環境を考えればいいのかな?」
こうして計画は変わっていくのであった。
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