第二幕 夢と現実

09-01 王家の闇

 その日の深夜フィリスは目覚めた。

 フィリスの自室はお城の四隅にある尖塔の一つの天辺である、そんな場所の窓枠付近に人の気配を感じたからだ。

「驚かせてごめんなさい」

「⋯⋯アリシア?」

 突然の深夜の訪問者はアリシアだった。


「アリシアこんな夜遅くどうしたのよ、もし驚いて大声出していればどうなっていたか⋯⋯」

「それは大丈夫、防音結界を張ってあるから」

「⋯⋯」

 そういう問題ではないのだがとフィリスは思うが、とりあえず話を進める事にする。

 何せ深夜どころかここへアリシアが訪れるのは初めての事なのだ、きっと何か重要な事に違いない。

「で⋯⋯何なの、何か大事な話があるのよね?」

「ん⋯⋯そうなんだけどできれば他の人には聞かれたくなくて、二人っきりになりたくて、ごめんね」

「まあそれはいいわ⋯⋯で、どんな話なの?」

 そしてアリシアは話し始める⋯⋯言いにくそうにポツリポツリと。

「フィリスは前に言ったよね、アレク様とリオンが結ばれるのはいい事だって⋯⋯それをやりたいな⋯⋯って」

「それ⋯⋯どうしてそう思ったのか詳しく話してアリシア」

 そしてアリシアは詳しい経緯を話し始めた。

「なるほど、要するにアリシアは物語の魔女みたいなことがやりたいだけなのね」

「まあそう⋯⋯でも私だってお話と現実が違うくらいわかっている、王子様と結婚した灰色の少女があの後幸せになれるとはあまり思えない⋯⋯きっとあの後も面倒な事がいっぱいのハズ」

 ちなみに〝灰色の少女〟とはナーロン物語の『灰色のお姫様』の登場人物である。

 普通の庶民の少女が魔女の力で王子に見初められる⋯⋯そんな話だ。

「まあ、あれはね⋯⋯そっか兄様とリオンか⋯⋯私としてはいい話だと思うけど、やっぱりこの国の行く末を大きく変える重要な岐路よ、即答はできないわ⋯⋯一度父様と⋯⋯あと母様とも話し合って、その後ね本当にやるかどうかは」

「協力してくれるの?」

「我が王家にとってもエルフィード王国にとっても大事な事だし、リオンには⋯⋯あと兄様にも幸せにはなって欲しいからね」

 とりあえずフィリスはアリシアをほっとくと不安だという事は、言わないでおいた。

 決して無茶をする事はないと信じてはいるが、アリシアがこういった願望を抱くのは恐らく初めての事なのだ、なまじ力がある分加減がわからず失敗しかねない、それなら最初っから一緒にやる方がいい、そうフィリスは決意する。

「早いうちに父様と密談できる機会を作るわ、それが出来たら通魔鏡で知らせるから母様を連れて来てくれる?」

「わかった、フィリス⋯⋯ありがとう」

 アリシアは自分勝手な夢に協力してくれる親友フィリスに感謝するのだった。


 そして日が昇り午後になる頃、エルフィード王国の国王ラバンは娘のフィリスから重要な話があると言われ、時間を作ったのだった。

 そしてそこへアリシアとセレナリーゼも加わった。

「この四人だけか? アレクはいいのか?」

「兄様には秘密にしたい話だから」

「そうか、では聞かせてくれ」

 そう言ってラバンはフィリスに話を促す。

「じゃあ単刀直入に⋯⋯アレク兄様とリオンを結婚させる⋯⋯父様、いい話だと思う?」

「は? ⋯⋯リオンとはあのメルエラ殿の娘のリオンか?」

「そう、そのリオンよ⋯⋯で、どうなのかしら?」

 その議題をラバンは冗談とは思わず真剣に検討し始める。

「確かに悪くはない話だ⋯⋯だが反発も多いだろう」

「やっぱり難しい事なのですか?」

 そう質問するアリシアにラバンはエルフィード王国の現状を語る。

「今から二百年前、第二王子だった我が先祖が諸国をめぐっていた時一人のエルフと出会った。 そしてその後、数奇な運命を経てその第二王子が王となりそのエルフを妻にしたのだ、その結果我がエルフィード王国とこの大陸の南端のゾアマン大樹海のエルフ族との講和が成立し、それ以来力を合わせてこの国は繁栄してきたのだ」

「エルフ族がこの国にどんな発展をもたらしたのですか?」

「ゾアマンは広大な魔素溜まりだ、そこは素材の宝庫で多くの恵みをもたらしてくれたよ」

「魔の森より?」

「⋯⋯魔の森は手がつけられんかったからな⋯⋯どんな宝の山でも取れなければ意味はない」

「⋯⋯」

「まあその結果ゾアマンは我がエルフィード王国の一部となった、これにより我が国の国力は増大した、しかし⋯⋯あれから二百年、ゾアマンを支配下に置くのは当然と言った意見が貴族たちの中で多くなり始めている、もし今ゾアマンを敵に回せばわが国には甚大な被害が出るのにな⋯⋯」

「連中は目先の利益しか見ておらんのさ」

 どうやらラバンとセレナリーゼは同じ意見のようだ。

「だからそんな派閥を黙らせる為に、次の王がゾアマンから妃を娶るのはいい手だな」

「それをアリシアがやりたいって言ってるんだけど⋯⋯どうかな?」

「アリシア殿が? ⋯⋯ふむなるほど、リオンを妃にするのを陰から支援するのやりたいのだな」

 そのフィリスの一言でラバンはアリシアの思惑を察したのだろう。

「そうです、でもそれはこの国の行く末を大きく変える事なので勝手にする訳にもいかず、こうしてフィリスに頼んで、こうして許可を貰いに来ました」

 そんなアリシアの願望を知りラバンは少し考えた。

 もしそれが実現したならアリシアは今後も王家に肩入れしてくれるようになると、いわばエルフィード王国の将来は安泰だなと。

 断る理由はないが⋯⋯

「儂がアレクにリオンを娶れと命じれば、終わる話ではないか?」

 そのラバンの一言にアリシアの顔が歪む。

「私はそんな政略結婚が見たい訳じゃないんだ⋯⋯」

「王家に携わる者に婚姻の自由などない、如何に国益にかなった相手を選ぶかだ」

 そのラバンの言葉にフィリスの表情が曇る。

「⋯⋯お二人は政略結婚だったんですか?」

「⋯⋯あの頃、アリシア殿が現れる事など予想できず遠からず森の魔女様は居なくなることは決まっていた。 我が国と帝国はその頃は平穏でそしてローグ山脈で物理的に遮断されていたが、将来どうなるかわからん。 ただ一か所我が国の北西部のみ帝国と平地で繋がっていた、今後の事を見据えてその領地から妃を娶る事は王の義務だった」

 フィリスの表情が悲しく染まる、しかし――

「ほう、私との婚姻は義務だった⋯⋯か? ん?」

「⋯⋯本当に義務だと割り切っておればお前が居なくなった後、べつの妃を迎えておったわ! 儂が再婚しないからどれだけ国益を損なっていると責められたか、わかるか! これで満足か!?」

「ああ、満足だ」

 怒鳴る事で照れ隠しするラバン、ニヤニヤと笑うセレナリーゼ、居た堪れないフィリス。

「こんな父様と母様見たくなかった⋯⋯」

「なんかごめんね⋯⋯」

 アリシアはフィリスに謝罪する、この騒動の切っ掛けはアリシアなのだから。

 そしてラバンは結論を出す。

「アリシア殿が二人をロマンティックに結び付けたいと言うなら止める理由はない、政略結婚の価値は十分あるし当人同士が想いあっていれば、それに越したことはないからな」

 こうしてアリシアの夢は正式に許可された。

「だが二人に脈はあるのか?」

 ラバンから見れば二人にほとんど接点はないからだ。

「リオンの方は間違いない、そして今私の手元で教育中だ」

「⋯⋯セレナリーゼ、勝手な真似を⋯⋯メルエラ殿とは話は付いているのだろうな?」

「当然だろう」

「なら後はアレクの事だけか⋯⋯どうなんだ?」

「ぜんぜん、兄様はその辺駄目だから」

 なんか今日だけでフィリスの中で、家族への好感度が下がりまくっているようだ。

「そうだ王様、この際聞いておきたいんだけどフィリスはいつ頃結婚するの?」

「ちょっとアリシア!?」

「⋯⋯フィリスの婚姻か、予定はないな⋯⋯それともフィリス、お前結婚したいのか?」

「いや⋯⋯したい訳じゃないけど国の為には⋯⋯いつかはね」

「お前がアリシア殿の傍に居る、これ以上の国益にかなう婚姻があるわけがない、お前がどうしても結婚したいという相手が現れれば話も変わってくるが⋯⋯居るのか?」

「居ない居ない! そんなの居ないから父様!」

「そうか、なら好きにするがいい、いつまでもな」

 そのラバンの答えにアリシアとフィリスは何となく見つめ合い、そしてお互い安心したのだった。

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