08-05 リオンの恋~出会った時から⋯⋯

 それは今から四年前のアレクが十四歳の時の事だった。


 アレクは王都を離れて今、エルフの森にいる。

 エルフ族とは人族よりも長い時を生き、静かな森の中であまり世の中などに関わらず過ごす、森の民だ。

 世界中にこうしたエルフ族の住む森は多数あるが、アレクの住むここエルフィード王国南部には大陸最大のエルフたちの楽園である、ゾアマン大樹海が存在しているのだ。

 そして何故ここに今アレクが居るのかというと、ここゾアマン大樹海のエルフ族とエルフィード王国は、密接な繋がりがあるからだ。

 今から約二百年前、エルフィード王国の王となった若者が諸国を旅していた頃、このゾアマンのエルフと出会った。

 そして若者が王になった際にそのエルフの娘と結ばれた結果、王国とゾアマンのエルフ族との友好関係は生まれたのだった。

 つまりアレクには何割かはエルフの血が受け継がれているのだ、妹のフィリスとは違いなんの身体的特徴もないが。

 元々エルフにとっては国と関わるなど関心はなかったのだろう、しかし二百年前より公式に交流が始まり、助け合うようになった。

 人にとっての二百年は長く随分昔の事のようだが、エルフにとっては親の代くらいの時間でしかない。

 それ以来、そんなエルフの民とは困った事があれば助け合ってきた。

 今回はそんなエルフからの依頼の一つだった。

 ゾアマンの森が魔獣の繁殖期になり手を焼いていると、その為武力に秀でた王国軍が手を貸す事になった。

 そしてそれは王国側にとって都合のいいタイミングだったのだ。

 それはまだアレクが凱旋の儀を終えていない事だった。

 凱旋の儀とは、エルフィード王国に古くから伝わる習わしである。

 要するに民を率いる強い王族だと周りに見せる為、倒した獲物と共に凱旋するのだ。

 そしてそれは大抵、成人の儀と同時期に行うのが一般的だった。

 なので今回アレクがこの討伐軍を率いるという名目で、同行したのである。

 言ってしまえばただのお飾りなのだが、自分自身が剣を取り自ら戦う王族は極めて少数派である。

 あと何年かすれば今十歳の可愛い妹がこんな危険な事をしなければならないのかと思うと、アレクは自分が王になった時にはこんな習わしなどなくそうかと、思わずにはいられない。

 エルフは鉄を嫌う、森に汚れを持ち込むと信じられているからだ。

 なのでエルフの民たちが魔獣を森の外へと追い出し、王国軍は森の外で待ち受ける、そういう手はずになった。

 仲良くなったとはいえやはり文化や考え方は違う、だからこそ出来る事や得意な事は違い、助け合う事で共に発展してきたのだと、アレクは思った。


 数日に渡り戦いは続いた、そして日が暮れ始めた頃に森から数名のエルフの戦士が現れ戦いの終わりと感謝を述べ去っていった。

「よし! 今日はもう遅い、今夜はここに泊まり明日王都へ凱旋する!」

 アレクの号令によって野営の支度が始まった。

 そして夜になった頃、アレクは目を覚ます。

 今日までの戦いの高ぶりで目が覚めてしまっていたのだ。

「だめだ眠れん⋯⋯少し歩くか⋯⋯」

 何となくアレクは起きて、外を歩きだした。

 その事は外で見張りをしていた兵たちはすぐに気づいた。

「見張りご苦労!」

 すぐさま敬礼した兵を、アレクはねぎらう。

 そして何となくアレクは近くの馬車に乗せられた、魔獣の屍を見上げる。

 自らが手を下した訳ではない、しかし王族自らが兵を率いて現場に出る事に意味はある、そう思ってはいてもこれはやはり自分の手柄ではないと思ってしまう。

「アレク殿下、こんな夜更けに一体どうされたのですか?」

 アレクに駆け寄ってきたのはこの王国軍を実質率いているルックナー将軍である、きっとアレクが出歩いたため気を利かせた部下に、たたき起こされたのだろう。

「すまんルックナー⋯⋯ちょっと目が覚めてな」

「心配させないでください殿下、今夜はもう遅いです、さあお休みになってください」

「そうだな」

 自分の勝手な気まぐれが部下の負担となった事を、アレクは反省し謝罪した。

 その時だった。

 突然風を切る音が聞こえたのは。

 そして、アレクの足元にが落ちてきた。

 矢に射貫かれ死んだ死の烏デッド・レイブンを。

 思わずアレクは一歩後ずさる、そして辛うじてみっともない叫び声を押し込めた。

「アレク様! こ⋯⋯これは死の烏デッド・レイブン!?」

 位置関係的に、目の前の魔獣の屍の死臭に引き寄せられたのだろう。

 そして、もしかするとアレクが奇襲されていたかもしれない、この至近距離まで近づかれたのに気づかなかった、迂闊さを恥じた。

「誰だ! 今この矢をったのは!」

 しかしそのアレクの問いには、誰も答えなかった。

「アレク殿下! これを!」

 ルックナーが死の烏デッド・レイブンから引き抜いた矢をもってきてアレクに見せた。

「これはミスリルの矢か? じゃあエルフが!」

 金属を嫌うエルフが唯一使用する金属、それが精霊銀とも呼ばれるミスリルだ。

 そしてそのミスリルで出来た矢は、エルフ族の切り札である。

 思わずアレクは振り返り森を見た、森までの間に人影はない。

「森からここまでの距離を⋯⋯あんな小さな黒い烏目掛けて、夜なのに当てたのか⋯⋯」

 そのエルフの射手が、常識外れの使い手である事は明白だった。

「エルフの民よ感謝する! ここまで来てくれないか! 直接礼が言いたい!」

 闇夜に響くアレクの呼びかけに、応える者は現れなかった。

 ルックナーからミスリルの矢を受け取ったアレクは、その矢を高く掲げ森へと誓う。

「この恩義は忘れない! 我が名はアレク・エルフィード、次代のエルフィード王国の王である。 そしてこれからもエルフ族との平和を守る、人族の王となる事を誓う!」


 翌朝エルフ族の取り分である魔獣の躯を多めに残し、アレクは王都へと帰還する。

 眩しく輝く朝日の中を去ってゆくアレクを、日の射さない森の中から弓を携えたそのエルフの少女は見送ったのだった。


 そして四年後の現在、ゾアマン大樹海のエルフの里では、黄金の姫騎士フィリスの成人の儀を称える為の準備に追われていた。

 そしてそんな忙しいさなかに、族長であるメルエラに厄介事が増えたのだった。

 その原因を作ったのは自分の娘であるリオンだった。

「お前も行きたいというのか? 成人の儀に?」

「⋯⋯はい⋯⋯だめかな」

「⋯⋯お前は四年前のアレク殿下の成人の儀には、ついてこなかったではないか」

「あ⋯⋯あの時は⋯⋯でも⋯⋯今回は行き⋯⋯たいです」

 メルエラは頭を抱える、このはっきりしない小心者の娘がこういう事を言い出すのは、非常に珍しかったからだ。

 別に連れていく事自体は構わない、そもそもメルエラ自身も参加が決まっているからだ。

 今のエルフィード王国の王家の血統はメルエラの姉であるサンドラの子孫たちである、長い時を生きるメルエラにとっては今の王族たちを近い親戚だと思っている。

 その末裔であるフィリスの成人の儀に参加する事を族長のメルエラが決めたのは、もう一つ理由があったのだが。

「なら何故、前回のアレク殿下の時についてこなかった?」

「あ⋯⋯あの時は⋯⋯でも今回を逃せば⋯⋯次は十年以上先になる⋯⋯かもしれないし」

 メルエラは深いため息をつく。

 普段、自己主張の乏しい娘が言い出したのだ、余程思い詰めていたのだろう。

 だから連れていく事自体は、やぶさかではない⋯⋯しかし。

「覚悟があるのだな?」

 母の問いにリオンは無言で頷く。

「わかった⋯⋯お前も連れて行ってやろう」

「ありがとう、お母様」

 そしてリオンは部屋を出る。

 そんな娘を見送るメルエラは、実に不憫だと思った。


 エルフィード王国が誇る黄金の姫騎士フィリス・エルフィードの成人の儀は、民衆たちの間で大きな話題になっていた。

 それもそうだろう、最近巷を騒がせ始めた銀の魔女に加えて、ゾアマン大樹海の族長まで参列するのだからだ。

 馬車から外の民衆へ向けてメルエラは手を振り応える、しかしリオンは締め切ったカーテンで閉じられた馬車から出ようとはしなかった。

 式典の最中もその後の舞踏会にもリオンは参加しなかった、そもそもここへきている事を知っている参加者はおらず、その存在は一部の者達のみの間で秘匿されていたからだった。

 リオンが出てきたのは全ての参列者たちが帰った後の身内だけで行われる、小さなパーティーだった。

 参加者はエルフィード王国の王ラバン、その妻だが今は生きている事を秘匿しているセレナリーゼ、その息子アレクと、本日の主役フィリス。

 後はフィリスの友人である銀の魔女とそのお付きの聖女、あとは帝国の皇女だけである。

 そこへメルエラは入ってくる、娘のリオンと一緒に。

「本日はお招きありがとう、フィリス王女に森の祝福を⋯⋯おい、そこで何をやっておる、早く入って来んか」

 メルエラはまだ部屋に入らず、隠れていた娘を引きずり出した。

 勢い余ってたたらを踏む入室となったリオンを見て、室内の一同は驚く。

 真っ白それが最初に浮かぶ印象だ、色の濃いパーティードレスを着ている事がかえってそれを際立たせている。

 リオンは真っ白で長い髪を揺らしながら、礼をする。

「は⋯⋯初めまして、リオン⋯⋯です」

 そのリオンに近づき、手を取り顔を上げさせたのはアレクだった。

「初めましてリオン⋯⋯やっと会えたね」

 顔を上げアレクをその苺水晶の様な瞳で見つめて、手を繋いだままリオンは意識を失ったのだった。


 四年前、始めて遠くから見つめたその時から、リオンはアレクが好きだったのだ。

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