07-06 邂逅の時

 帝国軍は進軍する、魔物の群れ目指して。

「前方に魔物と魔獣の混成軍団を確認!」

 その報告を聞き、帝国軍の指揮官アイゼン将軍は指示を飛ばす。

「総員戦闘準備! 奴らを押し返せ!」

 こうして帝国軍と魔物の群れの戦いが始まった。

 しばらくは特に動きのない予定調和だった。

 アイゼンの目論見通り戦線を押し上げ、魔物に囲まれた村を救出できる事が視野に入り始めた。

「上手くいっているわねアイゼン」

 アイゼンの隣に立つのは、帝国が誇る魔導皇女ルミナスだった。

 ルミナスは開戦の号砲となる魔術を何発か放った後は、ここ中央指揮所へと戻って来ていた。

 戦いは長引く、その為ルミナスの力はいざという時に温存する、アイゼンの策だった。

「これは誘われているだけです、皇女殿下」

「誘われている?」

「そうです、奴らが統率されている事は明白です、そしてその増援も無尽蔵⋯⋯下がる理由は他にありません」

「つまり奴らの狙いは⋯⋯帝都と私達を引き離す事?」

「その可能性大です」

 すぐにルミナスは現状の情報を、エルフィード城にいるフィリスへと通魔鏡によって伝える。

 そしてフィリスはラバンに、そして各国の首脳陣はアリシアに創ってもらった通信魔法の鏡によって、いち早く情報を共有する事が可能となる。


 帝城のアルバートは情報を受け取ると速やかに、そして秘密裏に帝都の防衛線を構築する指示を出す。

「まったく便利な道具だな、戦争の常識が変ってしまうとは⋯⋯な」

 現在の最前線は帝国首都より二日以上離れている、そこからどれだけ早く情報を伝えようとしてもこれまでだと数時間は必要だった。

 この差がどれほどの価値があるのか改めて実感する。

「いつでも来い⋯⋯この国を舐めていた事を後悔させてやる」

 そのアルバートの表情は決して家族の前では見せないものだった。


 魔物に囲まれた小さな村では――

「おいカイン来たぞ! 帝国軍だ!」

「マジかよ!」

 数日前、この村にやって来たザナックとカインの二つのパーティーは、辺りの危険な状態に気づいていた。

 しかし逃走するための村人たちの説得は間に合わず、こうして見捨てる事も出来ずに防衛する事になったのだ。

 幸運だったのは全員合わせて魔法の袋七つ分の食料や物資があった事、そして魔物の群れは一目散に帝都を目指すため、こちらにはあまりやってこなかったことだ。

 そうでなければさすがに持たなかっただろう。

「これなら脱出できるかもしれん、カイン村人たちの家財を俺たちの魔法の袋へ詰めさせろ!」

「なるほどな!」

 彼らが村人を説得できなかった理由は、本当に襲われるかわからないのに村を捨てられないという村人の心理だった。

 しかしこうなってはもう捨てる他ない、しかしそれでも生き残った際の財産は必要だ、人は希望が無ければ生きられないからだ。

 カインは自分たちの魔法の袋を村の若者に渡し、入るだけ詰めろと指示した。

 それと同時にザナックはパーティーメンバーの魔道士に空へ向けて魔術を撃たせた、まだ生きている事を帝国軍に伝える為に。


「前方の村より救援要請を確認!」

「レッドサラマンダー隊、散開!」

 その報告を聞きアイゼンは素早く陣形の変更を指示する。

 何故なら帝国軍の壁が村民の脱出路を塞いでいるからだ、しかしこの指示は諸刃の剣でもある、何故なら自分から陣形に穴を開ける愚行でもある、しかし――

「行ってくるわ、後は頼んだわよアイゼン!」

「御意」

 大きく鐘が鳴る。

「皇女殿下のご出陣! 皇女殿下のご出陣!」

 ルミナスは単身その穴を塞ぐべく前線に出る、民たちの盾となる為に。


 派手なルミナスの魔術が炸裂し始めたのを、アニマの使徒フリーダムは使い魔を通して確認した。

「そこに居るな魔導皇女⋯⋯リーベ出番だぞ」

 通信方法を持っているのはアニマの使徒も同じだった、アリスティアの造った魔法生物がそれぞれ念話で繋がり、意思の疎通が可能なのだった。

 もっともアリシアが創った鏡ほど詳細に会話が出来るわけでは無かったが、遠く離れたところへ作戦開始の合図を送るくらいは十分可能である。

 その合図を受け取ったリーベは預かった隠密性に長けたキマイラの背に乗り、空から帝都の中枢である帝城だけを目指した、ルミナスが居ない今この瞬間なら容易い事だからだ、しかし⋯⋯

 突如下からの魔術攻撃を受けた。

「なっ⋯⋯なんだと!?」


「閣下、初弾命中!」

「第二射⋯⋯撃て」

 アルバートは指をパチンと鳴らし合図する。

 今帝都には帝国自慢の魔道士たちによる防衛線が構築されていた、そこから繰り出される厚い弾幕にキマイラに乗るリーベは突破できなかった。

「くっ⋯⋯クソ! 読まれていただと! このカス共がー!」

 この時点で、アニマの使徒のリーダーフリーダムの立てていた策は失敗だった。

 計画では大部隊による陽動で手薄になった帝城だけを素早く落とす手はずだった。

 何故ならアニマの使徒が本当に復讐したいのは帝国を始めとする各国の王たちだ、民衆たちはいわば国によって誤った知識を植え付けられた哀れな存在だからだ。

 王族たちだけを滅ぼし、アリスティアを新たな王とし、そして民衆には時間をかけて教育を施せばいい、それが最もアリスティアに捧げるにふさわしい勝利なのだと、アニマの使徒たちは考えたからだ。


「作戦失敗!?」

 リーベからの報告の合図は遠く離れたフリーダムとパーチェへと伝わる。

「くそ! 舐めた真似を⋯⋯こうなったら数で押し切るぞ!」

 パーチェは使役する魔物や魔獣の群れを操作しようとした時だった、工房に居るフリーダムからの作戦中止の信号が送られてきたのは。


 〝作戦中止即時帰還〟その信号が送られた時、リーベは目を疑った。

「馬鹿な! 中止だと!」

 その信号を決めたフリーダムの細心さに半ば呆れていたリーベだったが、本当に送られる事態になるとは完全に想定していなかったのである。

「クソッ! 覚えていろよカス共めー!」


「閣下! 目標は離脱していきます」

「何だと!?」

 アルバートの目算ではまだ相手には余裕が感じられた、強引に地上に降りて来る事を想定して第二・第三の策も用意してあったのに⋯⋯

「何かあったのか敵に? 周辺警戒を怠るな!」


 同時刻、最前線では――

「アイゼン将軍、敵軍団後退していきます!」

「⋯⋯罠か? 深追いはするな、いったん距離を置いて補給しろと全軍に通達」

 そして帝国軍はいったん様子を見る事になった。

 しばらくして中央指揮隊へ戻ってきたルミナスは、アイゼンに問う。

「一体何が起きているの!?」

「わかりません、皇女殿下」

 それを聞いたルミナスは情報を送るべく通魔鏡を開いた、そしてその異常に気づく。

「アリシアさまとミルファに通信できなくなっている!?」


 数時間後アリスティアの工房にリーベが帰還しアニマの使徒は全員揃った。

「一体何があったフリーダム!」

「⋯⋯アリスティア様が居なくなった」

「な⋯⋯なんだと!?」

「これが置いてあった」

 そう言ってパーチェが持っていた紙切れをリーベはひったくる。


 ――『出かけてきます』


 ただ一言そう書かれているだけだった。

「アリスティア様ーー!」

 リーベの絶叫が響いた。


 ルミナスが通魔鏡の異常に気づく少し前に、魔の森でミルファは信じられない光景を目撃する――

 ――空から大きな白い竜が降りて来るのを⋯⋯そして、その背に小さく小柄な金色の髪の少女が乗っているのを。

 魔女の家裏手の空き地に、その白い竜は着地した。

 そしてアリシアとミルファの見ている前でその竜は跪き、少女が下りやすくしたのだった。

 そして、その紅い瞳の少女はアリシアへと話しかける。

「初めまして銀の魔女、会いに来たわ。 このアリスティアがね!」

 この瞬間ミルファはこの少女の正体がわかった、これがあの破滅の魔女なのだと。

 そしてアリシアにとっては、既に分かっていた事の確認だった。

「魔女アリスティア、私の魔の森へようこそ。 銀の魔女アリシアが歓迎します」

 その二人の魔女の邂逅に動けなくなるミルファだったが⋯⋯

「ミルファ、お茶の準備をして」

「はっ、はい!」

 ミルファは金縛りが解けたように動き始めた。

「ここは素敵な森ね⋯⋯」

「⋯⋯そうでしょう」

 こうして二人の魔女は見つめあい、笑いあうのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る