08-07 アレクの義~寄り添う想い

 森の中を進むアレクの周りを、勇敢なエルフの戦士たちが護衛する。

 一先ずアレク達はエルフの集落を目指す、そこでいったん休憩を取りあらためて森の奥の、森霊林しんれいりん向かう事にする。

 森霊林しんれいりんとは言わばエルフの墓標である。

 多くのエルフの先祖が眠り、一族を見守っていると言われている森だ。

 歩きながらアレクは後ろを振り返る、そこにはリオンが居た。

 リオンはアレクの背後と言うより死角を選んでそこに居たのだが。

「リオン、体調はもう大丈夫なのか?」

 今歩いている場所は木が覆い茂っているため昼間でも薄暗い、おそらくリオンの身体の負担が少ないのだろうと推察してアレクは訊ねた。

「は⋯⋯はい、大丈夫⋯⋯です」

 か細いが確かな答えが返ってくる、なんだかアレクは嬉しかった。

「その眼鏡はどうだい?」

 今リオンはアレクが贈った眼鏡をかけていた。

「は⋯⋯はい⋯⋯馬車から出て⋯⋯森まで⋯⋯眩しくなかった⋯⋯です」

「そうか! ならよかった」

「⋯⋯あのこれ⋯⋯ありがとう⋯⋯ございます」

 か細い声だったが確かな答えに、アレクは満足だった。

 元々アレクは先祖であるサンドラの妹が今の族長でその人物に娘が一人いる事は知ってはいたが、どんな人物なのか全く知らず常々会いたいと、思っていたのだ。

 そしてその望みは今回叶ったのである。

 それから大した時間もかからず一同は、エルフの集落へと辿り着いた。

 エルフと森の秘術によって普通ではありえない距離を、踏破してきているらしい。


 エルフの集落で一息ついたアレクは、メルエラと話をする。

森霊林しんれいりんへは明日の朝に向かう」

「わかりました。 メルエラ様、最近なにか困っている事はありませんか?」

「特にないが⋯⋯もうじき繁殖期になる、その時は力を貸して欲しい」

「大体半年後くらいですか?」

「そんな所だな」

 このエルフが住む森ゾアマンの大樹海は、いわゆる魔素溜まりである。

 と言ってもアリシアが管理する魔の森とは全く違う、魔の森よりももっと広大な面積だが全体的に魔素の濃度は薄い⋯⋯一番濃い地域でも魔の森の表層エリア以下である。

 だがその為魔獣の繁殖地になっている、と言っても全体的に弱いため普段はエルフの戦士が間引く事で問題ないのだが大体四・五年置きに繁殖期が訪れ、エルフの手に余るようになってくるのだ。

 その為エルフィード王国は武力を貸す、その対価にエルフは森で手に入る魔獣素材や薬草などを支払うのだ。

 考え方や風習の違いで相いれない所は確かに存在するが、それでも両者は良き隣人として共に栄えてきたのだった。

「メルエラ様、最近魔素溜まりを人為的に決壊させる方法が見つかりました、よろしければ試してみますか?」

 そのアレクが言い出した知識は、かつてアニマの使徒が行った手法である。

 彼らのその痕跡を頼りに帝国はその方法を解明し、試験的に試してみるらしい。

 魔素溜まりはいずれ決壊するものである、だから意図的に少し早める事は対策の計画がしやすくなる為都合がいいと、帝国では取り入れていく方針らしい。

「ほう、そんなものがあるのか、せっかちな人らしいな」

 それを使えば森の外で待ち受ける王国軍との連携がやりやすくなる利点があった。

 しかしその反応を見てアレクは、おそらくここのエルフは使う気はないなと感じたが決して無理強いはしない、それが尊重しあうという事だとアレクは考えているからだ。


 翌朝、森霊林しんれいりんへと向かう事になった。

 大勢のエルフの護衛と共にアレクとメルエラと、それにリオンもついてきた。

「リオンも見送りに来てくれて、きっとサンドラ様も喜んでくれるだろう」

「サンドラ様は⋯⋯わたしの叔母様です⋯⋯から」

 どうやらリオンは人と話すのが苦手らしいと、アレクは感じていた。

 この静かな森でゆったりした時の流れがそうさせるのだと思い、アレクはなんだか不思議な安らぎを感じる。

 リオンとの会話はとても短いものだが、何故かアレクには心地よかった。

 王都にいる時アレクは課題や責務が山積みで、気が休まる時がないせいかもしれない。

 アレクがここへ来たのは自分の森の祝福の儀もあるが、サンドラの葬送という役目を果たすためだった。

 しかし何故か仕事だと感じる事はなく、心休まる不思議な感覚だと思う⋯⋯自分に流れるエルフの血がそう思わせるのかと、アレクは思った。

 そんな一向に不意に緊張が走る。

「どうしたお前たち!」

「メルエラ様、こちらをご覧ください!」

 そう言ってそのエルフの戦士が指差すのは、大木に刻まれた大きな爪痕だった。

「これは暴れ熊ランペイジ・ベアか? だとすればデカいな」

 アレクはそう分析した。

「これは、いつからある?」

 その爪痕はまだ真新しい事は、アレクにも見て取れた。

「二日前の見回りの時にはありませんでした」

 エルフの戦士の一人がそう報告する。

「これは一度戻った方がいいかもしれん、アレク殿下」

 帰還する、メルエラがそう命令しようとした時、その魔獣は現れた。

暴れ熊ランペイジ・ベアだ! デカいぞ!」

 エルフの戦士たちは皆弓を取り、矢をつがえる。

 アレクが気がついたときには、リオンも同じように弓を構えていた。

 そのリオンの立ち振る舞いは、さっきまでアレクが見てきたオドオドした様子は全くない。

 そして、エルフの矢が放たれた。

 基本的にエルフの戦術は遠距離からの、数による狙撃である。

 しかし普段こうして奇襲され接近戦を行う事がないわけではない、しかしその時にはすぐに木に飛び移り距離を取る、それまでの事だ。

 しかし今回、エルフの戦士たちにはそれが出来なかった。

 今彼らはサンドラの玉体を運んでいる最中だったからだ。

 無論同行しているアレクも足手まといであるが、連れて逃げるだけなら出来る。

 しかし今、サンドラは御輿と一体化しているため、速やかに移動できなかった。

 そして今のエルフの民にとってサンドラは偉大な恩人である。

 彼女が人の王へと嫁いだため、当時行われていたエルフ狩りは禁止されたのだから。

 だからこそエルフ達は、サンドラを見捨てて食われるといった事を見過ごせず、止まることになったのだ。

 暴れ熊ランペイジ・ベアは全身に矢を受けても、平然と動き回る。

「このデカさ、前の討伐の時の生き残りか! 全員、目を狙え!」

 アレクの声が飛ぶ、しかし優秀なエルフの射手たちをもってしても、一瞬の隙を見つけ射貫く事は困難だ。

 その時リオンは暴れ熊ランペイジ・ベアの背後から狙っていた、しかしこちらを向かない以上は撃てない、そう思っていたその時だった。

 暴れ熊ランペイジ・ベアの剛腕が大木をへし折ったのは。

 幸い倒れた木は誰にも当たらなかった、しかしその木がなくなった事によって太陽の光がリオンを照らした。

 一瞬リオンはその光に怯んだ、しかしいつもの目の痛みは全くない、だからそのまま狙い続けた、そして――

 まるで知っていた未来に吸い込まれるように、リオンの矢は放たれ振り返った瞬間の暴れ熊ランペイジ・ベアの目に、突き刺さったのだった。

「やった⋯⋯」

 その時リオンは油断した、そのリオンに暴れ熊ランペイジ・ベアは襲い掛かる。

 硬直したリオンをアレクが押し倒す、間一髪だった。

 倒れたアレクは懐から一本の矢を取り出し、リオンに渡す。

「リオン、これを使え!」

 そして立ち上がったアレクはミスリルの剣を抜き、暴れ熊ランペイジ・ベアへと挑む。

 アレクの剣術は妹や母には遠く及ばない、お粗末なものである。

 しかし、この時だけは違った。

 アレクの渾身の一撃は暴れ熊ランペイジ・ベアを怯ませたが即座に反撃され、アレクは吹き飛ばされる。

 だがその一瞬で十分だった、リオンが起き上がり受け取ったを放つまでは。

 その矢にはリオンが雷の精霊の力を込めて放ち、暴れ熊ランペイジ・ベアの眉間を穿って止めを刺したのだった。


「アレク! 大丈夫か!」

 必死で駆け寄るメルエラに、アレクは答える。

「ああ、大丈夫だ!」

 その人族の勇者にエルフ達は称賛を贈る、しかし⋯⋯

「馬鹿者! そなたの身に何かあればゾアマンの民、そしてエルフィードの民がどうなると思っている!」

「すまない、メルエラ様」

「⋯⋯いや、謝るのは私達の方だ、其方を守ると言っておきながらこの体たらく、申し訳ない」

 そう言ってメルエラは深々と頭を下げる。

「頭を上げてください、皆さん!」

 気づくとメルエラを倣って全てのエルフが、頭をアレクに下げていた。

「確かにお互い軽率だった、しかし互いに力を合わせたからこそこうして皆が無事だった、私は今日の事を決して忘れない」

 気がつくと全てのエルフはアレクに、膝を着き首を垂れていたのだった。

 それから暫くしてメルエラはアレクに問う⋯⋯

「それにしてもアレク殿下、よくミスリルの矢など持っていたな?」

「すみません、勝手に持ち込んだりして」

「それは⋯⋯まあ今回はいいだろう」

 そして今暴れ熊ランペイジ・ベアに刺さったままの矢を見て、リオンが気づいた。

「これ⋯⋯わたしの矢⋯⋯」

「そうだリオン、君の矢だ。 あの時君が私を救ってくれた時の矢だ。 あらためて礼を言う、ありがとう⋯⋯あの時助けてくれて⋯⋯」

 そう言いながら、アレクはリオンの手を取った。

「そ⋯⋯そんな、わたしもアレク様に⋯⋯助けてもらったし⋯⋯」

 そんな光景を少し離れた御輿の中のサンドラは、うっすらと目を開けて見ていた。

 人とエルフ、二人の若者が手を取りあう姿を⋯⋯

 そしてサンドラは瞳を閉じる。

 一瞬だけサンドラの意識が戻っていた事など、誰一人気づいてはいなかった。

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