07-07 決別

「どうぞ」

 ミルファは震える手を抑えながら紅茶を差し出す。

 今アリシアとアリスティアは魔の森の魔女の庵の中庭に、テーブルとイスを出してそこでお茶会となった。

「ところでアリスティアはどうしてここに?」

「長くて呼びにくいでしょ、アリスでいいわよ」

 そう言って優雅に紅茶を啜る。

「そうアリス⋯⋯なら私もアリシアでいいよ」

 その返事を聞きアリスティアの表情はパッと明るくなる。

「ならこれで私達はお友達ね!」

 どうやらアリスティアの感情の波は、アリシアと違って激しいのだとミルファは感じた。

「復活してたんだね⋯⋯でもどうやって?」

 まともな返事が帰ってくることをそれ程期待していたわけでもないが、アリシアにとって最初に聞いておきたい事だった。

「貴方が私を殺してくれたお陰だよ」

 しかしあっけらかんと何でもない様に、答えが返ってきた。

「私が貴方を殺した?」

 どういう事なのかアリシアには理解できない。

「あたし、空の上に居たのよ」

「⋯⋯」

 その一言でアリシアは全てを察した、多分師は何らかの封印を施したアリスティアを空の上⋯⋯つまりこの世界より追放したのだと、そしてそれを自分があの粘液生物スライムを倒した時に巻き添えにしたのだと。

 テーブルの下のアリシアの手が強く握られているのを傍に立つミルファは見た、きっと今アリシアが強い後悔を感じているのだと察しながら。

「空の上はホントに退屈でね、まあ寝てたら時間なんてあっという間だったかもしれないけど、でも助けてくれて嬉しかったわ」

「⋯⋯それはどうも」

 ここでアリスティアは声のトーンを下げて話し始める。

「ねえアリシア、友達になったんだから一緒に遊びましょう」

「⋯⋯遊ぶ? 何をして?」

「今あたしね、あの子たちに頼まれていっぱい魔物や魔獣を造ってるの、それで世界中を埋め尽くして人と戦わせるのよ、楽しいんだから!」

「⋯⋯それをアリスは楽しいと感じるの?」

「あたし? 戦い自体はどうでもいいよ、でもみんなは戦うのが好きでいっぱい怪我して、それを治してあげたらいっぱい誉めてくれるんだよ!」

「もし魔物が増えすぎて、人が滅んだらどうする気なの?」

「そうならないようには調整するけど失敗しても別にいいじゃない、人の代わりに魔物が増えるだけなんだから」

 この時点でミルファにとって破滅の魔女は、この世界に居てはならない存在だと確信した。

「⋯⋯ねえアリス、この世界は争わなくても楽しい事はたくさん溢れている、それを探そうよ」

「あたし治してあげるのが好きだし⋯⋯そうだわ、増えすぎた魔物はアリシア貴方が殺せばいいのよ。 英雄になれるよ、それって楽しいのでしょ」

「⋯⋯アニマの使徒、彼らはアリスにとって大切な人達でしょ。 もしそれが死んだら悲しいでしょ」

「あの子たちは死んでも生き返らせるから大丈夫よ、あっもしかしてアリシア貴方のお友達が死んじゃったら困るから、そんなこと言ってるの?」

 ここでアリスティアはチラリとミルファを見た。

「確かにすぐ死んじゃいそうな子よね、大丈夫よ死んだらあたしが生き返らせてあげるから」

 この一言が分岐点だった、アリシアにとっての。

 次の瞬間アリシアの放った六つの『分心の宝玉ドッペル・オーブ』がアリスティアを囲み、その動きを封じた。

「何するのよ!?」

「ごめんね、君とは仲良く出来ない、それがよくわかったよ」

 そのアリシアの言葉は酷く冷たく悲しかった。

 捕獲されたアリスティアを救出するため白竜が襲い掛かってきた、しかしそれをアリシアはいとも容易く瞬殺する。

「⋯⋯あんたもあたしを殺すの? あの魔女みたいに」

 それが師の事を言っているのはアリシアにはよくわかった。

 きっと今のアリシアの心境はかつての師と同じだろう、しかし違う点が一つだけあった。

 それは決してアリスティアを殺してはならないという事だ。

 アリシアは考える、ここが魔の森で良かったと、ここの魔力を全て味方につけられるアリシアには、このままアリスティアを封じ続ける事が可能だ。

 しかし同時に身動きが取れなくなった事も意味していた。

 これから先の事をどうするか相談する必要がある、みんなと。

「ミルファ、みんなを呼んでくれないかな⋯⋯アリスティアを捕まえたって」

「わかりました」

 そして通魔鏡を使おうとして異常に気づく。

「アリシア様! 通魔鏡が使えません!」

 そしてその原因にアリシアは気づく。

「この結界魔法の影響だね⋯⋯ミルファ転移の扉は使えるか確認してきて」

 そのアリシアの指示にミルファは、自分の部屋の転移の扉を往復し試してみた。

「こっちは使えます!」

「⋯⋯よかった、今私は動けないからローシャの鏡の所に行って、この事を伝えて」

「わかりました!」

 そう言ってミルファは走った。


 ミルファの働きによってアリスティアの事は世界の王たちに伝わる。

 そしてすぐにフィリスがやって来た。

「フィリス、来てくれてありがとう」

「いいのよ、ルミナスは向こうの監視があるから来れないわ」

「そっか」

 そうこうする内にミルファも戻ってきた、息を切らせながら。

「ミルファちゃんこれでも飲んで」

 中庭のテーブルの上に置きっぱなしで一口もつけていなかったアリシアの紅茶のカップを、フィリスはミルファに差し出した。

「ありがとうございます」

 ミルファは勢いよく完全に冷めた紅茶を飲み干した。

「貴方がアリスティアね」

 そう言いながらフィリスは、動きを封じられたアリスティアに近づく。

「ええ、そうよ」

 その返事には怒りや悲壮感など感じない、普通の響だった。

「貴方、世界を滅ぼす気なの?」

「そんな事、する訳ないじゃない」

「でも実際に貴方が造った魔物で多くの人が死んでるわ」

「それが何なの? 人はいつか死ぬじゃない、その分私は魔物を造ってるし、むしろプラスよ!」

 フィリスは理解したくないが、理解した。

 アリスティアにとって人の命も魔物の命も一緒なのだと、そして生物である以上死ぬことは決まっているのだから、いつ死んでも一緒だと本気で考えていると。

「アリシア⋯⋯どうするのこれ⋯⋯」

 いつもパッと決めてしまうフィリスが答えられない事に、アリシアは絶望を感じ始めていた。


「破滅の魔女をアリシアさまが捕獲したらしいわ⋯⋯魔の森でね」

 そのルミナスの言葉を聞いた、帝国軍中央指揮隊は沸き立つ。

「静かにしろ!」

 それをアイゼンは一喝する。

「つまりそのせいで、奴らは魔物を下げたのだと」

「⋯⋯おそらくそうね、捕まっている事まで気づいているかは不明だけど、行方をくらませた事は気づいたんでしょうね」

 部下たちをほったらかしにして自分は魔の森へ行き捕まる、そんな破滅の魔女の思考が理解できないルミナスだった。

「もしこの事を奴らが知ったら自棄を起こすかもしれん、情報を漏らすな!」

 アイゼンは的確で迅速に動いた、しかしそれはもう遅かったのだ。

 今進軍している帝国軍の位置は元はアニマの使徒の魔物たちのテリトリーで、隠密性に優れた使い魔が多数近くに居た事に気付かなかった。


 そしてアニマの使徒たちは知る、今アリスティアがどうなっているのかを⋯⋯

「何という事だ! アリスティア様が!」

「どうすんだよフリーダム!」

「⋯⋯あの銀の魔女の陣地に攻め込むのは不可能だ、こうなったら帝国を滅ぼす! そう脅しをかけて解放させる以外にない!」

「それでもし駄目だったら?」

「もし駄目なら次は王国、そしてその次は共和国もだ、それでたとえ奴らがアリスティア様を殺したとしてもその方が都合がいい、こっちで復活できるしな」

「なるほどな」

「何があろうと、どんな事をしてでもアリスティア様を取り戻す、必ずな!」

 そう宣言するフリーダムの目には、狂気が宿っていた。


 それから暫くして帝国に対してアニマの使徒からの、宣戦布告が伝えられたのだった。

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