08-16 バットエンドを覆せ!
「――いいか、登場人物一人ずつを考えるのも大切だが、全員がそれぞれ何を考え、何が出来て、何をしたいのか、それをよく考えるんだ」
それはマハリトからナロンが学んだ創作論だった。
ナロンは考える、このままではリオンが死ぬ⋯⋯そんなバットエンドになってしまうと。
そして考える、どうすればこの結末を変える事が出来るのか。
まずリオンについて考えてみた⋯⋯リオンは自ら犠牲になる事を選ぶタイプではない、自信がなく大切な人の所へ行くことを夢見ている。
だからリオンが自分が敵を引き付けて仲間を逃がし自分も逃げおおせると判断したなら、きっとそれは可能な事なのだ。
もしかしたらその見込み通り今頃はリオンは他の冒険者たちと合流を果たしている可能性は高い、だからこの想像は無意味だ。
リオンが逃げられなかった場合を想像する、それはリオンの予想が外れた場合だ、思わぬ伏兵や怪我などアクシデントが発生し離脱できない場合を想定しそれならどうするか?
もしそのまま即死だったなら今更何をしても間に合わない為考えるだけ無駄⋯⋯だからアクシデントがあったにもかかわらず死なないで離脱も出来ない、そんな都合のいい状況を想定する。
その場合ナロンに何が出来るのか?
結論は何も出来ないだった、今から向かっても間に合わない、そもそも現地に居ても何か出来る技能もない、そしてそれは今ギルドに居るメンバー全員に言える事だ。
結局自分たちには何も出来ない、現地にいるザナック達の奮闘とリオンの頑張りに期待するしか出来ない。
ナロンは思った、自分たちはただの傍観者で物語の舞台に立っていないのだと。
その時アリシア達は魔女の庵で雑談交じりにくつろいでいた。
そんな時だった、冒険者ギルドと通信できる魔鏡が光り、音を立て始めたのは。
この魔法具はアリシアが住む魔女の家とミルファが住むみんなの家、両方に設置してある。
「何セレナさん? 何かあったの?」
基本的にアリシアはギルドの運営には関わってはいない、だが今は始まったばかりなので連絡事項はそれなりに多く、この鏡を設置したのだ。
「すまないアリシア殿、緊急事態だ! リオンが森ではぐれた! 何とか探してくれ頼む!」
「わかった⋯⋯リオンが孤立してどれくらい経ったの?」
「およそ一時間ぐらいだ、あの子は今ミスリルの弓を持っている、それを頼りにアリシア殿なら見つけられるはずだ!」
「ミスリルの弓? ずいぶん変わったものを持っているんだね、確かにそれなら見つけられると思う」
そう言って通信を切ったアリシアは、仲間たちに向き直る。
「リオンを助けに行くのね、私達も行くよ」
「うん、行こう」
そう言ってアリシアはミスリルの弓の場所を探る⋯⋯最初は上手くいくか不安だったが思いのほか簡単に見つける事が出来た。
その事にやや違和感を感じたが、アリシアは急いでいるため即座にその場所に転移した。
そして着いた場所にはミスリルの弓が落ちているだけだった、リオンの姿はどこにもない。
「どうやら手放したようね⋯⋯」
「
アリシアは残っていた魔力の残滓や、落ちている枝からそう推測する。
「急がないと!」
「⋯⋯
アリシアが見つめる先は
「⋯⋯ここからは魔素が濃い、か弱くなったリオンを探せない」
「アリシア様、とりあえず魔力以外の痕跡を辿りましょう!」
ミルファが指し示すのは踏まれた草や折れた木の枝である。
「とにかく進みましょう!」
こうしてアリシア達はリオンの追跡を始めたのだった。
その頃ナロンは諦めていた、今ここに居る自分たちには状況を変える事など何もできないと、そして銀の魔女や現地にいる冒険者たちに期待するしか出来ないと⋯⋯
その時だった、ナロンに一筋の閃きが舞い降りたのは。
意味なんてないかもしれない、何も変わらないかもしれない。
でもここからでも届く、そんな微かな可能性に向かってナロンは走り始めた。
ナロンが向かう先、そこにはアトラが居た。
「ふふんっ! 綺麗になったじゃない!」
その時アトラは洗濯に勤しんでいた。
最初アトラは洗濯なんてつまらない仕事は嫌だったのだが、きちんと報酬を支払うというセレナの言葉にとりあえず引き受けた。
少しづつお金を貯めて魔女への報酬にする、これも自分の使命に対する行動だと割り切って。
しかしそんな気持ちで始めた洗濯業は、思いのほかアトラに適していたのだった。
真っ白に戻る洗濯物、そして汚れた汚水をそのまま川に流さず浄化してから放流する。
それは種族柄水属性魔力に適性の高いアトラには打って付けだったのだ。
「さーて次次!」
そして新たな洗濯物をアトラは自らが操る水球に放り込んでゆく。
そんな時だった、ナロンが駆けつけてきたのは。
「アトラ歌って!」
「何よナロン? いきなり歌えって? まあこのアトラちゃんの歌を聞きたくなるのもわかるけど――」
「リオンが危ないんだ! 森の中で一人はぐれて⋯⋯私たちには何も出来なくて⋯⋯でもアトラの歌なら届くよ!」
「⋯⋯アトラの歌が届いて⋯⋯それでどうなるのよ?」
「わかんないよ! でもここからでも届くのはアトラの歌だけで、アトラの歌なら奇跡だって――」
「連れて行きなさいアトラを⋯⋯森の見える所へ」
「うん! わかった!」
この時アトラは思った。
こんなにも期待され歌う事は初めてだと、だからその奇跡を起こして見せようと⋯⋯
そしてナロンはアトラを樽に詰めて急いで運び出したのだった。
その時リオンは意識を失っていた。
しかしその後はそれほど強く魔力を吸われてはいない、それは生かさず殺さず出来るだけ長くリオンを捕獲し続ける
もしもこのままだったらリオンは蜜などを与えられて生かされ、かなりの時間餌にされ続けた事だろう。
そんな時だった、リオンの意識が覚醒し始めたのは。
――なにこれ? 人魚の歌?
アトラの歌によってリオンの意識が戻り始める。
それは人魚の声とエルフの耳が合わさった事による奇跡だった。
ぼんやりと意識が戻る、リオンにアトラの歌の歌詞が聞こえる、それは英雄の詩だ⋯⋯故郷に残してきた大切な人の事を想い、必ず帰ると誓う勇気の歌だった。
――帰らなきゃ⋯⋯わたしはアレク様の所へ⋯⋯
そしてリオンの意識が完全に覚醒し、その死力を振り絞る。
リオンの全身から雷がほとばしり、その衝撃で
強く地面に叩きつけられた、リオンはその痛みと失った魔力の脱力感で動けない。
そんなリオンに再び
「助けて! アレク様!」
そして迫る
あっさりと真っ二つになった
「アレク⋯⋯様?」
「ごめんなさいね、兄様じゃなくて」
「フィリス様!?」
驚くリオン、そしてフィリスの後ろから他の三人の姿も見える。
「よく頑張ったねリオン、君が雷を出してくれて助かったよ⋯⋯お陰で早く見つけられた」
「銀の魔女様も?」
そんなリオンにミルファは近づき、治療と魔力の補給を始める。
「皆さまリオンさんは大丈夫です、怪我も治せるし大事はありません」
そのミルファの言葉に一同安心する。
そこへ他の
「アリシアさま、どうします?」
「
「わかりましたわ!」
そういってルミナスは杖を構える。
ミルファに治療されながらフィリスが戦うところをリオンは眺める。
――あの背中⋯⋯アレク様そっくり⋯⋯
そんな事を考えながら、リオンは再び眠りに落ちたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます