第一幕 夢の始まり
08-01 ナロンの夢~新しい物語
――あたしは物語に憧れた、英雄たちのお話に⋯⋯
何度も何度も読み返した、そして新しい物語を探して、出会い続けた。
でもいつしかあたしは、読むだけでは満足できなくなった。
書きたくなった、このあたし自身の手で新しい英雄を、そして物語を。
そしてそれを届けたい、みんなに読んで欲しい、それがあたしの夢になった。
そんなドワーフにあるまじき夢を抱いてしまったのが、あたしナロンだ。
そんな風に思うあたしは、あの伝説の作家ナーロンの生まれ変わりなのだ!
⋯⋯だったらいいなー
「こら! ナロン、またそんな事やってるのか、お前もドワーフなら火を燃やせ! 鉄を打て! 酒を飲め!」
毎日毎日こんな事ばかり言ってくる、それがナロンの父親だった。
父いわく「お前は鍛冶の才能があるから」らしい。
そして母からは「家事を磨いて旨いもんが作れたら、男はいくらでも選び放題」だと。
ナロンの夢に両親は理解がなかった。
しかし無理もない話でもある。
そもそもドワーフ族というものは人族よりも長命だが変化を受け入れない、変わろうとしない気質に溢れている。
そして先祖代々から受け継いだ、生き方や技術の伝承が当たり前である。
ナロンの様な作家になりたいなど、ドワーフ族にあるまじき妄言なのだ。
もっともドワーフ族だって英雄に興味がないわけではない、と言ってもどんな英雄が誰の作った武具を使ったのか、という意味でだが。
だからドワーフ族たちは競い合って鍛冶の腕を磨く、まだ見ぬ明日の英雄に自分が作った武器を使ってもらう為に。
そんな逸話を記録したドワーフ族の書庫、そこがナロンの運命を変えた。
ナロンは職人の名誉よりも、英雄の武勇伝に憧れるようになってしまったからだ。
昼間は父の工房の手伝いをし、夜は執筆に勤しむ、そんなナロンの日々は今日終わる。
今夜家を出る、そう決めたからだ。
最近は、買いたい本も我慢して貯金していた。
それなりの金額が溜まっている、それもこれも父の工房の手伝いには賃金もあったからだ
父いわく「報酬を貰ってこそ職人の誇りは育つ!」らしい。
それが本当かどうかはナロンにはわからなかったが、今後の生活資金を貯める事が出来たのは僥倖だった。
深夜、家族が寝静まった頃ナロンは自室の窓から出た。
そして少しだけ振り返り小さな声で呟く。
「ごめんなさい父さん母さん、でもあたしは夢を諦めたくない」
そしてナロンは振り返らず走り出した。
それから暫くしてナロンの両親は、ナロンの部屋へとやって来た。
「ふん⋯⋯いつも散らかってた部屋を、こんな時だけはしっかり片付けていきやがって」
「あなた⋯⋯やらせてあげましょう、あの子の夢なんだから」
「⋯⋯持っていったようだなアレを」
ナロンの父ガロンが気づいたアレとは、娘が産まれた時ガロン自身が作りあげた金槌である。
ドワーフ族の親は、子供の成長や魔よけを願い、金槌を作り与える。
そしてそれを手に、職人への道を歩み始めるのだ。
しかしその金槌を最近は娘が部屋の中で、埃を被らせていたことをガロンは知っていた。
しかしそれを持って行ったことを知り少し安心する、まだ娘の中の職人の火は消えてはいないのだと。
「ナロンはあなたに似て頑固だから、気が済むまでやらせてあげましょう」
「⋯⋯職人の夢はいつだって英雄に武器を作ってやることだ、しかしその為に腕自慢になった奴らは伝説になれねえ、使い手の事を知らねえからだ。 職人の魂と英雄の誇り、どっちが欠けても伝説には届かねえ」
まずガロンは職人の技と魂を娘に伝えようとした、しかし上手くいかなかった。
「お前には鍛冶の才能がある、先に英雄を知りその後でもまだ間に合う、いつでも戻って来いナロン」
そんな風に両親から見送られていた事など全く気づいていないナロンは、一路アクエリア共和国を目指した。
そしてこれは、ナロンの両親にとって大きな誤算だった。
何故ならナロンの母国、ウィンザード帝国首都ドラッケンには世界最大の出版社『シュバルツビルト出版』の本社が存在しているからだ。
この出版社はかつて、現代帝国の母クロエ・ウィンザード皇帝のまだ幼かったころ、地方の小都市から自身の力で立ち上げたという、由緒正しい出版社である。
そしてその出版社の成長の原動力となったのが、あの伝説の作家ナーロンの作品である。
だからこそ、それを知っていたナロンの両親は当然そこへ娘が行くとばかり思い込んでいた。
ドラッケンにはガロンの顔が利く商会とかもあり、何かあったさいは力になるよう根回しするはずだった。
しかし何時になっても、ナロンはドラッケンには現れなかったのである。
ナロンは自分の行動は両親にバレれば、即連れ戻されると踏んでいた。
だからこそ見つかりやすいドラッケンを目指さなかった。
かつて帝国を追われ逃げ切ったナーロンの足跡を辿るように、ナロンはアクエリア共和国西の都ローシャを目指した。
なお、そこにも当然シュバルツビルト出版の支店は存在している事を、あらかじめナロンは知っていたのだ。
何度か馬車を乗り継ぎ山を越え潮風が舞い込む、山頂から見下ろすローシャの街とその隣の美しいルース湖を一望する。
「見えたローシャだ! よしやるぞー!」
ローシャに着いたナロンは、宿を見つけて一夜を過ごす。
この街は何もかもが煌びやかで、故郷の山とは大違いだった。
ここでならやっていける、作家になれる、そう信じてナロンは疲れた体を休めるのだった。
そして次の日、朝一番に支度して宿を出た。
目的地はもちろん出版社である。
目的の建物を見つけ、作品の持ち込みをしたい旨を受付に伝えた後、かなり長い時間ナロンは待たされた。
そしてようやくナロンの前に編集を名乗る男が現れた。
「君が持ち込みの子?」
「はっはい! そうですあたしは⋯⋯」
「ああ、名前なんてまだいいよ、それより先に読ませてくれ」
そしてその編集は挨拶もろくになく、ナロンの原稿を読み始める。
ナロンが驚くほどの速さで読み続けるのを、ただじっと待つ。
一時間ほどで今回持ち込んだ作品三つをその編集は読み終えた、そしてそれまでずっとお互いに無言であった。
「駄目ボツ!」
その言葉がナロンに刺さった。
「何故駄目なんですか! あたしの自信作なんです!」
編集は頭をポリポリかきながら答えた。
「君の自信なんてどうでもいいんだよ、問題はこの原稿が面白いかどうかだけ、そしてつまらない」
「つ⋯⋯つまらない」
「変わり映えしない主人公、何回見たんだって話、展開もすぐ読める」
「ぐはっ!」
「まだまだ言いたい事はあるけど君さ、今まで自分の作品誰かに読んでもらった事ある?」
「⋯⋯ないです」
「だと思った⋯⋯いいかい君の作品は――」
そこからほとんど一行ずつ、その編集は文句を言い続けた。
そしてそれを最後までナロンは聞き続けたのだ⋯⋯何時間も。
「――以上だ!」
「あ⋯⋯ありがとうございました」
そう言ってうなだれるナロンに初めて、その編集は笑った。
「また持ってきてくれ! 次は面白いのをな。 僕の名はマハリトだ、次も僕を呼ぶよう受付に言ってくれ」
その言葉に、ナロンの左右色の違う紫と黄色の
「はい! また来ます!」
そう一礼し、その短いドワーフ族特有の赤い髪を揺らすのだった。
出版社を出たナロンはやる気に燃えていた。
何故ならあれだけ長く時間をかけて根気よく、あのマハリトという編集は付き合ってくれたのだ、今は駄目でも自分には才能がある⋯⋯そう自惚れたからだった。
「よーし、やるぞー!」
夢へと向かうナロンの物語、それはここローシャから始まるのだった。
「あ、マハリトさんちーす! ずいぶん話してましたね、見どころあったんですか、さっきの子」
「いや全然! ⋯⋯でも、最後まで話を聞いてた、やる気があって根性がある」
そう言ってマハリトは仕事に戻っていった。
「そういや名前、聞いてなかったな⋯⋯」
しかし彼女はまた来るだろう、そういう目をした馬鹿だったことだけは、記憶に止めるマハリトだった。
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