06-14 あかい瞳に映る未来

 ローシャの街へと戻ってきたアリシア達は最低限の報告だけで、力尽きてしまう⋯⋯

 ――そして翌日。

 ある程度回復したアリシアはようやく到着したラバンやアルバートそれにすでに来ていた他の各国首脳の前で説明する、事の顛末を――

「そうか⋯⋯」

 ラバンは重く次の言葉が出てこなかった。

 アリシアの事は信用している、そして今回は非常事態だったという事も理解している、しかし――

「こういう事なのだな、我々が知らずにいた方が良い其方の力とは⋯⋯」

「はい」

 しかし、この時のアリシアの心境は何故か心穏やかなものであった。

「父様! アリシアは仕方なく私達を守る為にあんな魔法を使ったのよ、アリシアももう使わないって言ってるし、お願い信じて!」

 そしてフィリスはラバンだけでなく、その場の全ての指導者たちへと頭を下げた。

 それを見てルミナスとミルファも倣う。

「アリシア殿もう一度確認する、あの魔法は本当に上にしか撃てんのだな?」

「はい、大地の魔力を集めて使うので魔法陣が地面に沿ってしか描けないので⋯⋯」

「⋯⋯アリシア殿その魔法を王命により禁呪とする、今後は使ってはならん⋯⋯本来のその時まではな」

 アリシアはラバンを見つめ次に周りの人達を見る、しかし誰も異議を挟まなかった。

「いいんですかそれで」

「そうするしかないというのが本当のところだが⋯⋯そのためにはアリシア殿にも協力はしてもらうぞ」

「協力?」

「我ら王が出来る事は記録を改ざんし事実を隠蔽する事だけだ、だがもし民衆が其方を危険視した場合我らとて庇いきれぬ、最悪国ごと滅ぶ」

「それでも私を庇うのですか?」

「それだけの信頼を積み上げてきたとだけ言っておこう、しかしそれは我々にであって民衆のではない、よって民たちの信頼を得る事を命ずる!」

「えっと⋯⋯具体的に何を?」

 その質問に答えたのはオリバーだった。

「そうだな手始めにここローシャの復興を手伝ってくれんか? あの粘液生物スライムの直接被害は無かったが大地震でかなりの被害が出てな、それにルース湖の後始末もな」

 現在ルース湖は無くなった水が少しずつ回復してはいるが、その生態系には甚大な被害が出ていた。

「そういう事で信頼されるのですか?」

 よく理解できないアリシアにアナスタシアが説明する。

「銀の魔女よ、魔獣や竜を倒すしか能のない我が娘がどれだけ民衆の信頼をつかみ取り、国益に貢献しておると思っている」

「ちょ!母上!?」

「事実であろう」

 突然母に褒められたのか貶されたのかわからない評価を受けてルミナスが困惑する、そしてそれはフィリスにも当てはまる事であった。

「とりあえず送魂祭は延期だ、その間アリシア殿お主にはここローシャの復興を命じる、そして民衆の信頼を得るのだ」

「わかりました⋯⋯それでその対価は?」

「あると思っているのか?」

「⋯⋯」

 そんなアリシアにフィリスが話しかける。

「アリシア私達も協力するから、ねえ?」

 フィリスはルミナスとミルファを振り返る。

「そうね、今度は私が手助けする番よね」

「怪我人の治療くらいならお手伝いできます!」

 こうしてアリシアの初めてのタダ働きが決まったのだ、仲間たちと一緒に。

そしてそれはアリシアにとって案外悪くない気分だったのだ。


 それから数日間アリシア達はここローシャの復興を行った。

 ミルファは地震の時に怪我をした人たちの治療にあたり、ルミナスはこの際取り壊す事となった建物を瓦礫に変えてそれを除去していく。

 アリシアは原型をとどめてはいるが亀裂が入った石壁などを直してその後は、フィリスが住民たちの意見を聞いて間取りやデザインを行った建物を瓦礫を材料にアリシアが創っていく。

 こうして瞬く間に街は復興していくのだった。

 そして住民たちは知っていく、〝銀の髪と赤い瞳の偉大な魔女の後継者〟の存在を、そして共に力を合わせる姫君や聖女の存在を。


 そしてかなり遅れる事になったが森の魔女の送魂祭はつつがなく行われた。

 世界中から旅人たちが集まり師を見送る、そんな光景をアリシアは見届けた。

 師の偉大さを改めてアリシアは感じる、そしてこれからは自分の番なのだという事も⋯⋯

 正直アリシアには未だにそんな重荷を背負う気は無かった、一人だったら。

 何もかも一人でする訳じゃない、やりたくない事は誰かがやってくれる、自分はやりたいと思える事だけをやっていけばいい、これまで通りみんなと一緒に。


 そして一つの時代が終わり、次の時代へ⋯⋯

 偉大だった魔女の後継者とその仲間たちを見届けた人々は思った、これからの新しい時代の素晴らしい予感を⋯⋯




「ふーん、あの子が銀の魔女か」

 そう言いながら一人の小柄な金髪の少女が、人々から祝福される赤い瞳の魔女アリシアを見つめていた。

「はい、その通りです」

「ん!? これ美味しいー」

 しかしその興味はすぐに屋台で手に入れた串焼き肉に移ってしまう。

「こんなの初めて、なにこれ?」

「醤油ですね、二百年ほど前に帝国で広まり始めた調味料ですから知らないのは無理もありません」

「へーそうなんだ! 他にもいっぱい美味しいもの新しいものあるの?」

「ええ、いくらでもありますよ


 ――その少女に応えるフリーダムは数日前のあの忌まわしい出来事を思い出す⋯⋯

 アニマの使徒たちが逃亡を始めしばらくした時とてつもなく巨大な魔力が膨れ上がった、そして振り返るとそこには⋯⋯

 天を貫く光の柱を目撃したのだった。

 そしてそれが銀の魔女の仕業以外にあり得ない事も理解する、しかし到底信じられなかった。

「ばかな⋯⋯起源魔物オリジンがやられた⋯⋯だと」

 フリーダムが崩れ落ちるように地に膝を着いた。

「化け物め⋯⋯」

 リーベもそう罵る以外に何も言えない。

「どうすんだよ、これから⋯⋯」

 普段は陽気で明るいパーチェが完全に素に戻るほどだった。

 彼らアニマの使徒の目的は世界への復讐だ、しかし当時いなかった銀の魔女がこちらの計画を潰して回ったとしてもそれは単なる偶然で恨む気は無い⋯⋯業腹ではあったが。

 あの銀の魔女への対処はアリスティアが復活した後本格的に行っていく予定だった、しかし今回出くわしてしまい完全に敵対してしまったのだ。

 奴らはアニマの使徒を許さないだろう、そして銀の魔女の全面的な支援が合わされればやがて追い詰められるのは自明だった。

 アニマの使徒たちの心に絶望が広がっていく。

 彼らはただ復讐したかっただけだ、そして敬愛する主アリスティアに再び会いたかっただけなのだ。

 どうしてこうなった、どこで間違えた⋯⋯

「畜生! 畜生!」

 アニマの使徒のリーダーとして実質引っ張ってきたのはフリーダムだ、他の二人はあれこれ予定を立てるのが向いていなさ過ぎたからだ。

 しかしそのフリーダムはこの状況をひっくり返すほどの名将ではない、あくまであるじの遺産を使い少数精鋭で暗躍してきたからこ務まっていたリーダーだ。

 そのフリーダムが今折れる⋯⋯この絶望的状況に。

「フリーダム⋯⋯」

「とにかく立て⋯⋯お前がそんなままでは馬鹿な吾輩がリーダーを引き継ぐぞ」

 そのリーベの声はいつもの傲慢さは無かった。

「⋯⋯」

 しかしそんな軽口にもフリーダムは応えられない、立ち上がれない⋯⋯


 ――ピシッ


 突然小さな異音が聞こえた⋯⋯


 ――ピシピシッ


 さらにその音が続く⋯⋯

 そしてその音の発生場所がリーベが背負う大きな布の中からだと理解する。

 リーベは静かにその布包みを地面へと置く。

 そして――

 中の水晶が砂のように崩れて⋯⋯まるで蛹から羽化するように小さな手が出てきた。

 そして立ち上がる⋯⋯が⋯⋯

 今まで纏っていた布がはだけて、その顔が覗いた。

 金色の短い髪、ガーネットのような紅い瞳のまるで人形のような少女が、地に跪くアニマの使徒たちを見下ろしていた⋯⋯


 そして今、その少女に付き従うフリーダムはまるで執事のようでリーベとパーチェは騎士といった趣だった。

「じゃあいっぱい見つけなきゃね楽しくて美味しいものを⋯⋯って、その前に貴方たち仕返しするんでしょ? ならいっぱい造らなきゃね魔物や魔獣こどもたちを!」

「はい!」

 その今のフリーダムはまるで付き物が落ちたようなハツラツさであった、しかし――

 ゆっくりと人知れずローシャを去るアニマの使徒たちは⋯⋯街を振り返り呟く。

「銀の魔女よ今のうちにいい気になるがいい、お前など所詮は偉大なるアリスティア様の踏み台にすぎんのだ。そしてアリスティア様こそがこの世界で最も称えられるべき偉大な魔女だという事を知るがいい」

 彼らはローシャを後にする、誰も気づかずひっそりと⋯⋯

 そして街を出た金の髪の少女はポツリと呟いた。


「あの子とは、仲良くなれるわ」

 その少女の瞳は血のようにあかかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る