08-04 アトラの詩~英雄伝説の語り部
結局あの後、今から食事の支度をしようという雰囲気ではなくなったため、今はみんな魔法の袋に保存しておいた不味い携帯食料をかじっていた。
「ねー、これ不味いんだけど」
「お前は黙ってろ!」
ザナックは本気でキレていた。
「あのーザナックさん、どうしてそんなに困っているんですか?」
よく事情が呑み込めていない、ナロンが訊ねた。
「⋯⋯人魚族ってのはな、国際法で密輸が禁止されているんだよ」
「密輸って、これは違うんじゃ? 密航では?」
「どう言い訳すれば、それを信じてもらえるんだよ⋯⋯」
そう呟くザナックの声は、もはや呪詛だった。
「ナロンちゃん昔な、人魚を食ったら不老不死になるなんて、言われた時代があったんだよ」
「あんた達まだそんなの信じてんの? 馬鹿なの? 一体今まで何人の人魚が、海の魔獣に食われたと思っているのよ、もし不死になるんだったら世界中そんな化け物で溢れてるに決まってるじゃない」
「まあその人魚の言う通りさ⋯⋯でもやっぱり珍しいからな、自分の家の庭に池でも作って飼いたい、そんなもの好きも多くてな、色々あって昔に国際法で禁止になったんだ」
「えー、そこまでしてこのアトラちゃんの歌をいつでも聞きたいってい言うのは嬉しいけど、束縛されるのはちょっとねー」
アトラは嫌だと言いながらもまんざらでもない、そんなふざけた態度の人魚だった。
「その馬鹿人魚は例外だが、普通の人魚はそんな事望んでいなかったからな」
「⋯⋯つまりこの事がバレると、ザナックさん達は罪に問われると」
「まあ、そういう事だ⋯⋯」
「せっかく魔の森で冒険者をやれる⋯⋯そう思った矢先に、こんな事になるなんて」
これでナロンはこちら側の大体の事情を知った。
後はこの人魚の事情だった。
「ところで人魚さん⋯⋯」
「アトラって呼んで、他の人魚と一緒にされるのは困るわ」
「じゃあアトラ、あたしはナロン、ドワーフ族よ」
「へえあなたドワーフなの? ドワーフって普段海に寄り付かないから初めて見たわ」
「そう、それはまあいいけど、どうしてアトラはここに居るの?」
「決まっているじゃない、世界が私を待っているからよ! このアトラの歌をね!」
「それで人魚が陸に上がったってのか⋯⋯やっぱり馬鹿じゃないか」
「足もないくせに陸でやっていけると思ってんのかよ」
それは呆れとかではなく、もはや怒りと言ってもいい感情だった。
彼らSランク冒険者は、なろうと思ってなれるような存在ではない。
たゆまぬ努力と幸運の果てにその名誉に辿り着く、ほんの一握りの憧れの存在なのだ。
自分たちの評価が地に落ちるのは仕方がない、この人魚に気づかずここまで連れて来てしまった落ち度なのだから。
しかしその結果、多くの人に迷惑がかかる、ギルドやSランクを夢見る他の冒険者に。
「家財道具を根こそぎ持ってきたせいで、魔法の袋に水樽が入らなかったのがこんな事になるなんてな」
「いっそ埋めちまうのはどうだ?」
なんだかヤバい空気になり始めたのを、ナロンは止める。
「落ち着いてください皆さん! ここから少し南下すれば海です、そこで捨ててしまいましょう!」
「⋯⋯そうだな」
「危うく道を間違える所だったぜ」
だがその会話を聞きアトラは怒りだす。
「何よあんたたち! このアトラちゃんを捨てて行こうっての? アトラの歌よりも重要なものがあるっての?」
「あたりまえだ! やっと長年の努力が実ってあの銀の魔女様のお許しで魔の森に挑戦できるんだぞ!」
――銀の魔女?
「ねえあんたたち、そこに魔女が居るの?」
「ああ、そうだ」
そしてその答えを聞きアトラはニヤリと笑い出す。
「いいわ、いいじゃない! 連れて行きなさいよ、このアトラちゃんを!」
「はぁ? なんでお前を連れて行かなきゃいけないんだよ!」
チチチと指を振りながらアトラは答える。
「いい、世界はこのアトラの歌を待っているのよ、でもやっぱり足がないと不便だわ、その魔女ならアトラを歩けるようにしてくれるはずよ!」
徹頭徹尾、自分勝手な理屈だった。
「しかし不可能とは言い切れねえな、あの銀の魔女様なら」
「だがそんな迷惑かけるわけにはいかねえ、やっぱり捨てちまおうぜこの人魚は」
その冒険者たちの結論を聞き、アトラは抵抗する。
「ちょっとあんたたち! もしアトラを捨てたりしたら、あっちこっちでこの事を言いふらしてやるんだから!」
「このクソ人魚め⋯⋯」
「地獄に落ちろ⋯⋯」
結局ザナック達にはアトラを手にかける事は出来ず、捨てる事も出来なくなった。
その為ナロンがシナリオを練った。
ローシャを出て国境を越えた後、海岸でアトラを救助したと、そしてアトラの希望により銀の魔女へ会う為、魔の森までの同行を訴えたのだと。
体裁は整っているがガバガバである、はっきり言ってマハリトにはとても提出出来ない駄作だった。
「ふーん、まあいいじゃない、このアトラが協力してあげるから感謝しなさい!」
「いっそ銀の魔女様への贈り物ってことにしたいぜ」
「あの銀の魔女様なら、なんかの材料にと喜ぶかもな」
ザナックとカインはわりと、どうにでもなれという心境だった。
翌朝、重苦しい空気の中、旅は再開した。
全員が黙り込む中おしゃべりなアトラは黙らない、そのため話し相手は自然にナロンがする事になった。
「へー、ナロンちゃんは作家になるんだ」
「やっぱりおかしいかな、ドワーフ族なのに」
「別にいいじゃない、周りを気にしてやりたい事諦めるなんて、ありえないわ」
馬車に同乗しているカインとそのパーティーメンバーは、精神衛生上聞かない事にする。
「でもアトラは努力しなくても
「
「この海で最高の歌姫の事よ⋯⋯まあもっともこのアトラちゃんには、海は狭すぎるんだけどね!」
そういってアトラは笑った。
そんなアトラを見てナロンは思った。
この人魚は自分勝手でどれだけ迷惑をかけても気にしない、誉められた存在ではない、しかし自分の才能を理解しそれを生かすべく、ある意味努力し挑戦を恐れないのだと。
無謀な夢を追うナロンには、このアトラを嫌いにはなれなかった。
「ねえナロンちゃん、あなたドワーフなら力には自信あるわよね、この樽ごとアトラを運べる?」
「え⋯⋯まあそのくらいなら」
チラッとナロンはカインを見た。
「いいぞ、その樽はくれてやる」
「いい心がけね、後でこのアトラの歌を聞く権利をあげるわ!」
カインたちは返事をしなかった。
「ねえアトラ、運ぶのはいいけどその代わり聞きたいんだけど⋯⋯」
「歌ね、まかせて!」
「いや歌は⋯⋯もだけど、人魚の話を聞かせて欲しい」
「人魚の?」
「うん、普段どんな生活なのか、どんな事件が起こったりとか、どんな英雄が居るのとか」
「へー変わってるわね、そんなのに興味があるなんて、まあいいわこのアトラちゃんが聞かせてしんぜよう」
そしてアトラは詩を謡う――それは人魚族に伝わる英雄の詩。
普段のアトラとはまったく違う声色で語られる物語。
ある時は情熱的に、ある時は勇猛に、声色を変えるたびまるで別人が宿っているようだった。
いつしかその場の全ての者が聞きほれていた。
アトラへの不満や怒りを忘れて⋯⋯
たっぷり一時間近くアトラの独演会は続いた、そしてその間誰もが言葉を失い、聞きほれていたのだ。
人格も性格も決して褒められないふざけた人魚だ、しかしその声が本物だという事だけは誰もが認めたのだった。
「すごいよアトラの歌は! みんなに聞かせるべきだよ!」
「あら、やっとわかったようね、見どころがあるじゃない」
「もっと他にもあるの?」
「ええもちろんよ! 世界中の海には石板に掘られた伝承なんかが沈んでて、アトラちゃん頑張っていっぱい見てきたんだから!」
「ならもっと聞かせてよ!」
「うーんどうしようかなー、もったいぶる訳じゃないんだけど」
あきらかに喜び勿体つける、アトラの態度はウザかった。
「ならアトラが魔女様に歩けるようにしてもらえるまで、運んであげるから」
「ええ、それならいいわ交渉成立ねナロンちゃん!」
「こちらこそ、アトラ!」
数奇な運命の元、普通とはかけ離れた道を選んだドワーフ族の少女と人魚族の歌姫が、巡り合ったのだ。
そしてこの旅は、銀の魔女が住むという魔の森へと続く。
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