10-02 二百年前の刀匠

「この本書いたの、あなたのお爺さんなの?」

 そのアリシアの質問にナロンは答える。

「はい⋯⋯ここにおじいちゃんの名前がありますし」

 確かにその本の筆者名に〝ダロン〟と書かれていた。

「その本によると、あなたのお爺さんは世界で初めて帝国刀を作った人らしいね」

「そうなんですか? それは知らなかったな⋯⋯おじいちゃんの事なのに」

 ナロンはその本を大切に見つめる。

「そのダロンさんは今何処に?」

 そのアリシアの質問にナロンは悲しそうに答える。

「おじいちゃんはあたしが十歳くらいの時に亡くなったんだ」

「そっか⋯⋯ごめんね」

「いえいいんです、もう昔の事ですから」

 そしてナロンは思い出す祖父の事を。


 ナロンの祖父ダロンは無口な男だった。

 父とは違い人に物を教えるのが苦手なタイプだった、だから弟子も居なかったのだ。

 しかし腕そのものは自分よりも上だったと、父ガロンは常に言っていた。

 だからダロンはナロンに鍛冶を教える事はなかった。

 ただダロンは常に鉄を打ち続け、そしてそれをずっと幼い頃のナロンは見続けていたのだった。

 そんな祖父が自分の技術を後世に伝えるべく本を書いていたという事が、ナロンには信じられなかったのだ。


「あの魔女様⋯⋯この本お借りしてもいいですか?」

 アリシアはそれには答えずに収納魔法から紙とインクを取り出す。

 そして目の前でその本を魔法で書き写し一冊の本を複製した。

 そしてアリシアは複製した方を収納魔法に仕舞い、源本の方をナロンに差し出した。

「私にとって大切なのは中身だけだから、この本は君が持っている方がいいと思うよ」

 そしてナロンは祖父の本を受け取った。

「ありがとうございます、大切にしますね」

 そう大切に本を抱きしめるナロンは、は自分だけのものではなかったのだと、気付いた。

 たとえ知らなくても自分は何かを受け継いで、今生きているのだと実感したのだった。


 それはさておき、アリシアの刀鍛冶修行が始まる。

 ミルファはここに居ても仕方がないため、ギルドの方へ行き「何か手伝いをしてくる」と言って居なくなった。

 アリシアは知っていた、ミルファが自分の為に母ルシアと懇意な関係を築こうとしているのだと。

 今のアリシアは立場上ここでは両親とは親しく話が出来ない、その為自分よりもミルファの方が両親と親しく仲良くなっていくのは、やや複雑な気分だった。

 アリシアは魔法炉でアダマンタイトを溶かし、それを魔法で動かす槌で鍛える。

 その光景をナロンは卑怯だなと思いながら眺めるが、そもそもアリシアの細腕では槌を自力で振るい続けるのは不可能な事だ。

 時にはナロン自身がアダマンタイトを打って手本を見せる、それを真剣に見つめるアリシアはどうすれば自分の魔法で再現できるのか、考え何度も試行錯誤を繰り返すのだった。


 そんな日々が五日続き今、音センサーでもあるアトラにも来てもらって、アリシアの帝国刀作りは佳境に入った。

「ふーん、魔女ってこんな苦労もするのね、もっと何でもできて当然みたいな人たちだと思ってたわ」

「アダマンタイトは魔力で加工出来ないからね⋯⋯それでどうアトラ? 魔女様の出す音は?」

 アリシアは奏でる槌の音色をアトラは審査する。

「⋯⋯気味が悪いくらい同じ音が続いているわ」

「最高の音が?」

「ちょっと違うかな? ナロンの場合は百点の中に時々九十点が混ざる感じなんだけど、この魔女の場合はずっと九十五点なのよ」

 そのアトラの評価を聞き、ナロンにも腑に落ちるところがあった。

 今日までアリシアが作り続けた帝国刀はどんどん制度を増していたが、ある所から急に品質が安定しだしたのだ。

 そしてその一定の品質は絶好調のナロンなら越えられるが、ずっとその品質で作り続けるのはナロンには無理だなと思わせる出来栄えであった。

 そしてアリシアはその一本を打ち終わると、休憩という反省会を始めた。

「昨日くらいからもう上達しているという実感がなくなってきた」

 ナロンはそのアリシアの言葉を傲慢だと思ったが事実なので仕方がない。

「魔女様は同じ叩き方を魔法で完全に再現できるんですよね?」

「⋯⋯実はこれは魔法というよりは魔術の領域かな? 何度も全く同じことを再現し続けるのは魔術の方が向いているから」

 そう言うアリシアの瞳に複雑な感情が混ざっているのをナロンは感じた、きっと今アリシアは鍛冶技術の習得の為に魔法という誇りを手放し、手段を選んではいないのだと。

 ナロンにも鍛冶師としての誇りはちっぽけだがある。

 そのナロンはアリシアの技術習得の速度ややり方に言いたい事はあるが、それをぐっと押し込めることにした。

「正直もうあたしからは言う事はないです、もしこれ以上の技術を求めるならアトラの前で九十五点じゃない百点の叩き方をして、それを再現し続ける事ですね」

「うーん、今の叩き方は三日間やってようやくたどり着けた力加減だからな⋯⋯あとほんのちょっと近づくのに、一体どれだけ時間がかかるのか」

 アリシアは自力で帝国刀を作れるようになるリミットを一週間と決めていた、そしてもう五日経っているのである。

 もっと時間があってただの自己満足であったならばいくらでも続けるのだが、今回はそろそろ潮時だと感じはじめていた。

「この前カインさん⋯⋯ここの冒険者の使っている帝国刀を見せてもらったんですけど、それと比べて魔女様の帝国刀はあとちょっとってとこですね」

 そのカインの帝国刀はナロンの父ガロン作である、人生の全てを捧げて作られた物があっさり超えられなかった事に、正直ナロンは安心していた。

「後ちょっとか⋯⋯わかっていたけどそこからが遠いよね」

 アリシアが実感しているのは鍛冶技術の事だけではなかったが。

「とりあえず魔女様、最初に伺っていた一週間でできる限りの技術習得という条件ならそろそろ限界かと⋯⋯そもそもあたしが指導役としてこれ以上は力不足ですし」

「なら続きはあなたのお父様に頼むしかないのかな?」

「それはやめといた方がいいです、あたしは鍛冶師として若くて誇りもないから受け入れましたが、父ちゃんは人生賭けている職人ですからね、魔女様のやり方見たら絶対ケンカになる」

 アリシアは自分のやり方が異端である事は自覚しているので納得する。

 そもそもアダマンタイトの加工技術なんてなくてもいくらでもやりようはあるのだ、それなのにその技術を得ようとするのはただの自己満足でしかない。

 決してアリシアは、職人たちの誇りや魂を侮辱したい訳ではないのだ。

「ねえナロン、あなたの目で見てその帝国刀は命を預けるのに相応しい?」

 そのアリシアの問いにナロンは真剣に考える。

「⋯⋯魔の森では使わない方が無難かな? それ以外の場所でなら十分通用すると思いますけど」

「そっか⋯⋯」

「そういえばどういう使い方を想定しているんです? 魔女様自身が使う訳ではないですよね」

 そうナロンは断定した、何故ならアリシアの体つきからこのアダマンタイトの帝国刀を扱うのは、無理があるからだ。

「そういえば言ってなかったね、ルミナスの誕生日の贈り物だよ」

 ルミナス自身からの希望の品であり情報が漏れたところで何も困らない為、あっさりアリシアは答えた。

「え⋯⋯ルミナス皇女殿下への贈り物ですか?」

 ナロンはこの前リオンが救助された時に来ていたルミナスを見て知っていた。

 だから当然の答えに行き着く。

「あの魔女様、これ実用品ですか? それとも儀礼用とか観賞用だったりします?」

 帝国刀はその美しさから美術品としても価値があると言われている、むしろ実戦で使うには色々制約が多く不向きだったりする。

「聞いてないけど、ルミナスだったら実用品にするんじゃないかな?」

 まあ、ある程度遊んで満足したら観賞用になるのだろうとは、アリシアも予感している。

 しかし万が一にでもルミナスの命を預ける事もあるだろう、だから一切の手抜きはするつもりもない。

「⋯⋯あの魔女様やり直しですね、この帝国刀を皇女殿下が使いこなせるとは思えません」

「どうして?」

「今まで作ってきた帝国刀は太刀と呼ばれる物です、まあそれが全ての基本ですから。 でもあの皇女殿下がこれを振り回せるとは思えません、もっと短い物でないと⋯⋯」

 ナロンの見立てではルミナスが使いこなせるのは、脇差という短い帝国刀くらいまでだと想定した。

 そしてその後アリシアとナロンの話し合いによって観賞用の太刀と、実用品の脇差の二本を作る事が決まったのである。

 そしてそのくらいの条件なら、今のアリシアでも十分に作れるとナロンは思っている。

 そもそも受け取るルミナスが魔の森クラスの場所で帝国刀を趣味で使う事態はないだろうと、アリシアもナロンもそう思っているからだ。


 こうして休憩が終わり作業を再開しようとした時に、外が騒がしくなる。

「誰か来たのかな?」

 この冒険者ギルドはまだ正式稼働していないその為人の出入りは少ないが、食料品などの配達でそれなりには訪れる人はいた。

 そして突然鍛冶場の扉が開きセレナがやって来た。

「おいナロン! お前に客だぞ!」

 こうしてアリシアの作業は一時中断になるのであった。

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