08-17 歩み続ける道

 リオンは無事救出された。

 そして捜索していた冒険者たちと共に、ここギルドハウスへと戻ってきた。

「リオン! よく無事で戻った!」

 セレナは普段見せない必死さで、帰ってきたリオンを強く抱きしめた。

 それは怒られるとばかり思っていたリオンにとって、困惑する事だった。

 そしてその光景を見つめるアリシア達、そして冒険者たちも一先ずほっとする。

「セレナさん⋯⋯ごめんなさい、わたしはもうこんな事はしませんから――」

 その時強い音が鳴り響いた、それはセレナがリオンの頬を叩いた音だった。

 リオンは初めて見た、こんなにも恐ろしい形相のセレナを見るのは⋯⋯でも何故かその時ちっとも恐ろしいとは感じなかった。

「リオン、貴様いま何を言おうとした! それは挑戦をしないという事か! 歩みを止めるという事か? それで貴様はたどり着けるのか!? お前の目標はそんなに近いのか!」

 そんなセレナをリオンはじっと見つめる。

「失敗ならいくらでもするがいい! 死なない限り大抵の事はやり直せる、責任は取ってやる! それが大人の役目だ! ⋯⋯だからいくらでも挑戦し続けろ、お前の辿り着きたい場所までな」

 そんな風に優しくリオンの肩に手を置き叱るセレナを、フィリスは黙って見ていた。

「はい⋯⋯わたし止まりません、アレク様の所まで辿り着くまで」

 そう言ったリオンをセレナは、優しく抱きしめたのだった。

「挑戦する限り⋯⋯」

「歩き続ける限り辿り着ける⋯⋯か」

 そのセレナの言葉は、ナロンとアトラの心にも強く刻まれるのだった。


 それからギルドハウスにおいて今回の反省会が、アリシア達も交えて行われた。

 まず原因は安全率の見積もりが甘かった事だ。

 これまでリオンとウロボロスとケルベロスが一緒になって魔の森を探索してきたのが、上手くいきすぎていたと認める事から始まる。

 対策としては一緒に行動する人数は多めにする、その為に魔の森へ向かう頻度は下げるなどの対応で様子を見る事にする。

 そして今回の様な事態になった際に緊急脱出用の魔法具を、アリシアが用意することにした。

 以前の試験の時創ってその後回収した物がまだ残っていたので、それをアリシアはそのまま提供する。

 そしてその魔法具にはその位置を探せるように、新たな付与も足されたのだった。

 色々な案や議論が行われたがそれでもまだ完全ではないだろう、何度も失敗を重ねて改善しそれでも進み続けるしかなかった。

「とにかく死なないでくださいね、さっきセレナさんも言ってたけど、それ以外なら大抵は何とかなるので⋯⋯死人が出た時がこのギルドの終わりだと思って行動してください」

 とりあえず今日の会議は、そんなアリシアの言葉で終わった。

 そしてその後は宴会である。

 確かに失敗もしたが全て無事に済んだ事によって、この事件は実り多き物となった。

 それぞれの健闘を称え親睦を深める、それが冒険者のあり方である。


 アリシア達四人も何となくこの宴会に参加していた、しかし⋯⋯

「さっきの母様、リオンの事をまるで本当の娘みたいに⋯⋯なんか複雑」

 周りに聞こえないようにフィリスは呟く、それを聞くアリシア達も何といっていいのかわからない。

「まあここではあんたと親子だってことは秘密なんだし、仕方ないでしょ⋯⋯」

 そうルミナスに言われてフィリスは納得はしても、やはり複雑な心境は変わらなかった。

「しかし本当に魔の森は危険なんだね⋯⋯みんなも気をつけてね」

 その事実を一番理解していなかったのは、アリシアだったのかもしれない。

「そうですね⋯⋯」

 フィリスやルミナスと違って、魔の森に住むミルファは他人ごとではなかった。

 そして隣のテーブルではリオンとアトラとナロンが話していた。

「さっきはありがとう⋯⋯アトラさんの歌が聞こえて、それで助けられたよ」

「ほんとに聞こえたんだ⋯⋯」

 自分で思いついておきながらその結果に半信半疑のナロンだった。

「ふふんっ! アトラちゃんの歌に不可能はないのよ!」

 そう言って胸をそらすアトラにリオンは礼をするが――

「お礼ならナロンにしなさい、アトラに歌うように言い出したのはその子なんだから」

「そうなんだ⋯⋯ありがとうナロンさん、もちろんアトラさんも」

 そう言って三人は見つめあいながら、笑いあうのだった。

 そんな三人にセレナが近づく。

「正直驚いたぞ、アトラを歌わせ始めた時は」

「ははは⋯⋯」

 ナロンもあの時なぜあんな突拍子もないことを思いつけたのか、不思議だった。

「あなたと違ってナロンは、このアトラの歌の可能性を信じてただけよ!」

「⋯⋯まったくその通りだな、私はギルマスとして君の存在は迷惑なものだと決めつけていたようだ、しかしそんな君にリオンは救われた⋯⋯ありがとう」

 そう言ってセレナはアトラに頭を下げる。

「⋯⋯別にいいわよ、アトラが歌う事は当然の事で⋯⋯友達を助けるのも当然なんだから」

 そう言いながらアトラは、目線を誰とも合わせようとはしなかった。

「そうか⋯⋯しかし私は君に何かお返しがしたい、アリシア殿何かこのアトラを自由に動ける様に出来るものはないか?」

 突然話を振られたアリシアは答えに困る。

「今すぐならあの時の浮遊する釜くらいしかないけど、セレナさんが依頼するの?」

「ああ、そうだ」

「ちょっと! アトラが友達の為にやったことで報酬を貰いたくないわよ!」

「君の気持ちを踏みにじる気はないがそれでも不便だろう? いつまでもナロンの世話になり続けるのも、もし私からの施しが嫌だというのならこれはギルドの備品として購入し、職員である君に貸与するでも構わんが?」

 それを聞きアトラは考える、確かに自由に動けないのは不便で、ずっとこの先もナロンの手を煩わせたくはないとも。

「わかった、それでいいわよ!」

 それを聞きセレナはアリシアの方を見る。

「そういう事だ、アリシア殿頼む!」

「ん⋯⋯わかった」

 そう言ってアリシアは収納魔法から釜を一つ取り出す。

 そしてそれはこの前見せた、使いこまれた錬金釜ではなかった。

 真新しいミスリル製の綺麗な釜で飾り模様など、見た目にもこだわったものだった。

「この前のと違う?」

 そういうアトラにアリシアは説明する。

「これは君の移動専用に創った新しい物だからね、見ての通り『浮遊』『移動』の魔法が付与されているし水生成やその浄化と温度調節なんかも可能」

 アリシアにとってこんなアトラの為以外に実用性のない物を創るのは、結構楽しかった。

 そしてアトラは樽から魔法釜へと移った。

 その少し浮いた魔法釜は、アトラの思い通りに動いた。

「いいじゃない、これ!」

 アトラはその出来に満足したのだった。

 そして後日、セレナはこの魔法釜の代金を請求される事になる。

「よかったねアトラ、これで自分でどこへでも行けるじゃない!」

 そう言ったナロンにアトラは答える。

「これはあくまで借り物だから⋯⋯銀の魔女! アトラは自分の力であんたから足を貰って、歩いていくんだからね!」

「わかった、でももう少し待ってて、変身魔法はまだ未完成でちょっと手こずっているんだ」

「珍しいですね、アリシアさまがそういうのは」

 そんなルミナスにアリシアは答える。

「そう見えて、そう思うのは、今まで私がみんなの前では出来る事しかやってこなかったからだよ、他の変身魔法なら習得しているけど人に変身する魔法なんて必要ないから、覚えてなかったんだよ」

「なるほどね」

「それであの完成度なのですね⋯⋯」

 魔の森で一緒に過ごすミルファは、ここ最近アリシアが池の魚に人化の変身魔法を試しているのを何度も見ていたのだった。

 そして何度も足が生えた魚がその辺を歩き回る所を見るたびに、これは世間に見せてはいけないものだと感じていた。

「何? そーゆー魔法出来ないの? 案外大した魔女じゃないのね、あなた」

 そうアトラに言われてアリシアはへこむ、そしてこうも思った、きっとこの人魚を自由に歩けるようにする為に尾ひれを足に変える事だけならアリスティアだったら簡単に出来た事だったなと。

「⋯⋯今でも歩くだけなら出来るよ⋯⋯ただ見た目がね」

「どうなるの?」

「足は創れるけど尾ひれが消えないから、かなり不細工」

 そのアリシアの説明を聞いた周囲の全員が大爆笑した、そんな姿のアトラを想像して。

「ちょっと何よそれ! そんなんじゃ人前に出られないじゃない、見なさいよみんな大笑いでこれじゃ歌なんて聞いてもらえないわよ!」

「私としてもそんな姿の君を送り出すのは恥だからしないよ、だからもうしばらく待ってね」

「絶対よ! このアトラの美を損なうんじゃないわよ!」

 そしてこの日の宴会も大騒ぎで終わる。

 そんな中、リオンは自然に笑えるようになっていたのだった。

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