08-18 魔女の報酬

 リオンが無事救出されてから一週間が過ぎた。

 あれ以来、魔の森の冒険者ギルド支部では問題は起きていなかった。

 その間アリシアはルミナスたちと共に、帝国各地のダンジョンを巡りアリスティアの遺産の回収を終えていた。

 隠し部屋があったダンジョンの隠し扉は大抵一階にあったので、予想よりも早く終える事が出来たのだった。

 そして今日、冒険者ギルドのギルドマスターセレナの所へアリシアはやって来ていた。

 アリシアがやってきた理由、それは最近のセレナへの対価の取り立てである。

 そのアリシアからの請求をセレナと会計士のゼニスは検討する。

「これが請求額か⋯⋯」

 その金額自体はセレナの想像よりずっと少ないものであった、しかし納得がいかない値付けが多いものであった。

 一方ゼニスにとっては前にアレクと共に色々な対価の請求を見てきていたので、概ね予想通りのものであった。

「あくまでも金額にするとこのくらいだというだけで、別にお金以外の支払いでも一向に構いませんよ?」

「それは検討するとして、予想とかなり違っていたのでな⋯⋯」

 そんなセレナに今までアリシアとアレクの取引を見てきたゼニスは話す。

「セレナ様、アレク様も最初は同じように困惑されておりました、しかし銀の魔女様と我々の評価額の基準は大きく異なるのです」

 そしてゼニスは語った。

 一般的な価値観のアレクは結果と経費を基に報酬を決定する。

 しかしアリシアは違うのだ、過程と経費で報酬を要求するのである。

 たとえどれだけ価値がある仕事をしても、それがアリシアにとって大した労力でなければ要求額は少なくなり、また微妙な結果であってもめんどくさい仕事だった場合、要求額は多くなるそれがアリシアの値付けだった。

 そして今回アリシアがセレナから受けた仕事はというと⋯⋯

 リオンの護衛、アトラの魔法釜、冒険者たちの今後の安全確保この三点である。

 そして実際の要求額は――

 リオンの護衛は据え置きだった。

 アトラの魔法釜は実質、材料費くらいしか請求されていない。

 冒険者たちの安全確保の為の魔法具の提供は高値である。

 セレナの予想では創るのがめんどくさい魔法釜と、既に創ってあった避難用の魔法具の評価額は逆だったのだ。

 とはいえ全体の請求額は予想よりも少なく助かるものであったのだが。

「一応聞くが、金での支払いでいいのか?」

「とりあえずは⋯⋯特に欲しいものも無いし、お金も今はこれ以上あっても使い道が無いけど」

 予算をやりくりする苦労を抱えるゼニスにとっては、非常に羨ましい話だった。

「ゼニス、支払いを頼む」

「はい、わかりました」

 こうしてアリシアの預金が大して意味もなく増えるのである。


「どうですかセレナさん、このギルドは上手くいきそうですか?」

「⋯⋯どうかな、未だに手探りだという実感しかないよ、だがこのメンバーで上手くいかないのであれば、どうしようもないだろうな」

「そうですか⋯⋯」

「だがそんなこっちの苦労など気にせず世界各地から依頼は増えている⋯⋯まだ募集もしていないのにな」

「どういう依頼です?」

「薬草採取や魔獣素材の確保この辺りは普通だな⋯⋯後は銀の魔女への仲介依頼だな」

「私への?」

「ああ、まあこいつらが勘違いしているだけさ、このギルドは決して銀の魔女への窓口ではないからな」

「まあ面倒なのは嫌なので上手く処理してください、でも面白そうな依頼だったらやってみるのも悪くはないんですけど⋯⋯たまになら」

「やめとけやめとけ、歯止めが効かなくなるぞ」

 アリシアは想像する、きっとセレナの言うとおりになるだろうな、と。

「そうですね、自重します」

「そうしてくれ」

 そして話はお互いの今後の予定についての話題になる。

「ここの正式な建築はいつ頃始めるのですか?」

 現在のギルドの全ての設備はまだ仮のものである、何せ早々に暗礁に乗り上げ中止になる見込みが大きかったからだ。

「そうだな、そろそろ資材の手配をして来月頃に着工かな⋯⋯できれば冬になる前にはある程度できていて欲しいな」

「そうですか、こちらはそろそろ聖魔銀会の事があるから、来月頃なら手伝えるかな?」

「なんだ、手を貸してくれるのか?」

「物作りは楽しいですからね」

 セレナは考える、それなら対価も安く済みそうだと。

「なら頼むとするか⋯⋯それにしても聖魔銀会はどうなのだ?」

「どう⋯⋯と言われても私は今のところ部外者で全く知らないです、最近ミルファは忙しくなってきたみたいで」

「ミルファも大変だな」

「⋯⋯ミルファにはいつもお世話になっている、だから何かお返しをしたいけど受け取ってくれなさそうだし⋯⋯何かいい考えあります?」

「ミルファが喜ぶことか⋯⋯」

 セレナが知るミルファはアリシアの事が何より一番で、それに仕える事が喜びである、という人物だ。

 若干危ういとは思うがそこまで深刻とは思わない、完全にアリシアに依存してはおらずきちんと自分の意志で行動できている。

 セレナは上に立つ者として、そういう部下を多く見てきた。

「アリシア殿が立派な魔女として崇められ認められることを間近で見続ける事が何よりの報酬になるだろうな、ミルファにとっては」

「そうなのですか?」

「無論きちんと報酬や福利厚生があったうえでの話だがな、自分が仕える人物が万人に誇れる⋯⋯従者にとってこれほどの喜びはない」

「⋯⋯そっか、なら頑張るか⋯⋯聖魔銀会を」

「そうだな、あの組織が本当に出来て成功したなら多くの人々の救いになる、私も期待しているよ」


 そしてアリシアはアレクの所へと訪れた、聖魔銀会の事を話すために。

「よく来てくれたアリシア殿」

「アレク様もごきげんよう」

「それで今日はどんな話だ?」

「聖魔銀会の事です、どうです最近は?」

「ああその事か、ある程度概要は決まりそろそろ皆で集まって話し合う時期だな」

「ならそれに参加させてください」

「それはこちらから頼みたかったことなんだが⋯⋯どうかしたのか?」

 アレクには少しだけいつものアリシアとは違う違和感を感じとる。

「そろそろ私も立派な魔女として、やっていこうかなと思ったまでです」

「⋯⋯それはありがたい事だが、何かをするのなら事前に話してくれ、そういう時期が一番危なっかしいからな」

「それはわかっています、だから頼りにしていますアレク様」

 アリシアは思う、森の洗礼より帰ってきたアレクは以前よりもしっかりしてきたなと。

 はたしてこのアレクとあのリオンが結ばれる未来は来るのだろうかと。

 ――いやフィリスが言っていた、この二人が結ばれるのは周囲にとっては喜ばしい事なのだと。

 そしてリオンは確実にそれを望んでいる、後はアレクの気持ち一つだ。

 もっともアレクは立派な王太子だ、私情を捨ててリオンを娶る事を拒否はしないかもしれない。

 しかしそれでもお互い愛し合って結ばれて欲しい、そんな理想をアリシアは抱き始めた。

 ――もし私の力で二人を結びつけることが出来たなら?

 それは傲慢な考えかもしれない、しかしアリシアにとってそんな魔女の役割は一つの理想である。

「どうかしたのかアリシア殿?」

 少し考え事をしていたアリシアに、アレクが不審を感じたようだった。

「いえ何も⋯⋯これからやるべきことが見えてきたなと」

「そうか⋯⋯ならいいが」

 まだ誰も知らない、いま一人の魔女が小さな夢を抱いた事を⋯⋯

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