07-14 『銀色の魔法』はやさしい世界でできている
このグリムニール大陸史において史上最大の魔女災害を起こした魔女、その名は破滅の魔女。
それを現世へと復活させようと企んだ秘密結社アニマの使徒は壊滅、そしてその野望は潰えた。
その結果、破滅の魔女は復活する事は無く、今後もこの世界の平和は続く事になる。
――そうこの世界の歴史に、この事件は刻まれる事になる。
アリスティアがこの世界から消えて二日がたった。
あいかわらず世界は平和だった。
まだ世界中に魔物は溢れているが、それでも人の領域との棲み分けは出来ており時折起こる不幸以外には、目立った事件もない。
世界の王たちがアリスティアが本当に消えたと確信するにはまだ時間はかかるだろうがそれ以外はこれまで通りの、ありふれた日常だった。
そんな世界で最後の魔女アリシアは、というと⋯⋯
完全にヘコんでいた。
アリシアがしでかした事を、仲間たちは世界の王たちに秘密にしてくれた。
しかしその仲間たちから、滅茶苦茶責められたのだアリシアは。
確かに失敗していれば責任など取りようもない大戦犯であるが、成功したのに怒られる⋯⋯
最初はアリシアも勢いで行動した事、確認も許可も得ずやってしまった事に、深く反省していたのだが⋯⋯
だんだん腹がったてきて、今では拗ねて引きこもりぐーたらしている。
「アリシア、そろそろ機嫌を直してよ」
フィリスは少しだけ言いすぎたと思い直した。
アリシアはそんなフィリスの声には反応するが、今は放っておいて欲しかった。
「でも確かに事前に、話しておいてほしかったですね」
そんなルミナスにアリシアは訊ねる。
「やるって言ってたら許可してくれた?」
その質問にルミナスは黙るしかない。
許可など誰であっても出せはしなかっただろうと⋯⋯しかもその計画の発案者は自分の先祖なのだ。
だからこの件に関してはルミナスは何一つ抗議を出せなかった、擁護もしなかったが。
「遥か過去の世界にアリスティアを転生させる⋯⋯ほんとにそんな事、よくできましたよね⋯⋯」
ミルファは未来のアリシアが時を超えることが出来るようになることを知ってはいたが、それでも半信半疑だった。
「でもアリシアなんで過去だったの? 未来じゃ駄目だったの?」
アリシアが非難された原因の大半は、過去に送った事が問題視されたからだ。
何故ならその瞬間、世界が滅んでいたとしてもおかしくはないからだ。
これが未来だったら、少なくともすぐに何かが起こる事はないのだから⋯⋯
おかげでアリシアはろくな言い訳もできずに、
「未来へ送ったら責任が取れないからね、私には⋯⋯」
「では過去に送って何か変わってしまったら、責任が取れたと仰るのですか?」
さすがにルミナスにも擁護し切れない発言だった、人類史を完全に塗り替えられるような事になっていたら、どう責任をとれるというのだろうか?
「そもそも今アリスをどうこうするのが不可能⋯⋯封印して問題を先送りにするしか出来ない事になった時点で、この世界はいずれ滅ぶことが決定していた、アリスティアはそういう魔女だった、そんな出来事を未来に押し付けるわけにはいかない、だったら滅ぶ人も文明もないほど痕跡すら残らないほどの過去に送るしかなかっただけだよ」
そうアリシアは自分の正当性を主張しようとするが、それらは全て仲間たちに怒られた後に考えた後付けに過ぎない。
あの時、自分はどうしてなんな無茶をする気になったのか⋯⋯今ではよくわからない。
あれだけの魔力を込めれば、アリスティアの魂ごと消滅させる事だって出来たはずなのに。
「いったいどのくらいの過去なのですか?」
「⋯⋯魔の森の魔素が大半消し飛んでいたからね、使った魔力から計算して大体数万年位かな?」
かなり雑な計算しか出来ないが、最低でもそのくらいの過去へ送るだけの魔力をつぎ込んだことだけは確かな事だった。
「数万⋯⋯それじゃあ今の世界に影響なんて出ないわけですね⋯⋯」
「⋯⋯と言っても成功していたらの話だけどね、案外時間移動に耐え切れず魂が消滅してしまった可能性もあるし」
「結局のところ今に全く影響がない時点で確認は出来ないけど、アリスティアは消えたと信じるしかないのね⋯⋯」
あの後フィリス達は手分けして歴史を確認してみたが、特におかしな変わってしまった事など無かった。
「ねえフィリス、あんたの勘でどっちだと思う?」
ルミナスはフィリスの勘を信頼してはいるが、こういった事を直接聞くことは今まで無かった。
「うーん⋯⋯もう現れない気はするけど、完全に消えたかといえばそうとは言えないような」
「聞いた私がバカだったわ⋯⋯」
「仮に本当にアリスが数万年前に辿り着いたとしたら、もうどうやっても魂が残っているはずが無いよ、たとえ生まれ変わって輪廻転生を繰り返したとしても千年くらいでその魂は無になり、また新しい魂になると言われているからね」
「千年竜ってやつね」
千年竜とは一つの魂が竜として生まれ、竜のまま千年の時を過ごし、転生せず魂ごと消えると言われる伝説だった。
「じゃあアリスティアじゃなくなった魂が何度か生まれ変わったとしても、もうアリスティアには戻れないのね」
「きっと全く違った別のものになるはずだよ」
「でも時を超える魔法か、夢が広がるわね」
ルミナスが無責任な期待を持ち始める。
「体や魂が消し飛んでも構わない⋯⋯むしろその方が都合がいい、そんな今回みたいな状況だからこそ出来たんだ、正確な時間に安全に行くには怖くて試す気にはならないかな」
やはりアリシアが真の時間移動の魔法を完成させるのは、遥か先の事なのだとミルファは思った。
「さてと、そろそろやる気にならないと⋯⋯」
そう言ってアリシアは立ち上がる。
「そうね、大体二週間後には私の成人の儀が行われるんだから、アリシアには来てもらわないと」
「そういえばその贈り物、何にするか決めてなかった⋯⋯フィリス何がいい?」
「えーと何がいいかなー」
何せ無条件でアリシアにおねだり出来る貴重な機会である、フィリスはじっくり考える。
「さっさと決めないと、アリシアさまの時間が取れなくなるわよ」
「えー、そういうルミナスは、なにくれるのよー」
「別に私が贈る訳じゃなくて、あくまで帝国皇室からだけどね。 まあ期待してなさい、今帝国が誇るドワーフの職人たちが作っているんだから」
――んっ⋯⋯?
「アクエリアの海の人魚の皆さんも、フィリス様の為の祝福の歌を毎日練習してますよ」
――んんっ⋯⋯?
「成人の儀にはエルフの族長の
「⋯⋯⋯⋯」
「どうしたのアリシア、そんな顔して?」
「いや⋯⋯ちょっと聞きなれないのが聞こえて⋯⋯エルフとかドワーフとか人魚とか⋯⋯」
「それがどうかしたの? アリシア」
何でもない様に答えるフィリスの顔をじっと見つめるアリシアは、ふと違和感を感じた。
「⋯⋯ねえフィリス⋯⋯フィリスの耳ってそんなだっけ?」
パッと見ではあまりわからないが、よく見るとフィリスの耳は普通の人よりも少しだけ尖っていた。
「あれ? 気づいてなかったのアリシア、エルフィード王家は大体二百年くらい前にエルフ族との講和の証として、当時の王がエルフ族から妻を娶ったのよ」
「だからフィリスにはエルフの血が何割か流れている、アレク様は普通だけどあんたにそんな特徴が出るのは先祖返りの証よね」
当たり前のようにルミナスはそんな説明をする。
「でも純血のエルフ族はもっとはっきり耳が尖っていて長命でしょ、今の族長は私の
アリシアの背中に嫌な汗が流れる。
「ヘーソウダッタンダ、コンケツダッタンダ」
――知らない⋯⋯そんな事、全く気がつかなかった。
「混血くらい何よアリシアさま、ミルファだって何割かはドワーフよ!」
「え!?」
突然のルミナスの告白にアリシアは動揺する。
「⋯⋯でもミルファの見た目、完全に人なんだけど⋯⋯」
「私の方はかなり薄いみたいです、孤児だったから詳しくはわかりませんが⋯⋯でもそのせいで、この先背が伸びないかもしれないんですよ⋯⋯」
ミルファは悲しそうに言った。
「ドワーフらしいそんな立派なの、持ってるんだからいいじゃない」
そんな何気ないルミナスの一言にミルファは、
「いくら立派でも他と釣り合いが取れてないせいで皆にジロジロ見られて恥ずかしいんですよ!」
ルミナスは跪いて床を叩く。
「ちくしょう! チクショウ! 私も言ってみたい、そんなセリフ!」
「あれからそれだけ育ったんだから、いいじゃないルミナス」
「うっさい! 私の野望は大きいのよ!」
――あれ? なんか思考がおかしい?
「どうかしたのアリシア?」
フィリスはアリシアを心配そうに見つめる。
「あーうん、エルフもドワーフも人魚も会った事なかったからね、私は⋯⋯」
「そっか⋯⋯そうよね、アリシアが森を出て半年ちょっとしか時間が経ってないし、その間ずっと私達が一緒だったしね」
「エルフ族は森の民で、ドワーフは山の民で、人魚族は海の民⋯⋯この三つの種族は人よりも長い時間を生きる、そしてエルフもドワーフも人との間に普通に子を設ける事が出来るが人魚族は他種族としか子を作れず、生まれるのは人魚族の女性ばかり⋯⋯」
「なんだ、よく知っているじゃない」
スラスラとそういった知識が浮かんでくる。
――そもそも何が、おかしかったんだっけ?
アリシアはだんだん自信がなくなってきた、ただ今まで友達の事をよく知らなかっただけなんじゃないのか、そう思えて来る。
そしてその話はうやむやで終わってしまう。
それから話したのは、これから行われるフィリスの成人の儀⋯⋯未来の話だった。
そしてフィリスの成人の儀は行われた。
これがエルフィード王国において銀の魔女アリシアが、始めて公の場に出た瞬間でもあった。
民衆たちの中に混じりアリシアの両親であるアルドとルシアは泣きながら手を繋いでいた。
そんな両親と目が合ったアリシアは微笑みを返す。
そして城のバルコニーから、アリシアとフィリスは国民たちへと手を振る。
その後ろにはルミナスとミルファが居た。
詳しい事は伝わっていない、でもこの四人が世界の危機を未然に防いだことだけは、民衆たちは知っていた。
大きな歓声に包まれていた、この世界は。
数日前からアリシアは、理由のわからない不安を抱いていた。
何かおかしい事は確かなのに、それが全くわからなくなってしまっていたのだった。
「不安なのアリシア」
「少しね⋯⋯」
民たちに手を振りながらフィリスは言った。
「きっとこの先もアリスティアの時の様な何かが起こるわ、でも何が起きても私たちなら大丈夫よ、乗り越えられる。
――だから一緒にやろう! わたしたちなら、なんだって出来るよ!」
そのフィリスの言葉と笑顔は、不安だったアリシアの心をまるで太陽のように、照らしたのだった。
この世界には祝福があふれている。
生命の息吹に満ちている。
人々のやさしさに包まれている。
その全てが、今の自分を生み出して、育んだのだとアリシアは想った⋯⋯
だからきっと、この⋯⋯
――〝銀色の魔法〟はやさしい世界でできている。
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