09-14 幸福の価値

 王立エルフィード学園、そこはアレクやネージュが卒業し、そして今フィリスが通っているエルフィード王国最高の学び舎である。

 アレクの場合は何度かの飛び級を経て三年近く早く卒業し、ネージュは人脈作りの為時間をかけ飛び級はあえて行わずに十五歳の春に卒業した。

 そしてフィリスは今年度卒業予定である、彼女自身の学力などは申し分なく飛び級も可能だったのだが、公務などでの欠席が多く通常通り半年後の春で卒業を迎える予定だ。

 フィリスは残り半年ほどの学園生活の授業はほぼ免除されているのだが、その為にはいくつかの課題を提出しなければならない。

 さもないと留年してしまい王室の顔に泥を塗ってしまう為、フィリスはわりと必死だった。

 そんな課題の一つを今日教職棟の先生の所へ届けたため、普段は通らない場所の前を通りかかった。

 そこは就職斡旋課である。

 基本的に学生の最後の半年は殆ど授業はなく、就職活動やぎりぎりまで単位の修得を目指す時間となっている。

 学園に通う貴族たちは卒業後は元の領地へ戻ったりここ王都での仕事に就く、しかし平民で成績がそれほどではなかったりコネのない者はこの就職斡旋課で卒業後の仕事を探すのだ。

「ネージュ様も頑張っているわね」

 それは、そんな彼らに新たな可能性を開く募集が、そこには貼ってあったからだ。


『急募! 製薬・錬金学を習得している者

 今新しい製薬会社設立の為人材を募集しております

 詳しい内容は就職斡旋課まで

 製薬会社プリマヴェーラ 代表 ネージュ・ノワール』


 そして今、フィリスの目の前でその告知をじっと眺めていた生徒が、意を決して入室していくのだった。


 課題を提出し終えたフィリスは城に戻ると、自室で着替えて魔の森へと転移する。

 するとそこには、ボーとしているルミナスが居た。

「ルミナス⋯⋯まだ帰っていないの?」

 ちなみにリヴァイアサンを倒したのは三日前だった。

「そうね、経験上明日には帰っても大丈夫ね、まったく歳は取りたくないわね、たかが小じわの一つや二つごときで」

 ちっとも懲りていないようだった。

「みんながルミナスみたいだったら、あんなに大変な事にはならなかったのにね」

 その時アリシアが現れた、どうやら今寝起きらしい。

「ミルファおはよう、コーヒー淹れて」

「はい、わかりました」

 そしてミルファが四人分のコーヒーを淹れて戻る。

「ふー、寝起きにはコーヒーの方がいいかな?」

 いつも通りアリシアは砂糖だけを多めに入れて飲む。

「お! わかってきましたねアリシアさま、しょせん紅茶など気取って飲む物⋯⋯コーヒの実用性は素晴らしいのです」

 そう言いながらミルクをドバドバ入れてルミナスは、コーヒーを飲んでいる。

 フィリスは何も言わない、もう十分議論しつくしてきた後だからだ。

 ミルファもまた無言である、ただ砂糖やミルクをたっぷり入れるのは本当にコーヒーを楽しんでいるのか疑問に思いながら、ブラックで飲んでいた。

「フィリス様、課題の提出は大丈夫でしたか?」

「ええバッチリよ、ありがとミルファちゃん」

「大変ねー学生は」

 そういうルミナスは飛び級でとっくに母国の帝国アカデミアを卒業済みである、そしてごくたまにその母校で実戦魔導理論という講座を開いていたりする名誉教授でもある。

 その講義は本当にたまにしか行われずに単位もないのだが、いつも定員いっぱいの人気科目だったりする。

「後三つ課題を出せば、もう何もしなくても来年の春には卒業よ」

「なんかごめんね、いつも私に付き合わせていて」

「いいのよアリシア、私がやりたい事をやっているだけなんだから」

 その言葉を聞きアリシアは考え込む。

「どうしたんです、アリシアさま?」

「⋯⋯似たような事、ネージュにも言われたなと思って」

「ネージュ様に?」

 アリシアは少し黙り、そして話し始める。

「私は傲慢にも人の運命を弄ぼうとしていた、そうする事がその人達にとっていい事だと信じて⋯⋯物語の魔女みたいなことをやってみたい、でもその結果悲しむ人が出る事に気づきもせずに。 そんな悲しむ人ネージュにね言われたんだ⋯⋯ありがとうって。 私はわからなくなった」

「アリシアはさ私達の事も気にしているのかな、運命を変えてしまったって。 だとしたら気にしないで私達は私達の意志で今ここに居る、こんなにも言いたい事が言えてやりたい事が出来る⋯⋯アリシアに出会わなければ無理だったんだよ」

 フィリスには何となくネージュの気持ちがわかった気がした、あらゆる力を手にしていながら定められた中でのみ生きていく事を強要され続ける人生、それが変わる喜びを。

「そうよアリシアさま、私は自分の意志で今ここに居る」

「⋯⋯私もです、アリシア様」

 何か言いたいのをじっとこらえて、ミルファも続いた。


「それにしても化粧液事業なんてアリシアが始めるなんて思わなかった、どういう風の吹き回し?」

 そんなフィリスの問いにアリシアは答え始める。

「私は師から言われていたんだ、化粧液は本当にお金に困った時まで作れることは秘密にしろと、そして一度作ったのなら死ぬまで作り続ける覚悟を持てとも」

「確かに⋯⋯よくわかるわ」

「フィリスみたいに余裕のない人は多いからね」

「うるさいよルミナス」

「⋯⋯でも過去に他の魔女が作ってきた事はあるからいつかは「作れるの?」って聞かれる事は覚悟していた、その時はとぼけるつもりだったんだけど色々あってねレシピを公開してもう他人に委ねた方がいいんじゃないかと感じてね、それで今回試して見た」

「実験だったのですね、今後の為の」

「どういう事ミルファちゃん?」

 ミルファはじっとアリシアの見つめる、そしてアリシアは降参だと動機を語り始める。

「私は今後自分の弟子⋯⋯後継者を無理に育てる気はない、だから今まで培われた魔女の英知は消えていく定め、でも残しておいた方が良いものとそうでないもの時間をかけて分けなくちゃいけない、そして残したものがどうなっていくのか見届けなきゃいけない」

「なるほど、だからあえて化粧液を広めてどうなるのか見届けたかったと⋯⋯」

「だからあの時、ネージュが化粧液事業をやりたいと言い出した時「これで彼女をアレク様の婚約者候補の座から落とせて都合がいい」って考えてたって後から気付いて自分が怖くなった、それなのに後からネージュに言われたんだ「自分の力を試せる最高の役割を与えてくれてありがとう」って⋯⋯私は何もかもがわからなくなった」

「その人にとっての幸せはその人にしかわからない、という事なのですね」

「ネージュ様にとって兄様との結婚は、貴族の義務でしかなかったのかもね」

 しんみりする中ルミナスは⋯⋯

「ねえアレク様の婚約者って何の話?」

「「「あっ!」」」

 アリシア達は今回の件をルミナスだけが知らなかったことを、失念していたのだった。


「ふーん、そんな面白い事私だけのけ者だったんだ」

「しょうがないでしょ、エルフィード王国の行く末に関わる事だったんだから」

 ひとしきりルミナスはいじけた後アリシアに問う。

「ねえアリシアさま、リオンをアレク殿下にくっつけるの、まだ続けるつもりなの?」

「積極的にはやめておこうかなとは思う、でもやっぱり物語の魔女みたいなことをしてみたい気持ちは残っているし目の前で何かあったらさりげなくする程度にするつもりかな、今は」

「それがいいと思いますアリシア様」

「次も何かする際は事前に相談してね⋯⋯本当に」

 そう、フィリスは念を押す。

「だったらしばらくは暇なのですわねアリシアさまは⋯⋯じゃあ私、今月の誕生日に欲しい物があるの!」

「図々しいねルミナス」

「あんただって空飛ぶマント貰ってたじゃない!」

「二人とも別にそれはいいよ、私も贈り物を創るのは楽しいから⋯⋯で、何が欲しいのルミナスは」

「んーと実はね⋯⋯」

 このルミナスのおねだりがまた新たな騒動を引き起こしていく事になるとは、この時誰も思っていなかった。

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