09-EX01 聖女の勤め
ミルファの仕事⋯⋯使命はアリシアに仕える事だ。
しかし基本的にアリシアは何でも一人でできてしまう為、何も考えないと途端に何もすることがなくなってしまう。
なのでミルファの仕事とは基本的に、無味乾燥なアリシアの日常を彩る事を目指すものとなる。
たとえば料理だ。
ミルファが来るまでアリシアの食生活はわりと酷かった。
ミルファの孤児院時代に比べればそれ以下というのはそうそうないのだが、別方向で酷かったのである。
アリシアが師と一緒だった頃はそれなりに料理をしていたらしいのだが、アリシア一人になってからは完全に効率重視へと変わっていき、パンやスープを大量生産して収納魔法に仕舞ってお腹がすいた時だけ食べる⋯⋯そんな生活だったという。
無論、森で取れる様々な食材を煮込んだスープなので栄養はあるのだが、味や見た目はそっけない物だった。
だからミルファはまず食生活の改善から始めたのだった。
とはいってもミルファ自身の料理の経験も偏っていた。
聖女として各地の孤児院へ赴き料理を作っていた経験があるだけなので、大量生産のシチュ―などは得意だったのだがそれではアリシアとそう大差はない。
なので最近魔の森の冒険者ギルドへ行きそこで料理を習っている。
その結果ミルファはローシャへ行ったさいには市場へ向かい、森にはない珍しい食材はないか見て回るのが習慣になった。
「あ⋯⋯これは見たことない魚ですね」
最近ミルファが作り、アリシアがハマっているのは魚料理だった。
魔の森には池や川があるため魚も何種類か生息しているのだが、海で取れる種類には敵わない。
「おっ! 嬢ちゃん、こいつは衣をつけて油で揚げて、頭から骨ごと食うのが旨いぜ!」
「なるほど⋯⋯じゃあこれください」
こうしてミルファはこれまで未知であった食材を購入した、なおハズレだった食材も今まで何度かあったがアリシアは基本的には面白がって最後まで食べる⋯⋯最後に「もう食べたくない」とは言うが。
他にも野菜などいくつか買い求め通魔鏡へと仕舞う⋯⋯便利だとミルファは思った。
そして市場を出た時にミルファはその人達に出会う。
「あら、ミルファさんじゃありませんか」
「⋯⋯ごきげんよう、エリザベート様」
それはミルファと同じ聖女の称号を持ついわば同僚である、しかし⋯⋯
「丁度いいところで会ったわ、ついてきなさい」
有無を言わせない言い方だった。
「わかりました」
ミルファは黙って従った。
しばらくすると路地裏の先に空き地があり、そこへ入る。
するとエリザベートの取り巻きの聖女見習いたちが入ってきた入り口を塞ぎ、ミルファを逃がさないという意思表示をする。
「ミルファさん、銀の魔女様にお仕えする使命わたくしに譲りなさい!」
それは既に決定事項だと言わんばかりの、ミルファの意志を聞く気のない宣言だった。
――またか⋯⋯
そうミルファは思った。
これで何度目だろう⋯⋯こういった輩が湧いて出てくるのは。
最初ミルファがアリシアに仕え始めた頃は遠巻きに関わらないようにしていた彼女たちはその後、アリシアの人柄がそう危険ではないと気付き始めて以降ミルファへと近づくようになった。
その理由は様々である。
単に甘い汁を吸おうとしたり、出世の為だったり、実家からの命令だったり⋯⋯
「銀の魔女様に仕える聖女はわたくしの様な、名家の者がふさわしいに決まっていますわ」
――今回はこういうタイプか⋯⋯
そうミルファは思った、だから――
「この使命を誰にも譲る気はありません」
そう短くはっきりと答える。
「勘違いなさらないで、わたくしは頼んでいるのではなく命令しているの」
「貴方はアリシア様の傍に居るのにふさわしくはありません、お引き取りを」
ミルファは知っていた、アリシアは割と人当たりがよく誰とでも仲良くなれるがその実、付き合う相手を選ばなければならないタイプの人物だと。
何故ならアリシアは良くも悪くも周りの人の影響を受けやすいのだ、今はフィリスやルミナスと言った理想主義者に囲まれていてその影響を受けているため良き魔女への道を進んでいるが、汚れた人が傍に居ればすぐに悪影響を受けるだろう。
そしてミルファの見立てではエリザベートは失格だった。
彼女は実家の権力で聖女になり、そして威張っている人物だったからだ。
「⋯⋯あらそう、じゃあ消えなさい!」
そう言ってエリザベートはミルファに『
そしてミルファはあっという間に炎に包まれた。
「馬鹿な子ね⋯⋯」
「それは貴方では?」
炎の中からミルファが現れる完全に無傷だった。
「ひっ! 何をしているの、貴方たちも撃ちなさい!」
周りの聖女見習いたちも命令されて仕方なく撃つ、しかしそのことごとくをミルファは防御魔術で完全に無効化していた。
――この程度、盾を使うまでもないですね⋯⋯
冷静に彼女たちをミルファは観察し続ける。
やがて魔力を使い果たす者が出始めた。
「⋯⋯この程度で魔力切れとは修行不足ではないですか?」
ミルファは涼しい顔でその堅牢な防御魔術を維持し続けた。
「くっ! なら」
エリザベートはナイフを取り出し、ミルファに突進する。
ミルファもそこまでしてくるとは予想していなかったが、冷静にそのナイフの刃先を手で払った。
ミルファにあしらわれ転んだエリザベートはミルファを見上げた、そこには腕から出血しているがあっという間に治癒し、その痕跡も消えていくミルファが居た。
「貴方はアリシア様には相応しくありません、お引き取りを⋯⋯」
痛みを感じさせず見下しながらそう言ったミルファに恐怖し、エリザベートは逃げた。
そしてその後を追っていく取り巻きたちの顔を全て記憶したミルファは、黙って見送った。
しかし、ミルファはエリザベート達の事を教会には一切報告したりはしなかった。
そして大聖堂にある魔の森への帰還用の
魔の森へ戻るとアリシアは起きていた。
「ただいま戻りましたアリシア様」
ミルファはいつも通りの、今日会ったことを何も感じさせない挨拶を交わす。
「お帰りミルファ、いつもご苦労様」
アリシアも今日ミルファに何かあったなど全く気付いていなかった。
それでいいとミルファは思う。
「アリシア様、新しい新刊が出ていたので買ってきました」
「えっ本当、ミルファ!」
「はい、なので今から夕食の準備を始めますので、その間に読んでいてください」
「わかった、ミルファありがとう」
そしてアリシアは読書を始めミルファは夕食の支度を始める。
そして出来上がった魚のフライを二人で食べる。
「美味しい⋯⋯このソースがよく合っている」
「今回は当たりですね、アリシア様」
食事が終わり本の続きを読み終わったアリシアは、ミルファに――
「いつもありがとう、ミルファ」
「いえ、私が望んでしている事ですのでお気になさらず」
そう笑顔で返しながらミルファは思う。
自分だってあの人達と同じだと、アリシアの隣が素晴らしいから誰にも譲りたくないだけなんだと。
だからこそ誓う、この幸運を与えてくれて神に、そしてアリシアに少しでも感謝を返せるように⋯⋯
――アリシア様を護る、その為ならばどんな事でもしてみせる。
それがミルファの誓いとなる。
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