07-13 それは永遠に紡がれる『命』の物語

 それは今から二百年前の出来事。


「あいつ本当に役に立たないよな!」

「体がデカいだけで、てんでだらしないしな!」

「お貴族様って言ったって、しょせん家を継げない三男だしな!」

「ほんと、食わせる飯が勿体ないぜ!」

 ここではずっと吾輩は馬鹿にされている、貴族だから体躯に恵まれているからとチヤホヤされて育てられてきたが、いざ実戦の場に出てみるとこの有様だった。

 いつ戦いが始まるかもわからない、食べておかなばならない、しかしこのパンを食う気にはなれん。

 気がつくと吾輩の前に一人の少女が居た。

 たしか昨日、国境を越えてきた侵入者だったはず。

 かわいそうに⋯⋯この子が敵国の間諜であるはずが無い、しかし今は時期が悪かった、きっとこの子は処刑されるだろう、ただ疑わしいというだけで⋯⋯

「食べるか? これ」

 ただの気まぐれだった、ただ食欲がないから吾輩のパンをその少女に恵んでやる、ただそれだけの⋯⋯

「いいの!? ありがとう美味しいよ!」

 ただのパンをこれほど美味しそうに食べるこの少女が、とても眩しかった⋯⋯

 それからしばらくして戦いが始まった、最前線で戦う吾輩には国の考えなど及びもつかないが、それでも欲の為に他国へ侵略する帝国は悪なのだと、何となく理解していた。

 そして吾輩は敵兵の刃に倒れた⋯⋯

 ああ⋯⋯死ぬ⋯⋯このまま、ここで⋯⋯

 結局吾輩は何も出来なかった⋯⋯どこへ行っても役立たずの穀潰しでしかなかった。

 そんな吾輩が今、やさしい光に包まれていた⋯⋯

 痛みを感じない、死んだのか⋯⋯

 しかし意識がはっきりしてくると、吾輩の前にはあの少女が居た。

 治癒魔法⋯⋯?

 吾輩の足りない頭では何が何だかわからん⋯⋯しかし、一つだけはっきりしていた。

 吾輩は救われたのだ、この少女に。

 そしてそれはその後、何度も何度も。

 この少女こそ神が地上に遣わした、救世主に違いない。

 吾輩は決めた自分の道を⋯⋯生涯を賭けてこの、アリスティア様に仕えるのだと⋯⋯


「地下、下水道計画です⋯⋯か?」

「そうじゃ! 革命的な計画じゃ、無茶なことは百も承知じゃが成さねばならん、この計画を実行できるのは帝国最高の建築技師であるお前をおいて他にはおらん、頼んだぞ!」

「わかりました! 仰せのままに!」

 そう言うしかなかった、だが日を追うごとにこの計画が如何に無茶で無謀か、嫌でもわかってくる。

 正直逃げたい⋯⋯俺一人だったら⋯⋯

 俺は現場責任者として多くの技術者を纏めている、もし俺が逃げたら部下たちは無事ではすまないだろう。

 何せ相手は小娘のくせに、自分の父親である皇帝をぶっ殺してその椅子をぶんどった挙句、危険分子の他の兄弟まで殺しまくっているような、ヤバい奴だからな⋯⋯

 とにかく言われたことをやるしかない。

 しかしこの下水道というのは本当に素晴らしい考えだとは思う、まあ完成できればの話だけどな⋯⋯

 そして案の定、事故は起きた⋯⋯

 落盤で部下を庇い、俺の腕はぐしゃぐしゃになった。

 もう生きていく事は出来ないだろう⋯⋯それなのに何故俺は生き延びたのだろうか⋯⋯

「あなた怪我しているのね! あたしが治してあげる!」

 痛みが消えていく⋯⋯

 そして動く⋯⋯俺の腕が⋯⋯

 涙が止まらなかった。

 そしてそれからその少女⋯⋯アリスティアが下水道工事に関わるようになった。

 要するにこれでどれだけ事故が起こってもいいだろうという、皇帝の意志によってだ。

 そして当然のように事故は起きる、そして部下たちだけでなく俺自身も何度も何度も、彼女に救われた⋯⋯

「そういう訳でここを掘るためには⋯⋯ってこんな事聞いて楽しいんですか、アリスティア様?」

「うん楽しいよ! 知らない事を知ったり、出来ない事が出来たりすると、楽しいじゃない!」

 その彼女の眩しい笑顔を見て思い出す⋯⋯そうだ、俺はこんな人々の笑顔の為に、何かを作りたかっただから技術者になったんだと。

 それから長い時間をかけて下水道は完成した、それは今後何百年と帝国史に残り続ける偉業に違いない。

 だがそれは、この地下で眩しく輝く、太陽のお陰なのだ⋯⋯


粘液生物スライムの品種改良ですか?」

「そうじゃ、粘液生物スライムという生物はかつて魔女が造りだしたものと聞く、様々な目的の為に様々な能力を持つ粘液生物スライムは造れるはずじゃ! 今この帝国には下水道を掘っておる、そこで使う為の、下水道を清潔に保ち続ける為の粘液生物スライムを造るのじゃ!」

 そりゃ命令だからやるしかないよ⋯⋯でも出来るわけないでしょ⋯⋯

 確かに粘液生物スライムは他の生物に比べて環境適応能力が高く、その性質を誘導しやすいよ。

 でもそれをやって来たのは過去の魔女の連中だよ、ただの人間の魔道士の僕なんかに出来るはず無いじゃないか⋯⋯

 魔術学校を卒業してこれからって時に、戦争は終わった。

 前線で手柄を立てる道は絶たれ、今じゃこんな日陰の研究者か⋯⋯

「ねえあなた、何しているの?」

 びっくりした! ここは僕の研究室だだから、こんな女の子が現れるバズなんて無いのに⋯⋯

「あ⋯⋯あぁ、これは粘液生物スライムの研究だよ!」

粘液生物スライム?」

「ああそうさ、古の魔女が造った魔法生物さ、今からこれを品種改良していくんだけど⋯⋯」

「ああ、だから皇帝はあたしに、ここを手伝えって言ったのね!」

「え?」

「あたし魔女なの、アリスティアよ!」

「じゃあ、君ならこの研究を出来るの?」

「えーわかんない、やったこと無いし」

 本当に大丈夫かこの計画は⋯⋯

 しかし、それからの日々はまるで奇跡だった。

 日に日に粘液生物スライムは進化し、変わっていく⋯⋯

 無論彼女の力があればこそだ。

「あたしに、こんな事が出来るなんて⋯⋯」

「本当に素晴らしい力だよ」

「でもあなたが居なきゃこんな事、あたしずっと出来なかったよ、命を造るのって楽しいね!」

「そうだね、僕もそんな風に思って来たよ⋯⋯前はずっと戦いたかったのにね」

「戦いたかった?」

「ああ、前は戦争があったからね、そこで手柄を立てるのが夢だったんだけど、こんな研究に回されてね⋯⋯でも捨てたものじゃなかったよ」

「そっか⋯⋯戦いたい人っていっぱいいるんだ」

「まあそうだね、皇帝が代わって戦争を止めて迷惑している人は多いね」

 やがて長い時間をかけて下水道用の粘液生物スライムは完成した、それもこれも彼女のお陰だ。

 まったく新しい命を生み出し育む⋯⋯彼女は神が地上に遣わした女神かもしれない。


 ――みんなすべてが上手くいっていた、いくと思っていた。

 あの日、アリスティア様が幽閉されたと聞くまでは⋯⋯


「たいくつ⋯⋯」

 そんな彼女の日々は突然終わる。

「アリスティア様、助けに来ました!」

 幽閉されたアリスティアを助け出したのは、三人の若者だった。

 そしてその脱獄はすぐに知れ渡り、追手が迫る。

 そして三人の若者は死んだ⋯⋯アリスティアを庇って。

 アリスティアは初めて思った、一人は嫌だと、人を生き返らせたいと⋯⋯

 そしてその、望みは叶う⋯⋯彼女の〝命の魔法〟によって。

 だが生き返った彼らは、記憶の一部を失っていた。

 まだ未熟だった蘇生魔法の影響かもしれない。

「じゃああたしが、新しい名前を付けてあげる」

自由フリーダムかすばらしい名前です」

リーベか吾輩にこそふさわしい」

平和パーチェなんててれくさいね」


「さあ行くわよあんたたち、そーゆー世界を造る為に」

 夢を見ていた⋯⋯ずっと長い夢を⋯⋯

 そして彼らたちの、物語が始まる。


 アリスティアは目覚めた。

「アリスティア様!」

「おお! アリスティア様」

「アリスティア様ー!」

 目覚めたアリスティアは、三人の若者達に抱きしめられた。

「あんたたち無事なの⋯⋯ここは一体?」

 アリスティアは自分が死んだと思っていた、もう目覚める事は無いのだと、しかし――

 そこは見渡す限り広がる荒れ果てた大地だった、生命の息吹の欠片も無い。

「わかりませんアリスティア様、俺たちも気づいたときにはもう此処にいて⋯⋯」

 その時アリスティアは思い出した、アリシアの最後の言葉を⋯⋯

「そっか⋯⋯あたしたち転生したんだ⋯⋯アリシアの魔法で」

 その言葉に彼らは事情を理解していく、自分たちが復活できた理由を。

「なるほどな、奴は結局アリスティア様を殺す事は不可能だと諦めて、問題を先送りにしたのだな」

「まあ賢いやり方だな、こうして有効だったわけだし」

「でもさ、世界滅んでんじゃん」

 そう、その理由だけがわからない、あれからどれだけの時間が経過したのかは全く不明だが、ここにはもう人の痕跡など全く無いのだ。

「きっとあれから何百年も経っているんだろう、結局奴らは自分たちの世界を滅ぼしたのだな」

「あの銀の魔女の力が暴走すれば可能か⋯⋯」

「ばっかだよねー、僕たちを追放しておいてさ」

 そして三人は笑いあった、愚かな世界の終焉を。

 そんな時だった、その少女の瞳が紅く輝き出したのは。

「ねえ、じゃあこの世界、もうあたしの好きにしていいってこと?」

「まあ、そうですね」

「もうあたしを誰も止めない?」

「その通りです」

「もう誰も怒らない?」

「怒る奴もいないよ」

 そしてアリスティアは宣言する。

「だったらこの世界をあたしが造り直す、最初っから命を生み出して、増やして、育んで!

 ――そしてあたしが、この世界の創造主グリムニールになるのよ!」

 この時、彼らは同じことを思い出していた。

 ――戦いなんてどうでもよかった、復讐なんてしたかったわけじゃない。 ただ見たかっただけなんだ、この太陽のように輝く女神の様な救世主が造る世界を。

「アリスティア様、及ばずながら我らもお手伝いします!」

 それを聞いてアリスティアは笑った⋯⋯嬉しそうに。

「何言ってるのよ、あんたたちがいなきゃ、出来るわけないじゃない。

 ――だから一緒にやろう! あたしたちなら、なんだって出来るよ!」


 そしてその言葉通りにアリスティア達は命を造り始めた。


「最初はやっぱり粘液生物スライムかしら?」

「えーまた粘液生物スライム!?」

「何だ貴様、アリスティア様の考えに不満があるのか?」

「まあ確かに、粘液生物スライムは有用だからな⋯⋯」


 やがてその命の息吹は、この不毛の地に広がり始める。

 長い長い、果てしなく続く命の連鎖の果てに、やっと最初の知性ある生命が産まれた。

 その頃にはもうどこにも、アリスティアたちの姿は無かった。

 知性ある生命が文明を作り始めた頃、世界のあちこちで創造主の痕跡が見つかり始める。


 ――やがて彼らは、今はなきこの世界の創造主を〝グリムニール〟と名づけ、そう呼び始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る