07-12 永遠のお別れ

 アニマの使徒が死に、まだ魔物たちとの戦いが続いていた頃魔の森では、アリシアとアリスティアの二人だけが居た。

 そんな時だった。

 アリスティアの周りに三つの魂が集まってきたのだ。

「あっみんな死んだんだ、でも戻ってきてくれたんだね!」

 それを見てアリシアは防音の魔法を解除した。

「ほらあんた! 早く出してよ、みんなを生き返らせなきゃいけないんだから!」

 それを聞いたアリシアは、本当にアリスティアが理解していない事を、理解する。

 ――この先もアリスティアは生き続ける限り自分の思い通りに、素直に生き続けるのだろう⋯⋯世界が滅ぶまで。

 自分がする事がどんな事を引き起こすのか、考えることなく。

 それはアリシア自身にも言える事だった、今からしようとしている事がどんな結果をもたらすのか全くの未知数だ。

 これから先のアリシアの人生を全て捧げる事になるのかもしれない、むしろそれで責任が取れるなら大成功と言える⋯⋯

「アニマの使徒は死んだ、みんなが勝った。 でも君がここにいる限り安息は訪れない⋯⋯永遠に」

「なにいってんのよ、わかんないわよ!」

 そんなアリスティアを無視してアリシアは収納魔法から銀のナイフを取り出し、自分の手首を切った。

 そのまま銀のナイフを無造作にテーブルの上に置いてから、アリシアは流れる血で魔法陣を描き始めた。

「痛くないのそれ?」

「大丈夫だよこのくらい」

 この魔法陣はこれからアリシアが使う魔法の補助の為の、魔の森全域から魔力を集めるためのものだ。

 チャンスは一度、失敗は出来ない、しかも中途半端では駄目だ、全力で可能な限り魔力をつぎ込む為に。

 アリシアは油断しているつもりはなかったが魔法陣を描くためにほんの僅かに注意がそれていた、その結果結界魔法に微かな隙が出来た、その一瞬を見逃さずアリスティアは植物の弦を伸ばし、テーブルの上に置きっぱなしの銀のナイフを隠した。

「さて用意は出来た⋯⋯アリスティア、今出してあげるから暴れないでね」

「うん暴れないよ、だって私たちお友達じゃない!」

 そしてアリシアは封印を解いた。

「さあアリスティア⋯⋯こっちに来て」

 次の瞬間アリスティアの周りのアニマの使徒たちの魂が、アリスティアへと吸い込まれる。

 その光景にアリシアは注意深くしているつもりだったが、一瞬その注意がそれてしまった、そして――

 アリシアは突然後ろから刺された⋯⋯アリスティアが操る植物の弦の先の、銀のナイフによって。

「これ⋯⋯私のナイフ⋯⋯」

 そして倒れた、アリシアの周りでアリスティアは踊りだす。

「あたしにいじわるした、しかえしだよ!」

 そしてアリスティアは銀のナイフを引き抜き、そしてそのままアリシアを何度も刺した、笑いながら。

 そして気が済んだアリスティアは、銀のナイフを投げ捨てた。

「どう痛い? あたしが治してあげようか?」

 しかしアリシアはゆっくりと立ち上がる、その傷はすぐに治っていく。

「え⋯⋯あなた治癒魔法使えるの? いやこれは違う、魔法じゃない?」

 普段のアリスティアからは想像できないが彼女は治癒魔法のエキスパートである、おそらく史上最高の存在に違いない。

 だから今アリシアが治癒魔法を使っていない事など手に取るようにわかる、だからこそ疑問が生まれ油断が出来たのだ。

 復活したアリシアは即座にアリスティアの胸倉をつかみ、血の魔法陣へと投げ込んだ。

 そして再びアリスティアは結界によって封じられる。

「何よ! 刺したこと怒っているの? あなたがいじわるしたから、ちょっと仕返ししただけじゃない! どんな怪我だってあたしは治せるし、死んでも大丈夫だからそんなに怒らないでよ。 友達でしょ!」

 そんなアリスティアを放ってアリシアは銀のナイフを拾い、愛おしげに握り締める。

「本当なら自分用なんて必要なかった⋯⋯でもお揃いで創っておいてよかった」

 その四本目の『治癒』と『無痛』が付与された銀のナイフを、今度は大切に収納魔法へと仕舞った。

 そしてゆっくりとアリシアはアリスティアへと近づく。


 そして能天気なアリスティアにも、これから自分がどうなるのか理解した。

 ああ⋯⋯これから自分は殺されるのだと。

 他人が自分へと向ける殺意には慣れっこだった。

 しかし、アリスティアにはいつまで経っても理解できなかった。

 何故自分が殺されなければならないのか⋯⋯

 そんな繰り返しに、アリスティアはうんざりする。

 そして決意した、今から自分を殺すアリシアを殺そうと⋯⋯何度も何度も殺す、その度に生き返らせて。

 それを続けたら自分にも理解できるのかもしてない⋯⋯そう思ったのだ。

 今から自分は殺される、でも最後のその時までアリシアを見つめ続ける、今度会う時に〝怒り〟を感じる為に⋯⋯

「アリスティア⋯⋯君とはもう二度と会う事は無いと思う⋯⋯だから今のうちに言っておく」

 いつだってそう自分を殺す時、相手はいつも同じような事を言う、これまでの言葉なんてすぐに忘れてしまったが、このアリシアの言葉だけは忘れない、この魂に刻み込む、そうアリスティアは決意した。


 ――ありがとう。


 えっ⋯⋯?


 アリスティアには意味が全くわからなかった、何故自分がお礼なんて言われるのか⋯⋯

 そして違和感の原因をやっと理解した。

 ――そっかあたしは、悪いことしてたから殺されてたんだ。

 今まで楽しみの為に誉めてもらう為に魔法を覚えて使い続けてきた、それがアリスティアの人生だった。

 ――意識が⋯⋯あたしが消えていく⋯⋯

 初めてアリスティアは死にたくないと願った、もう一度だけやり直したいと想った⋯⋯

 アリスティアは初めて必死に抵抗する、死から。

 でも抗えない、アリスティアの魔力をもってすればアリシアの死の魔法からでも、抗えたはずだった。

 でも出来ない、たとえどれだけの魔力で魔法防御しようとも、適切でなければ効果はない。

 何故ならその魔法は死の魔法ではないからだ。

 ――その抵抗は無意味だよ、これはだからね。

 そしてもう一つ、アリシアは別の魔法も重ね掛けする。

 ――て・ん・せ・い・?⋯⋯⋯⋯


 こうして、アリスティアはこの世界から消えた。


 崩れ落ちるアリシアは前の時とは違い、ここ魔の森でやったからこそ意識を保っていられるが、起き上がることは出来そうもなかった。

「上手くいったかな⋯⋯私は⋯⋯この世界は⋯⋯アリスティアは⋯⋯」

 最後にアリシアは思ったのだ、自分が今日まで上手くやってこれたのはこの世界が自分にやさしくあったからだ、その理由がアリスティアという悪しき前例があったからだと。

 アリスティアの失敗が、アリシアの成功の理由になっていたのだ、だからせめてお礼が言いたかった、きっとアリスティアには何も伝わってはいないだろう、だからただの自己満足だ。

 アリシアは自分は酷い魔女だと確信する、でも⋯⋯

 再び目覚めた時、この世界が元のやさしいままだったら、今度は自分が恩返しする番なのだと考えながら⋯⋯

 アリシアは意識を手放し、眠りについた。

 それからどれだけの時間が経ったのかわからない、だけどもアリシアはやさしく起こされた、仲間たちによって――


「で、アリシアどうなったの!? アリスティアはどこへ行ったの?」

 アリシアは目を覚ますなり、フィリスに責め立てられたのだった。

「⋯⋯あー、アリスティアの事覚えてるんだ、みんなは」

「何言っているのよアリシア、当たり前でしょ!」

 アリシアは恐る恐るフィリスに訊ねる。

「みんなはアニマの使徒を倒した、それで世界は平和になった?」

「ええそうね⋯⋯アリスティアさえ何とかできればね⋯⋯で、どこへ行ったのアリスティアは!」

 今この時まではみんなはアリシアが不覚を取り、アリスティアを逃がしたと思い込んでいた、しかし――

「そっか⋯⋯アリスティアさえいなければ、世界は平和なんだね」

 心底ほっとしたアリシアの様子に、そろそろおかしいと気付き始める。

「ねえアリシア、貴方一体何をしたの、アリスティアに」

 随分とやさしい声で聴いてくるフィリスに、アリシアはこれは怒られる前だなと悟る。

 その時ルミナスが気づいた、テーブルの上のクロエの日記が開いたままである事に。

 そしてその内容をルミナスは完全に暗記している。

「まさか⋯⋯アリシアさま⋯⋯これ、どれかやったんですか!?」

「あ⋯⋯いや⋯⋯その⋯⋯」

 そして三人は開きっぱなしだった日記のページを読み絶句する。

「アリシア様、こんな事したんですか!?」

 それは未来のアリシアを知る、ミルファだけが確信できた事だった。

「本当なのアリシア!」

「あーうん⋯⋯」

 もはや言い逃れは出来ないと、アリシアは覚悟を決めた。

 自分はこれからいっぱい叱られる、でもその前にもう一度だけみんなに訊ねた。

「ねえみんな、この世界は平和かな?」

「平和よ!」

「平和に決まってるわ!」

「平和ですよ⋯⋯これからもずっと」

 三者三様の同じ答えだった。


 そしてアリシアは真相を話した⋯⋯

 そしてめちゃくちゃ叱られたのだった。

 しかしそんな事が嬉しい幸せだと⋯⋯かけがえのない守りたいものだったと、確かめる事が出来た。


 ――⋯⋯君は幸せになれたかな?

 アリシアは二度と会えない、そして友になれなかった魔女の同胞を想うのだった。

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