10-03 突然の来訪者

 突然ナロンはセレナに呼び出された、来客があったからだという理由でだ。

 ナロンは不思議に思う、今自分がここに居る事を知っている人はほとんど居ないからだ。

 こうしてナロンは仮設ギルドの食堂へ向かったのである。

 するとそこに居たのはナロンがよく知っている人物だったのだ。

「マハリトさん!」

「おう、ナロン君⋯⋯いや先生、ごきげんよう久しぶりだな」

「そんなマハリトさんやめてくださいよ、先生なんて⋯⋯」

「何言ってる? デビューした者は皆、すべからく先生だぞ?」

「へ?⋯⋯デビュー?」

 何が何だかナロンには理解できない。

 するとクスクスと笑う女性が現れた。

 かなり大人の女性だがやや違和感のある子供っぽい真っ赤なドレスを着て、これまた子供っぽいツインテールという髪形をしていた。

「マハリトさん、その子全くわかっていないんだから最初っから説明してあげないと」

「ん⋯⋯ああ、そうだったな」

「まったく貴方の悪い癖ね」

 どうやらこの女性とマハリトは知り合いで親しい間柄らしい。

「ナロン君、君が最後に残していった原稿だが書籍化され出版された⋯⋯つまり君はデビューした訳だ、おめでとうナロン先生」

「⋯⋯え?」

 唐突の事でナロンは実感が湧かない。

「おめでとうナロン先生、同業者の一人として心から祝福しますわ」

 そうパチパチパチと口ずさみながら、手を叩く女性は凄く可愛らしかった。

「おめでとうナロン!」

 その時、食堂には数名の冒険者が居た、そして彼らは皆ナロンの夢を知っている者たちだった。

 その騒ぎに食堂の奥からルシアとリオンとミルファが出て来て、更にアリシアとセレナもギルド長室から出てきた。

「何事なのミルファ?」

「あっ、アリシア様、ナロンさんの本が出版されたそうなのです」

 正直この時アリシアは、ナロンが作家志望だという事を思い出したくらいだった。

 そして周りの祝福がナロンに染み渡り――

「やったーー!」

 思いっきりナロンは弾けたのだった。


 そしてご祝儀として酒樽が開けられ宴会となる、正直冒険者たちは何かにこじつけて酒を飲み、騒ぎたいだけなのだが。

 そしてナロンも飲んだ。

「おー、さすがはドワーフ族だな、いい飲みっぷりだ」

 そんな感想を言いながらマハリトもビールを飲む。

「あらあらマハリトさん、仕事中に飲んじゃって」

「これも仕事さ、作家をデビューさせ一緒に祝う、君の時もそうだっただろ?」

「そういえばそんな事もありましたわね⋯⋯懐かしいわ」

 そう言いながら、その派手な女性も一緒にビールを飲んでいた。

「あの、そういえばその人は誰なんです? 出版社では見た記憶がないんですけど?」

 そのナロンの疑問にクスクスと女性は笑い出す。

「会ったことがなくて当然よ、私は作家の方だから。 そしてしょっちゅう世界中を旅して回っているからね」

「せ⋯⋯先輩作家の方だったんですか? 申し訳ありませんナロンと申します、まだ未熟な駆け出しです!」

「ナロンさんありがとう、私はカリンというしがない物書きよ⋯⋯」

 その時ガタッと音を立てて驚く者がいた、ミルファだった。

「カリン先生ですか!?」

「知っているの? ミルファ」

「知っているも何もアリシア様だって読んでるじゃありませんか! 『死んじゃう前に事件を解決! 神探偵コリン』シリーズの作者ですよ!」

 アリシアは戸惑っている⋯⋯こんなテンションのミルファを見るのは初めてだなと。

 そしてアリシアは確かにその本を読んでいたが、作者名まで覚えていなかった。

「あ、あの不躾で申し訳ありませんカリン先生! 握手してください!」

「ええ喜んで」

 そう笑顔でミルファと握手を交わすカリン、それを見ていつか自分もそうなりたいと思うナロンだった。

 そしてその後ミルファは原作本一巻に「ミルファさんへ」とサインをしてもらって、すっかり上機嫌だった。

 内心見ていたアリシアは複雑だった。

「あのところでカリン先生コリンシリーズってもうすぐ終わっちゃうんですか?」

「え? どうして?」

「だって後十人救ったらコリンの目標は終わりじゃないですか?」

「あ、ああ、そうね⋯⋯」

カリンは何とも言えない乾いた笑みを浮かべていた。


「ところでどうしてカリン先生がこんな所に?」

「いつまで待っても君が戻ってこないからこうして出向く事になった、丁度その時にカリン先生が原稿を持ってきていてね、それで行くなら一緒に来たいと言い出してね」

「私もね、今世の中を騒がすあの銀の魔女には興味があったのよ、でも他の取材旅行中だったから出遅れてあなたに先を越されちゃったってわけよ、びっくりしたわ自分の作品の為に魔の森へ行こうなんて命知らずが私以外にいたなんて、それがまだデビュー前の新人ですもの会ってみたくなってね」

「⋯⋯それは、光栄です」

「それでどうだった? この魔の森は? 銀の魔女に会った事あるの?」

 ナロンは「すぐそこに居ますよ」とは言いづらかった。

 そしてアリシアもここで名乗りを上げるのは気まずく、そっと立ち去ろうとする、しかし――

「あれアリシア様、せっかく会いに来てくれたんですよ、話さないんですか?」

 ミルファに止められてしまった。

 そしてカリンもアリシアの正体を察したようだった。

「あのすみません気づかないで、冒険者の方だとばかり思っていたので、作家のカリンと申します」

「銀の魔女アリシアです⋯⋯遠路はるばるようこそ魔の森へ」

 何とも閉まらない出会いとなった。


 それからカリンは、アリシアやセレナを捕まえて取材を始める。

 それを横目に見ながらナロンはマハリトと、これまでと今後について話し合う事になった。

「まず君の本は初版千部が完売した、それでまた増産される事になる、これが原稿料だ」

 そう言ってマハリトはお金の入った袋をナロンに手渡す。

「これに受け取りのサインと、出版同意書にもサインをくれ」

「あの、まだサインしてないのに出しちゃったんですか?」

 ナロンはやや呆れる。

「駄目だったのかい? あれだけ私に怒鳴られても書き続けてきたんだ、当然断らないと思っていたが?」

「いえ、ありがとうございました」

「まあこの業界よくある事さ⋯⋯連絡がつかない作家に黙ってあれこれするのはさ」

 そう言いながらマハリトは、となりのカリンを遠い目で見る。

「あの⋯⋯マハリトさんはカリン先生とは長いんですか?」

「長い⋯⋯と言うより私が始めて世に送り出した作家さ、お互い未熟だったから何度もぶつかったもんさ」

「そうだったんですか⋯⋯」

「まあこっちの事はいい、今は君の事だ」

「えっと何でしょう?」

「当然次回作さ、書けているのか?」

「⋯⋯いえまだです」

「だと思ったよ、見たところここに馴染む為に精一杯、と言ったところかな?」

「おっしゃる通りです」

 しかしその答えを聞いてもマハリトは咎めず笑った。

「ははは! 君はまだ若い、色々経験するのはいい事だ!」

「いやでも、こんな環境でちっとも書けていないのは駄目なんじゃ?」

「⋯⋯実際どうなんだココは? ネタの宝庫だと私は思っているんだが?」

「確かに凄い人達ばっかりで驚く事ばかりです⋯⋯でも、それをそのまま書く訳にもいかないし、もっとこう書きたい事伝えたい事を書くべきかと⋯⋯」

 そのナロンの答えにマハリトは眉を顰める。

 そして隣のカリンが話に割り込んできた。

「あらナロン先生には書きたいものがあるんですね、羨ましいわ」

「え⋯⋯作家ってそういうものじゃないんですか?」

「そりゃ私だって最初は書きたいものがあったわよ、でもデビューして数年で書き尽くして今じゃ書く為に世界中ネタ探しの旅の日々よ」

「じゃあカリン先生は無理して書いているんですか、今は」

「無理をして書いている⋯⋯そうかもね、だけど理由はどうであれ世界を旅する日々は楽しいし、苦労して書いてても原稿が出来上がった時の達成感は、今でも最高よ」

「⋯⋯」

「ナロン君、君の書きたい伝えたい物語とは何だね?」

「そ、それは⋯⋯」

 ナロンはこのマハリトの問いに答えられなかった。

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