10-05 『あたし』の物語

 ついに作家としてデビューしたナロンは燃えていた。

「よーし、やるぞー!」

 しかしその気持ちにアリシアが水を差す。

「やる気になっているところ悪いんだけど、帝国刀作りをあとちょっとだけ付き合って貰えないかな?」

「⋯⋯そういえばそうでしたね」

 こうしてナロンは一先ずアリシアの帝国刀作りへと、戻るのであった。


「まず現状を確認します。 魔女様のアダマンタイト製の帝国刀作り技術は、元々あった知識と相成って飛躍的に向上しました。 現状あたしの八割くらいの出来を量産できる力があり、そろそろあたしの指導では力不足と言わざるを得ません」

「そうなのか⋯⋯ありがとうナロン」

「⋯⋯正直ここまで早いと色々複雑な気分ですがあたしは凡人で魔女様は天才だったと割り切るしかありません。 それにここからは時間のわりに成長が進まなくなるでしょうし⋯⋯」

「なるほど⋯⋯よくある事だね」

 アリシア自身の経験上よくある事だった。

 かつてのアリシアは師である森の魔女のお手本を再現するのに八割くらいまでならあっという間なのだが、そこからは時間はそれなりにかかるのである。

 なので今回の鍛冶技術も同じ事だと理解した。

「そして現状の魔女様の技術力では、一流の量産品くらいなら作れるはずです」

 とりあえず現状でアリシアはルミナスの誕生日プレゼントくらいの、趣味で使う程度の帝国刀なら十分に作れる力量に達していると認識したが⋯⋯

「そっか⋯⋯でも量産品か⋯⋯プレゼントだから何か特別なものにしたかったな」

 ナロンはアリシアのその心使いには感心するが現状では難しい。

「魔女様、そもそも帝国刀に飾りは必要ありません。 完成された究極の機能美、それこそが神髄ですから」

 機能美、それはアリシアも同感だった。

 そもそもアリシアが創る物は本来、飾りっ気のない物が大半であった。

 しかしフィリスや各国の王族たちと出会い、ある程度見た目にも拘るようになったばかりなのだ。

「じゃあどうすれば?」

「これはあくまであたしの考えですが、機能性を追求する事こそが喜ばせる道かと⋯⋯つまり受け取る皇女殿下にとって最も適した物作りこそが、答えではないかな⋯⋯と」

「なるほど⋯⋯同感、しかし困ったな」

 そのナロンの方針にはアリシアも全面的に同意だったが、問題はこれがプレゼントだという事だ。

 つまり今からルミナスに「どんなのがいい?」と聞く事は憚れるのだ。

 出来れば完成品で驚き喜ばせたいから。

「つまり皇女殿下に協力してもらって最適解を導くことが今の魔女様が作れる最上の物なのですが⋯⋯どうします?」

 アリシアは悩む⋯⋯ルミナスにとって最も良い物は彼女の協力なくして作れない、それは理解しているがそれでは受け取った時の感動が薄れる。

 ――あとで魔法で記憶を消す事も出来なくはないが、そんな真似はしたくはないし⋯⋯

「アリシア様、アレを使うのはどうですか?」

「アレって何? ミルファ」

「魔法の箱庭です、あれと人形を使えば出来ませんか?」

 そのミルファの助言にアリシアは閃く。

「そっか、その手があった⋯⋯ありがとミルファ!」

「その箱庭って何です?」

 一人知らないナロンにアリシアは魔法の箱庭の概要を説明する。

「⋯⋯つまりその中でなら、皇女殿下を体験できるという事ですか?」

「そう、本来の使い方ではないけど他人がルミナスの人形に入れば、本人に知られることなくルミナスにとっての最適な物作りのヒントに出来るはず」

 しかしアリシアがルミナスを体験しても意味がないため、ナロンがルミナスになる事になった。

 何故ならナロンはアリシアと違って、一通りあらゆる武器の使用方法を会得しているからだ。

 まあ本職には全く歯が立たないレベルだが⋯⋯


 そしてアリシアが出した魔法の箱庭の中で、ナロンが入ったルミナス人形が動き出す。

「⋯⋯凄い、本当に別人になっている、いつもより背が高い分目線が違う!」

 ナロンは純血のドワーフ族だ、だからその種族の特性である低めの身長との違いを感じる。

 そして見ている前でナロンはルミナスの身体を動かし、その身体能力を体感していく。

「魔道士の方だと伺ってましたが意外としっかり鍛えてますね、身軽で凄く動きやすいです、この体は!」

 単純な力ならルミナスよりもナロンが強いが俊敏性などはルミナスの方が上なのだろう、そうアリシアは考える。

 そして一緒に見ていたミルファには、ナロンの今の気持ちがよくわかる気がした。

 ――あの体は身軽で、動きやすそうですもんね。

 ミルファは本人には絶対言えない、失礼な事を考えていた。

 そして同時にアリシアも気付く⋯⋯

 ――次にルミナスがあの人形を使うまでにサイズを大きくしていないと、きっと文句を言われるな⋯⋯

 あの頃からルミナスは成長していたのだった⋯⋯少しは。


 それから人形に入ったナロンは、アリシアが魔法で再現した帝国刀を振って見た。

 その長さや重さなどあらゆる癖を微妙に調節しながら、ルミナスにとっての至高の一振りを探り続ける。

 そしてついにコレだという物に辿り着いたのだった。

 あとはそれを現実に作るだけだった。

 アリシアはナロンの助言を聞きながら帝国刀を作り続けた。

「ずっと父ちゃんに言われてました、本物は使い手を知らなければ作れないと⋯⋯」

 無論こんなやり方は父ガロンの想定外であり、邪道だと言うだろう。

 しかしナロンにとって、大きく見方を変える出来事だったのは間違いない。

 それほどまでに鮮烈な出来事だったのだ、ナロンにとってルミナスを体験するという事は。

 溢れ出る魔力、そこから感じられる全能感、高い眼差し⋯⋯ちっぽけなナロンには見えない世界が見えた気がした。

 今までナロンは英雄とは力ではない心だと思っていたが、少し違うのかもしれない。

 高い地力が自信となって、人とは違う決断力に繋がるのではないかと思ったのだ。

 ナロンにとってこの僅かな時間は、その後の作品作りに大きな影響を与える事になるのだった。

 そしてついに完成した、ルミナスの帝国刀は。

 それはアリシアにとっては重くナロンにとっては軽い、その為本当にそれでいいのかよくわからないなので、この冒険者ギルドで唯一の帝国刀使いのカインに意見を聞いてみた。

 そしてカイン曰く⋯⋯「軽すぎて物足りないが重量バランスは良いため、振ってて気持ちがいい」との事、そして試しにアリシアがこれまで試作で作った帝国刀も試してもらった結果は「良くも悪くもない無個性だ」という答えだった。

 とりあえずアリシアは、多くの人の協力を得てルミナスの帝国刀を作る事が出来たのだった。


 こうしてナロンにとって激動の一週間は終わった。

 魔女との交流、作家デビュー、ルミナスという英雄の目線を味わった事⋯⋯

 それらはまだナロンの中では消化し切れていない体験だった。

 しかし、これまで味わう事のなかった経験だという事には違いはない。

「あたしが書きたい、伝えたい物語か⋯⋯」

 ナロンは思う、今までの自分が如何に空っぽの人生だったのかを⋯⋯

 そして故郷を出て今日まで、どれだけ沢山の人たちと出会い、話し合って来たのか。

 困難な恋を追い求めるリオン。

 自分の使命に迷いなく進むアトラ。

 そして銀の魔女や片翼の聖女といった本物の英雄たち。

 今の自分がどれだけ恵まれているのか、ナロンは自覚しつつあった。

 そんな本当の主人公たちの物語を間近で見続けられる、この場所を⋯⋯

 そして同時に知っていく、たとえ主人公たちといっても決して完璧な存在ではないのだと。

 悩みがあり力不足になる事もある、そして足掻く人間なのだと。

 無論そんな内面など書いても読者は喜ばないかもしれない、読者が求めるのは等身大の主人公ではない、夢や理想を重ね体現する偶像だからだ。

 実際ナロン自身も、そういった物語に憧れ書きたいと思ったのだから。

 しかし描かないとしても、知って書くのと知らずに書くのは違うはずだ。

 ナロンは思う⋯⋯自分は主人公じゃない。

 でも周りには、主人公になろうとする者が沢山いる。

 その人達とふれあい何かを感じ、それを描けたのならきっと書けるはずだ――


 ――自分だけの物語が。


 そしてナロンはペンを取った。

 書く為に。

 今はまだ形になっていない、物語の欠片を⋯⋯

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