08-06 アレクの義~王への道

 突然倒れたリオンはすぐに寝室へと運ばれた。

「どこかお身体が悪いのですか?」

 自分の誕生会を台無しにされたにもかかわらず、フィリスは心配そうにメルエラへと訊ねた。

「まあ悪いと言えば悪い⋯⋯娘は昔から明るいところが苦手でな⋯⋯」

 メルエラは何となく娘が倒れた理由をぼかす。

「もしかしてアルビノなの?」

 そうメルエラに訊ねたのは今日初めて出会った、銀の魔女アリシアだった。

「そなたが銀の魔女⋯⋯森の魔女殿の後継者かよろしく頼む」

「よろしくメルエラ様」

 そう簡単に挨拶を交わす。

「ねえアリシア、アルビノって何?」

「遺伝子系の病気かな? 太陽の光を浴びると死ぬらしい」

「ほんとなの!」

 驚愕するフィリスにメルエラは話す。

「いや娘はそこまで重症ではない、日を浴びても特に問題ではない、ただ目が疲れやすくあまり昼間外へは行かないくらいだ」

「ずっとそんな生活を⋯⋯」

 優しいフィリスはリオンを境遇に胸を痛める。

「⋯⋯その代わりずっと夜に外をほっつき歩くようになり、夜なら我が部族最高の射手になったほどだぞ」

 その呆れたように呟くメルエラの説明を聞き、アレクは何かを確信した。

「じゃあ肌を火傷とかはしないのか⋯⋯」

 アリシアの場合は心配よりも、珍しい事に対する好奇心から出ている言葉だった。

「じゃあ、どうして倒れたのかしら?」

「⋯⋯娘は完全に昼夜が逆転している生活のせいでボッチ⋯⋯いや孤独でな、多くの人が居て酔ったのかもしれん」

 真相を理解していながら明かさない、メルエラは娘に対して情けがあった。

「アリシア殿、何か出来る事はないか?」

 そうアレクに聞かれアリシアは困る。

「うーん、光を弾く結界の魔法具でもあればいいのかな?」

 それを聞いたルミナスが口を挟む。

「そんな大層な物じゃなくても、サングラスでいいんじゃないの?」

「サングラス?」

 アリシアの知らない言葉だった。

「太陽がまぶしくても大丈夫な、眼鏡の事よ」

 そう言いながらルミナスは通魔鏡からそのサングラスを取り出す。

「⋯⋯これがサングラスか、ルミナスが使っているところ見たことないけど?」

「私の場合は街へ出る時の変装用だしね、だからみんなと一緒の時には使わないだけよ、良ければ使ってちょうだい」

 しかし、それを見たメルエラは難色を示す。

「これは駄目だな、金属が使ってある」

「ああ、そうだったわね迂闊だったわ」

 ルミナスも軽はずみだったことを詫びた。

「金属でもミスリルだけはいいんだっけ? それでフレームを創ってレンズは水晶ならいいのかな?」

 アリシアは予習してきた、エルス族の文化や風習を思い出しながら訊ねる。

「それなら構わないが」

 そうメルエラは答えた。

「水晶だと透明で、サングラスにならないんじゃないの?」

 フィリスの指摘にアリシアは、

「魔法具化して光を調節するものにすれば、いいだけかな?」

「ならそれを創ってはもらえないかな、アリシア殿」

 そうアリシアに頼んだのはアレクだった。

「彼女の物をなぜアレク様が頼むんですか?」

「対価は私が払う、私が彼女に贈ってあげたいからだ」

 それを聞きアリシアは了承する。

 そんなアリシアとアレクの交渉をフィリスは黙って見ていた。

「彼女視力は悪くないんですよね?」

「ああ、そうだ」

 それを聞きアリシアは収納魔法からミスリルと水晶を取り出し眼鏡を創った。

 その後ちょっと可愛くないとフィリスに指摘され、何度か調整しなおし、その眼鏡は完成した。

 そしてアリシアは依頼主のアレクへと手渡した。

 なおこの対価としてアレクの貯金から後日、アリシアの口座に報酬が振り込まれた。

 アレクはリオンが眠るベッドの隣のサイドテーブルに、自分のハンカチを敷いてその上に眼鏡を置いた。

「起きたら渡してやってください」

「ああ、娘も喜ぶだろう感謝する」

 そしてリオンを残して全員退室した。


 そして冷めた料理をアリシアが魔法で温めなおして、パーティーは再開した。

 その間ラバンとメルエラは二人だけで、別室で話していた。

「今日は来て下さり、ありがとうございます」

「ラバン、其方もそろそろ引退時か⋯⋯人が朽ちるのは早いな」

「残せる物があり託せる者がいる、不幸だと思われるのは心外ですな」

 そうラバンは笑った。

 そしてメルエラも笑った、だが悲し気な表情になる。

「姉上はどうだ?」

「ずいぶん前からもう意識はありません、そろそろかと⋯⋯」

「そうか⋯⋯」

 今回メルエラが直接来たのは、もう一つ理由があった。

 二百年前、王家に嫁いだ姉を引き取りに来たのだ。

「静かな森で過ごせば、後何十年かは生きられただろうに⋯⋯」

 街へと出ていくエルフは少数だがいる、しかし例外なくその寿命は短くなる傾向にあった、きっと目まぐるしい生活が続くからだろう。

「サンドラ様には今までずっとこの国を見守って来てもらった、もう十分です。 故郷の森で眠らせてやって欲しい」

「ああ、わかった」

「⋯⋯あと、ついでと言っては何だが、アレクを一緒に連れて行ってはもらえんか?」

「ん⋯⋯? ああ、森の洗礼か、そんな時期なのだなもう」

「頼みます」

「引き受けよう、これから先もよき友である為に⋯⋯」


 翌日の朝までリオンは一度も部屋を出る事はなかった、そしてそのままメルエラ達エルフの一行はゾアマン大樹海へ帰還する。

 そしてそれに同行するのは王太子のアレクとその妹のフィリス、そして二人の母であるセレナリーゼと興味本位でついて行く事にしたアリシアとその従者のミルファである。

 そしてそれらに同行し見送る王国軍を指揮するのはルックナー将軍だった。


 今アリシアは、アレクとフィリスとミルファで四人同じ馬車に乗っていた。

 なおルミナスは家族と共に帝国へ戻ったため今回は参加しなかった。

「あれ以来一度もリオン殿に会えなかった⋯⋯やはり体調は思わしくないのだろうか?」

 城に滞在している時ならいざ知らず、出発のさいまで面会が叶わなかったことをアレクは気にしているようだった。

「軽いアルビノって言っても不治の病らしいからね、あれは⋯⋯アリスなら簡単に治せたのかな?」

 アリシアはいなくなってしまった、魔女の事を思い出す。

「アリシアには無理なの?」

「私のやり方じゃ光をどうにかする事は出来ても、根本的な体質まで変えられないからね⋯⋯アレク様やっぱり私はアリスの力を研究したい」

 あの事件の後、帝国のダンジョンの奥に秘密の工房が見つかった、そしてそこにはアニマの使徒が残したと思われる研究資料があったのだ。

 筆跡などからおそらくアリスティア本人が残したものとは思えないが、その力を理解する重要な資料であることは間違いなかった。

 しかしその資料は今二つに分けて王国と帝国が厳重に管理している、二度と悪用されない為に。

「すまんがアリシア殿、その要望には応えられん⋯⋯どれだけ有用だとわかっていてもな」

「そうですか」

 アリシアの中にはその力を有効活用する事は礎となった多くの命への敬意であると考える魔女の心と、ただ居なくなったアリスティアとの何かを繋がりとして持っておきたいだけだと考える、人の心があるだけだった。

 どちらにしろアリシアの自分勝手な自己満足でしかない、自分にとって絶対に必要な理由も今はないのだ、だからこの話はここで切り上げた。

「あの、ところで森の洗礼って何ですか?」

 馬車の中の空気を変えるべく、ミルファが意を決して発言する。

「ああその事か、我がエルフィード王国の王となる者はゾアマンの大樹海にある森霊林しんれいりんへおもむき、その加護を得るのだ、その後の両者の友好関係の為に」

「具体的な効果があるのフィリス?」

「うーんどうかしら? 病気にはかからないと言われているけど父様は風邪もひくし、呪いにもかかったわ」

「フィリス⋯⋯そういう事を言うもんじゃない、形式や段取りが王族には重要なんだ」

「ごめんなさい兄様」

 そんなやり取りを聞きアリシアはその森の洗礼そのものに対しては、興味がなくなった。

「今回本当の使命は、サンドラ様を森へ還す事だからな⋯⋯」

「それってお葬式なのですか? エルフ族の」

 宗教関係者のミルファには気になる事らしい。

「まあそうだな、そう言っていいだろう、寿命を迎えるエルフ族を森の糧とし、木に生まれ変わって子孫を見守る、そう言われている」

 何となくアリシアは師を見送った時の事を思い出す。

 魔女のしきたりでは師の一部を取り込み、師と共に歩むのだ。

 エルフとは考え方が似ているのかもしれないと、アリシアは感じた。


 やがて馬車の一行はゾアマンの大樹海へと到着した。

 そしてここから先を進むのはエルフ達と、アレクだけだ。

「兄様これを」

 そう言ってフィリスが通魔鏡から取り出したのは、フィリスが以前使っていた剣、借りたままになっていたアレクの剣だった。

「これはアリシアがミスリルで創った剣だから、持っていっても構わないでしょ」

 そう言いながらフィリスはチラッとメルエラの方を見た。

「ああ構わんぞ、森の中では我らエルフの民がアレク殿下の安全を保障するが、万が一という事もあるからな」

 そしてアレクはその剣を受け取る、自分の剣だったはずなのにいまいち手に馴染まない、そんな感想が零れる。

「行ってこいアレクしっかりやれ、サンドラ様を頼んだぞ」

 そうアレクを最後に見送ったのは、ここまで同行したアレクの母セレナリーゼだった。

 その後セレナリーゼとメルエラは視線を交わし頷きあった。

 ここまでの旅路ずっとセレナリーゼはメルエラと同じ馬車に乗り話し込んでいたのだ、どうやら馬が合ったらしくずっと話し込んでいたようだ。

 なおリオンはずっとさらに別の閉め切った馬車から出ず、一人引きこもっていた。

「では行ってきます」

 そう言ってアレクは、エルフ達が運ぶサンドラを乗せた御輿と共に、森へと入っていった。

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