10-04 空っぽの物語

 書きたい事伝えたい事は何だ?

 その問いに答えられなかったナロンは落ち込む。

「もしかしてあたし作家失格なんじゃ?」

 しかし隣のカリンはクスクスと笑い出す。

「ごめんなさい、昔の自分を見ているようでね、つい」

「⋯⋯ナロン君、そちらのカリンも最初は酷いもんさ、君とは別方向でね」

「別方向?」

「ナロンさん、私はあなたと逆でね最初っから書きたいものがあったけど、それはそのままじゃとても出版には漕ぎつけられないものだったのよ」

「何ですそれは?」

「その前に私は別に作家になりたかった訳じゃない、本当は別のものになりたかったのよ」

「作家になりたかった訳じゃない?」

 それは作家を目指しているナロンにとって聞き捨てならない事だった。

 自分はこんなにも苦労しているのに別になりたくなかった者が作家として成功を収めている⋯⋯残酷な現実に怒りが湧いてくる。

「私がなりたかったもの、それは〝探偵〟よ」

 その言葉にすっとナロンの頭が冷えた。

「子供の頃の私は無邪気なおバカさんだったわ、物語の探偵に憧れて自分もそうなるのだと信じてあらゆる努力を惜しまなかったつもり⋯⋯けどね現実に探偵なんて職業はないのよ、そんなのは物語の中だけの存在⋯⋯趣味でやっている人だけで生計を立てられる職業ではないの」

 そういってカリンは自嘲気味に笑う。

「大人になった私はそれまで培った探偵の知識で本を書くことにした、でも上手くいかなくてマハリトさんには随分怒られたわ」

「単なる謎解き本では売れないからね」

「そして神探偵コリンが生まれたの⋯⋯読者の気を引く設定だけを盛りに盛って、その実なんにも決まっていない物語を⋯⋯屈辱だったわ、そんな手段でしか私は書きたいものが書けなかったのだから」

「だが売れた」

「そうなのよね、売れちゃったのよ⋯⋯書きたかったものに書きたくないものを付け足したら」

 ナロンは何か言いたかったが、何を言えばいいのかわからない。

「そして売れてしまった以上続編を書かせてもらえる事になったけど、私には主人公コリンが何なのかわからなかったのよ、自分で書いて生み出した存在なのに」

「⋯⋯だからですか?」

 その質問はミルファだった。

「だからカリン先生はずっと、コリンの格好で世界を旅してきたんですか?」

「⋯⋯ええそうよ、こうすれば何だかよくわからないコリンが理解できるんじゃないかと思ってね」

「⋯⋯コリンはちょっとひねくれているけれど本当は優しい女の子で、口では憎まれ口をたたいても本当に人を馬鹿にはしない叱咤する気持ちがいつも根底にはあって、目の前で人が死ぬのを許せない女の子で、いつか課題なんかじゃなく本当に自分の意志で人を救いたいと願っている⋯⋯女の子で⋯⋯」

 語り続けるミルファは最後には涙声だった。

「ありがとうミルファさん、そこまでコリンを愛してくれて。 そう今でこそコリンはそういったモノが詰め込まれた主人公だけど最初っからそうだったわけじゃない、見苦しく探して足掻いて後から詰め込んで出来上がった主人公なのよ」

「そうだったんだ」

「だからナロンさん、今の貴方に伝えたいものがないとしても諦めないで、いつかきっと探し出せる巡り合えるモノなのだから」

 こうしてナロンの次の目標は決まった、しかしそれは当てのない形ある目標ではなかった。


 そしてナロンとマハリトの打ち合わせは続く。

 その傍らでカリンはミルファへと歩みより、話しかけた。

「さっきは御免なさい、ファンの前でする話ではなかったわ」

「いえいいんです、最初はどうであれ今のコリンが私の知っているコリンだってわかったから」

「⋯⋯ところでミルファさんって、ミルファさん?」

とはどういう意味ですか?」

 急に話の流れが変わりミルファは困惑する。

「今、銀の魔女と共に名を馳せつつある〝片翼の聖女〟ミルファよ! 貴方の事でしょ?」

 サッとミルファの目から光が消える。

「アア、ソウデスネ、ソウヨバレルコトモ、アリマスネ⋯⋯」

 その答えを聞きカリンの表情がパッと輝く。

「やっぱりそうだったのね。 〝天より遣わされし癒しの天使、その慈悲深き彼女はその身の翼を犠牲にしてでも、人々を救う事を辞めない〟⋯⋯ああ、ここで会えるなんて!」

「⋯⋯⋯⋯」

 ミルファは絶句する。

 自分が片翼の聖女と呼ばれている事は知ってはいたが、そんな風に盛られて伝え広まっていると知って。

 最初ルミナスがからかい混じりに片翼の聖女と呼ばれ始めた事をミルファへと伝えた、しかしミルファは本気で恥ずかしがり、それをみたルミナスはその後あまりその話題をミルファ自身の耳に入らないように配慮した為だった。

 なおアリシアやフィリスはルミナスから聞いてて、よく知っている内容だった。

 ここまで大げさな内容の話になっている事を知らなかったのは、現実から目と耳を背けてきたミルファ本人だけだったのだ。

「私ね驚いたのよ、ミルファさん貴方の事を知って、まさか本当にコリンみたいな子が居るんだって」

「え⋯⋯私がコリンみたい?」

 その原作者の評価にミルファは疑問を覚える。

 確かにミルファはコリンには憧れの様な感情がないとは言わないが、それでも同じだとは思えなかった。

「聞いていいかしら、ミルファさん貴方はどうしてそこまで人々を必死になって救うの?」

 その時ミルファにはただ一点だけ、自分と物語の主人公コリンに共通する部分を自覚した。

「私が人を救う理由はあまり誇らしいものではありません、私自身の出自は不幸でした、運命ってものに翻弄されて流されるだけだった。 でも神の導き⋯⋯いや仲間との出会いで変わったんです私の運命は、だからどんな不幸な運命でも変えられるとそう信じている⋯⋯いや信じたいんです。 でも私に出来る事は人を癒すくらいだけです、だからせめて自分の前でだけくらいは死にゆく定めに抗いたい、そんなちっぽけな意地なんです」

「⋯⋯ありがとうミルファさん、今日ここで貴方に会えて本当によかったわ」

「え?」

 そしてカリンは振り向きマハリトを見る。

「マハリトさん帰りましょう!」

「え? 急に何だい」

「ここへ来る前に出した原稿は書き直します、すぐに戻って始めないと!」

「いやあれはもう完成品として⋯⋯」

「作者の私が未完成だと言っているのです、すぐ書き直します!」

 そしてマハリトはカリンに引きずられて行く。

「ナロン君、とにかく書け! 現実だろうが空想だろうが、どうでもいい! 良し悪しなんて書かなければわからん! とにかく書いて考えろ!」

「はい! わかりました、ありがとうございます!」

「ナロンさん頑張ってね、それに他の皆さまもさようならー!」

 最後にカリンが見つめたのはミルファに対してだった。

 そしてそれをミルファは無言で見送った、サイン本を抱きしめたまま。


「いったいどうしたんだ、カリン君!」

 ローシャへ戻る馬車の中でマハリトはカリンに問いかける。

 揺れる馬車の中でもお構いなしでメモを取るカリンは答える。

「やっと⋯⋯やっと見つけたのよ、コリンに必要な最後の欠片が! 書かなきゃ、今すぐ書かなきゃ!」

「はあ⋯⋯おしとやかなお嬢様だった君は何処へ行ってしまったんだろうな⋯⋯」

「私は私よ、最初っからね! マハリト叔父さん!」

 かつて出版屋へ入ったばかりだったマハリトは、姪が作家になりたいから諦めさせてくれとカリンの両親に頼まれ徹底的に作品をこき下ろした。

 しかしその結果生み出された物が上司の目に留まってしまい、出版される事になった。

 そうして生まれた作家カリンと神探偵コリンシリーズによって、マハリトも出世していく事となったのだ。

 マハリトは思う⋯⋯想像は無限だと、しかし現実もまた予測不可能なものだと。

「現実でも空想でもいいナロン君、好きなように書け」


 こうしてナロンはいつの間にかデビューしていた事によって作家としての道を一歩進んだ。

 しかし次の道はまだ決まっていない、何故なら無限の選択肢が目の前に広がっているからだ。

 しかしナロンは進み⋯⋯いや書き続ける。

 いつか誰かに伝えたい物語を書く、その日まで。


 それから約一か月後『神探偵コリン』シリーズ最新刊が発売された。

 前から楽しみにしていたミルファは店の開店と同時に購入し、一気に読んで悶絶していた。

 なぜならそこに書かれていたコリンのセリフは、あの時自分が言ったことと同じだったのだから⋯⋯

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る