07-EX02 魔女に舞踏会は似合わない
九月二十三日、それがフィリスの誕生日である。
そしてこの日にエルフィード王国は国を挙げて、フィリスの十五歳の成人の儀を執り行ったのである。
同時にこの日がアリシアの、エルフィード王国の国民への始めてのお披露目という事になった。
最初アリシアは魔女である自分が目立つのは嫌だったのだが、両親が見に来ることが決まり出る事を決意したのだ。
そしてフィリスの成人の儀は始まった。
エルフィード王国音楽団の演奏に合わせて城門が開き、いつもよりも凛々しいフィリスが登場した。
そんなフィリスを横目で見るアリシアは、最初出会った〝姫騎士〟という印象そのままだと思った。
いつもよりも装飾過多で実用性をあまり感じない儀礼的な全身鎧は、帝国皇室からの贈り物でドワーフの名工作らしい、そして身に纏う真紅のマントはアリシアからの贈り物だった。
結局フィリスは色々悩んだ結果『空飛ぶマント』がいいと、アリシアに頼んだのだった。
普段使いする気満々だったフィリスの為にアリシアは、マントに色を変える機能も付与しておいた。
なので今はやたらと派手な赤色であるが、使い方次第では周囲の背景に溶け込む事も出来る為、フィリスは面白がり嬉しそうだった。
城門を出た馬が引く御輿の上に乗ったフィリスとアリシアは、街をぐるりと一周回る予定だ。
民衆たちへ笑顔を振りまきながら手を振るフィリスは優雅で気品があって余裕すら感じさせる、表情筋が仕事していないアリシアとは大違いである。
しかしそんな時アリシアは民衆たちの中に居る両親を見つけ、さりげなく手を振った。
そんなアリシアをチラリと見たフィリスは気づく、アリシアの口元がわずかに綻んでいたのを⋯⋯
パレードが海の見える港にさしかかった時に、海の人魚たちの合唱が聞こえてきた。
大声でもないのによく響く素敵な歌声だった。
人魚の歌や音楽団の曲、こういったものに触れるのはアリシアにとって初めての経験であり、凄く気に入ったのである。
「人魚の歌って聞きたくなったら、どうしたらいいのかな?」
「人魚は主にアクエリアの海に多く居るわね」
「そっか⋯⋯連れて帰ったらダメかな」
アリシアにとって、たわいのない冗談だった。
「昔はそんな事してた貴族も居たけど今は禁止されているからね⋯⋯やっちゃ駄目よ」
「駄目なのか⋯⋯先に聞いてて良かったよ」
そう言ってアリシアとフィリスは軽く笑いあった。
どんな会話をしているのか民衆たちには聞こえない、しかしこの二人が親し気で気心の知れた間柄だという事だけは伝わる。
だからそれを見た民衆は思った、この国の明るい未来を⋯⋯
街を一周してきたパレードが終わり、フィリスとアリシアはお城のバルコニーへと移動する。
箒に乗ったアリシアがフィリスの手を取り、空へと舞うそんな演出でだ。
そんな幻想的な光景に民衆たちも大興奮だった。
そして、フィリスの言葉が響く――
「今日ここへ来てくれた皆さん、ありがとうございます。
皆さんに祝福され今日私は成人を迎えました、本当に嬉しくて喜ばしことです。
――ですが、つい最近大きな事件がありました、しかしご心配なく無事解決しております、だからこそ今日を心から喜び楽しむことが私には出来ました。
その事件は本当に沢山の人達が力を合わせて、だからこそ大事になる前に解決したのです。
一人の英雄にしか解決できない事もあるでしょう、しかし多くの人々が力を合わせなければ解決しない問題だってあるのです。
無論私は自分の力を惜しむつもりはありません、ですがどうしても届かない見渡せない事はあるのです。
だからこそ皆さんにお願いします。
ほんの少しだけでいいです、周りの人を大切にしてください、そしてそうある自分に誇りをもって欲しいのです。
そんな気高い世界を護る⋯⋯それを私は皆さんに約束します!」
フィリスの宣言に民衆は歓声を送る。
それに応えるフィリスはとても、輝いていた。
そして日が落ち、お城で舞踏会が始まる。
昼間が民衆たちに対してで、夜の舞踏会は貴族たちへのお披露目である。
そしてここからがアリシアにとっての、苦行の始まりである。
なぜならアリシアにとっての精神安定剤のフィリスは舞踏会の主役であり、大勢の来賓に挨拶周りし続けている為、傍に居ないからだ。
そしてアリシアはこの舞踏会では、扱いの難しい立場であった。
周りの貴族たちはこのチャンスにアリシアに近づきたいと思う者が大半であったが、フィリスを差し置いてそんな行動をとる訳には行かないからだ。
そしてこれは、アレクの策謀でもあった。
アリシアに社交界デビューの負担を少しでも軽く、そして悪印象を与えない様にと⋯⋯
結局アリシアは壁の花となり、周りの貴族は牽制しあって近づこうとしない者ばかりだった。
今のアリシアの傍に居るのはミルファだけだった。
そのミルファはいつもより装飾の多い法衣を着て、このパーティーに参加していた。
アリシアには誰も近づいてこないがミルファには多少近づき挨拶する者がいた、彼らは今度作られる聖魔銀会の役員候補らしい。
アリシアはぼんやりパーティーを眺める、フィリスはいつも通りの凛々しい姫だった。
そしてこのパーティーには帝国皇室から、アナスタシア皇帝とミハエル殿下とルミナスが参加している。
王国貴族と挨拶を交わすルミナスは完璧なお姫様だった⋯⋯信じられない事に。
そんなルミナスを見るアナスタシアの表情が一瞬、
そしてそんな挨拶回りは終わり、音楽団がワルツを奏で始める。
そしてみんなが踊り始めたのを暫く見つめていたアリシアは一人バルコニーへ出る、夜風に当たる為に。
どのくらい時間が経ったのだろう、気がつくと曲が終わりフィリスが後ろに立っていた。
「どう? 舞踏会は楽しんでる?」
「いや、全然」
「だと思った」
「⋯⋯もっとちょっかいかけて来る人が、いっぱい居ると思ってたのに」
そんなアリシアの疑問にフィリスは笑いながら答える。
「それは仕方がないよ、アリシアが怒らないから」
「私が怒らないから?」
アリシアにはよく意味がわからなかった、普通逆ではと。
「みんな本当はアリシアに話しかけたいんだよ、そしていっぱい頼み事もしたいんだよ、でもどこまでなら怒らないのか、怒ったらどうなるのか誰も知らない、そして誰もがその最初になるのを恐れているから」
「なるほど⋯⋯」
知らない事が行動を起こさない事になるのかと、アリシアは納得する。
「でもね、アリシアには舞踏会をよく知って、楽しんでほしいなって」
その時、次の曲が始まった。
「一曲お相手を、
「⋯⋯喜んで、
曲と共に手を取りあうフィリスとアリシアが会場の中心へと歩む、そしてダンスが始まった。
正直アリシアは、手を繋いでほとんど突っ立ているだけだった。
しかしフィリスが巧みなステップでリードし、多少はマシな見栄えになった。
そして曲が⋯⋯ダンスが終わりフィリスは問う。
「ねえアリシア、楽しかった?」
「うん楽しかった、でもやっぱり私は魔女がいい、舞踏会の主役じゃなくて
その答えにフィリスは笑って呟いた。
「アリシアらしいね」
その後も舞踏会は続き、いくらかアリシアに話しかけて来る貴族たちもいたが、アリシアの印象にはあまり残らなかった。
それよりももっと眩しいものを、見続けていたから⋯⋯
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