08-02 ナロンの夢~動き始める物語
編集マハリトと出会ったナロンはやる気になって作品を書き続けた、しかし現実は厳しかった。
だいたい週に一度くらいのペースで新作を書き上げ、マハリトに見てもらう、しかし今まで一度も「面白い」とは言って貰えていない。
毎回酷評され、その度にどこが悪いのか徹底的に指摘される。
はたして自分は夢に向かっているんだろうか?
そんな迷いをナロンは感じ始めていた。
世の中はもう春だというのに、ナロンの夢の雪解けはまだ来ない。
もう何度目かの酷評の後、ナロンは出版社を出た。
辺りはすっかり暗くなっていた。
「今回も何時間も怒られた⋯⋯あたしってもしかして才能ないのかな?」
トボトボと宿への海沿いの道を歩く。
横を見れば煌びやかな都の灯りが溢れている、しかし反対側の海は暗く何も見渡せない。
それはまるでナロンの夢のようだった。
生活資金として貯めていたお金は一年は持つと思っていたが、物価の高いここローシャでは予想よりも早く尽きそうだった。
あきらめて故郷へ帰ろうか⋯⋯そんな想いがナロンの心をふとよぎる。
そんな時だった。
夜空を一発の花火が彩ったのは。
その見事な花火にナロンは心を奪われ、放心する。
「なんだ、この季節外れに花火だと!」
周りの人たちも騒ぎ出し、空を見つめた。
そして続いてまた花火が上がった、しかしその花火は今まで見た事もない物だった。
普通の花火ではない、まさに光で描かれた花の絵そのものである。
ナロンはあっけにとられた、どうやら困惑しているのは周りの人々も同じようだった。
しかしそんなナロン達にお構いなく、次々と花火は夜空を彩っていく。
今まで通りの花火と、圧倒的技術力で精密に描かれた花とが交互に。
いつしか民衆たちは盛り上がり、酒も入り出す。
古い物も新しい物も、みんなが楽しんでいる、そこに違いはなかった。
ナロンは思った、今までこうじゃなきゃいけないそんな思い込みがあったんじゃないかと、もっと自由でいいんじゃないかと。
「よし!」
ナロンは宿へと走り出した、心に新たな
次の日、ナロンは仕事を探し始めた。
作家になる、その夢の為に今までの時間は全て執筆に充てられてきたが、考えが変わったのだ。
生活資金が尽きたら故郷へ戻ればいい、そんな考えは捨てた。
ここローシャにしがみ付く、いつまでも。
その決心によって、仕事という生活基盤を得ることにした。
幸いナロンは屈強なドワーフ族だ、力仕事なら難なくこなせる。
街の商店街や港の荷物運び、何でもやった。
その結果、執筆速度は落ちたがナロンの作品は変わり始めた。
今までずっと一人、部屋の中で書き続けた物語が仕事を通じて様々な人と交流する事によって、変わっていったのだ。
いつしかマハリトの叱責は、指導へと変わっていった。
しかしナロンにはその自覚はなかった。
季節が夏になった頃、大事件が起こった。
ローシャの都のすぐ近くに巨大な
翌日ナロンは出版社を見に行った、そこは完全に崩れ去っていたのである。
「おう、君は無事だったか?」
「マハリトさん! ハイ無事です! 街の外へ避難していたので⋯⋯でも」
ナロンはその建物を見つめ悲しくなった。
「気にするな、古い建物だったしな、立て直すいいきっかけだ」
「じゃあ潰れないんですか!」
「当たり前だ、出版社なんて変わりはいくらでも作れる、いい作品さえあればな」
そしてマハリトはやさしくナロンを見つめた。
「だが当分は君の作品を見てやることは出来そうもない、どうだこの際見聞を広めるというのは」
「見聞ですか?」
「色んな人や物に出会い考える、それは君の財産になる」
「ありがとうございます!」
「また来てくれ、楽しみにしている」
そう言ってマハリトは去っていった。
それからナロンはあちこちの、冒険者ギルドを訪ねるようになった。
そこの冒険者たちの話を聞く、それがナロンの目的だった。
酒を酌み交わしながら話をする。
冒険者たちも普段面識のない、かわいい少女におだてられれば楽しく、自分の武勇伝を語るのだった。
それが嘘かどうかそんな事はナロンには関係ない事だった、いかに心揺さぶるかが重要だったからだ。
一月ほど経ってナロンはローシャに戻ってきた。
どうやら出版社の再建は進んでいるようだ、もう建物自体は出来ている。
後はどんな物語を書いて、持っていくかだった。
ナロンは考えながらローシャの街を歩き続けた。
自分が書きたいと思える、新しい主人公を求めながら。
そんな時、数人の冒険者たちとナロンはすれ違う。
「よしカイン約束だ! おごりの一杯はここで頼むぜ!」
「ちょっと待てザナック! こんなくそ高い店選んでんじゃねえよ!」
「なに来週には魔の森へ向かう、どうせ金なんて持ってても使い道はねえ、ぱーと使っちまおうぜ」
「⋯⋯くそ、わかったよ! 一杯だけだかんな! 後は自腹だぞ!」
――魔の森?
その名はナロンも最近、よく聞くようになっていた。
一月前、ここローシャを救ったあの銀の魔女の本拠地だ。
そしてその魔の森には近々冒険者ギルドの支部が作られると、冒険者たちの間では持ちきりだったからだ。
そしてそこへ向かうと言う、この人達はSランク冒険者?
そう思ったナロンは思わず呼び止めた。
「あ、あの、もしかしてSランク冒険者の方々ですか?」
それから近くの立ち飲み屋でナロン達は話しこんでいた。
「へー、ナロンちゃんは作家志望か!」
「それで俺たちに、魔の森まで連れてって欲しいだと?」
なおザナックは美味い酒を飲み損ねてやや不機嫌であり、逆にカインは上機嫌だった。
「そこにはあの銀の魔女様とそのお仲間の方々や、あなた達の様な凄い冒険者たちが集まるんです、それを間近で見れれば絶対凄いお話が書けるはずです」
「よしナロンちゃん連れてってやろう!」
カインは酒も入り安請け合いをする。
「おいカイン知らねえぞ俺は! 邪魔だから帰れって言われたらどうする気なんだ、この子は」
「⋯⋯その時は一人で帰ります、そのくらいの覚悟は出来ています!」
結局ザナックとカインは護衛任務という事で、ナロンを連れて行くことにした。
「来週までに準備をしておいてくれ」
「はい! ありがとうございます!」
それから一週間、ナロンは仕事へは行かず一つの物語を書いた、そしてそれに手紙を添えてマハリトへ届くように手配した。
そしてナロンの魔の森への旅立ちの日がやって来た。
集合場所の港には、二台の幌馬車が止まっており準備は出来ている。
「さあ行くぞナロンちゃん、準備はいいか!」
「はい!」
ナロンはカインの方の馬車へと乗り込む、こちらは三人のパーティーでザナックのパーティーは四人だからだ。
「ここを出たらもう簡単には戻れないぜ、本当にいいんだな?」
「はい!」
ザナックの最後の確認にもナロンは即答だった。
それを見てザナックは笑う、自分だって若いころは無謀だったなと。
「出発よ!」
そしてナロンはここローシャを出た。
まだ見ぬ魔の森がどんな所か知らず、どんな出会いが待っているかわからずに。
ナロンが旅立ち数日がたった頃、ようやく出版社の業務は再開した。
「マハリトさん! 荷物が届いていますよ!」
マハリトはその荷物を開けまず手紙を読んだ、そして同封の原稿を読み始める。
読み終わったマハリトはもう一度、最初っから読み返す。
「ちぃーすマハリトさん! なんですかそれ! もう仕事ですか!?」
「⋯⋯仕事だよ、ここの再起一発目のな」
そう笑いながら答えた。
「いい原稿だ、次も期待しているぞ
ナロンの夢、それはまだ最初の一歩を踏み出したばかりだった。
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