06-12 『破滅』への行進

 アリシア達が転移魔法によって避難した場所は大聖堂の前の大広場だった。

「全員無事!?」

 フィリスの声が響く。

「ええ、ミハエルもここに居るわ!」

「⋯⋯三十二、三十三、三十四! 他の人達も全員揃っています!」

「ミルファその人達の数、数えていたの?」

 アリシアは転移魔法で全員を連れて来ていたという確信はあったが、人数までは正確には把握していなかった。

「はい、あの時の私は他にできる事も無かったので」

「すごいわミルファちゃん!」

「さすが! よく見ていた!」

 フィリスとルミナスに称えられてミルファは嬉しそうだった。

 一方アリシアは救出した人たちを見て回る。

「アリシア! その人達は?」

「命に別状はない⋯⋯これなら回復可能」

「そう、よかったわ」

 ルミナスは辺りに倒れている人達を観察する、数人女性も交じってはいるが皆に共通する事はよく鍛えられた体の持ち主だということだった。

「姉様⋯⋯この人たちは最近の冒険者失踪事件の被害者たちだよ、奴らに実験の為にさらわれたんだ!」

「あいつら何者なのミハエル?」

「アニマの使徒⋯⋯そう名乗っていた彼らは⋯⋯」

 そうミハエルが言いかけた時、とてつもない地響きと共に山が割れて大地が砕けた。

 そしては現れたのだった。


 同時刻、アレクはフィリスのメッセージを受け取った後、アクエリア共和国の大統領のオリバーと一緒に対応対策を練っていた。

 しかしそれを遮ったのは突如襲った巨大地震である。

「なんだこの揺れは!?」

 そんなアレクとオリバーの前に伝令兵がやってきた。

「報告します! ローグ山脈が突然割れ中から⋯⋯巨大な化け物が! しかもこちらへ向かってきます!」

 その報告を聞きアレクとオリバーは屋外へと走り、山を見上げた。

「なんだあれは!?」

「巨大粘液生物スライムか!?」

 ここ大統領邸とローグ山脈はそれなりに離れている、しかしここから見てもその存在が確認できるその粘液生物スライムはどれだけ大きいというのだろうか?

「ローシャで使える戦力は全て使い防衛線を構築しろ! アレク殿下は住民の避難の指揮をしてくれ!」

「大統領、私も戦う!」

「殿下! ここを守るのは儂の仕事だ! それに殿下の身に何かあればラバンに顔向けが出来んよ」

 オリバーはそう言って笑ってアレクを諭した。

「わかった、この街の人達は任せてくれ!」

 アレクに住民を託したオリバーは微笑んだ後、戦士の顔で歩き始めた戦場へと。


 同時刻、ここローシャの街にアナスタシアが少数の足の速い兵だけを伴なって到着した。

 敗戦した残りの帝国軍はアルバートに託して置いてきたのだった。

「何じゃ、あの化け物は!」

 遠くを睨むアナスタシアは途方に暮れる、あんなものに一体どうやって立ち向かえばいいのか皆目わからなかった。

 しかし希望はある、銀の魔女という希望が⋯⋯

「とにかく妾たちは大統領邸へ向かう! ⋯⋯頼んだぞルミナス」

 今どこにいるのかわからないがおそらくアリシアと行動を共にしているであろうルミナスを信じるしか出来なかった。


 唐突に現れた巨大粘液生物スライムにアリシアは言葉を失う。

「アリシア! とにかくあそこへ行きましょう! あれをここへ近づけては駄目よ!」

「そうね、あれを倒せるのは私達だけよ!」

「この街を守らないと⋯⋯」

 みんなの言葉がアリシアを動かす。

「よし、やろう!」

 全員が魔法の絨毯に乗り巨大粘液生物スライムを目指す。

「姉様!」

「任せなさい!」

 ミハエルは姉を見送り、ルミナスは弟へ微笑んだ。

 しばらく飛んで近づくと、よく観察できるようになってくる。

 巨大粘液生物スライムが通った後は酷い有様であった⋯⋯大地の表面が削り取られたようになくなっている。

「森が無い⋯⋯」

「地面が腐っている!?」

「⋯⋯多分移動しながら食べているんだよ、あれが」

「あれが食事ですか⋯⋯」

 アリシアの考察にみんなが戦慄する。

 そして全員が同時に理解する、をこのまま放置してはならない存在だと。

「フィリス絨毯をお願い」

 アリシアはそう言って魔法の絨毯の制御をフィリスに託してから、みんなから少し離れたところに魔法で浮かぶ。

「どうする気アリシア?」

「全力全開で吹っ飛ばす、それ以外ない」

 アリシアの前に巨大な魔法陣が浮かぶ、そしてそこへとてつもない魔力が集束していく」

 そしてアリシアの手加減無しの全力の魔法射撃が巨大粘液生物スライムを穿った。

 凄まじい爆音と爆炎の向こうで巨大粘液生物スライムはその体積の三割くらいを失っていた。

「よっしゃー効いたー!」

 ルミナスが拳を握り締めて叫ぶ。

 アリシアの呼吸は少し乱れていた。

「これなら何度か撃てば倒せますね!」

 しかしそんなミルファの期待は破られる。

「アリシア早く仕留めて!」

 フィリスは気づいた、あの巨大粘液生物スライムが攻撃を仕掛けてきたのを。

 目の前の巨大粘液生物スライムが凄まじい魔力を集束し始めた、そして全員が気付くその射線上にはローシャの街がある事を。

 しかしアリシアにはどうする事も出来ない、さっきの魔法攻撃の反動のせいで今すぐ何かをするのは不可能だった。

 ⋯⋯いや万全の態勢であってもあの威力の魔力攻撃をはたして止められるのかどうか⋯⋯そう考えたアリシアが始めて感じる感情⋯⋯それは絶望だった。

 この時フィリスは見た、アリシアの表情を⋯⋯そして全てを悟る、だから――

「ルミナス! 何とかしてーー!」

「任せろーー!」

 アリシアが動けなかったこの瞬間に、ルミナスは閃光のように巨大粘液生物スライムへと向かって飛んだ。

 しかしルミナスはそのまま巨大粘液生物スライムへ突っ込むのではなく、その足元へと着地して即座に魔術を発動した。

「『泥沼マッド・プール』!」

 ここ最近ルミナスがつかんだ分心ぶんしんの極意によって可能となった二つの属性の同時使用、土と水の合成された魔術が『七龍の杖アルカンシエル』によって『増幅』されて、巨大粘液生物スライムの後ろ半分の地面を液化陥没させて――

 次の瞬間、ガクンッと体が傾いた巨大粘液生物スライムから魔力砲が発射された。

 その魔力射撃はローシャの街の上空を抜けて天を貫いた。

「やった、やりましたー」

 興奮したミルファが叫ぶ、そしてその声がどこか遠くに聞こえた⋯⋯今のアリシアには。

 さっきの自分は諦めていた、どうにもできないと思い込んでいた、しかしルミナスはその状況をひっくり返したのだ。

 で⋯⋯

 この時の事をアリシアはずっと忘れる事は無いだろう。


 ――この瞬間、大魔導士ルミナス銀の魔女アリシアの真のライバルになったのだから。


「おとなしくなりましたね⋯⋯」

 そう言いながら全身泥まみれになって帰ってきたルミナスを、アリシアは魔法で綺麗にする。

「おお! ありがとうアリシアさま!」

「ん⋯⋯別にこれくらい」

 そのアリシアの返事はそっけなかった。

「アリシア様がさっきの魔法を撃ち続ければ倒せるんじゃ?」

 そのミルファの考えにアリシアは難色を示す。

「見てみんな、あれを」

 フィリス達が見下ろす巨大粘液生物スライムは今動かなくなったがそれを中心とした周りの森がどんどん枯れ始めその範囲も拡大していく。

「あれは周りの魔力や養分を吸い取って再生している⋯⋯さっきの魔法はそうそう続けては撃てないから次撃つまでにまた再生される、そしてまた周りに被害が広がっていく⋯⋯」

 アリシアの分析はどこか冷めたような感じだった。

「そうか⋯⋯なら核を打ち抜くしかないけどあの巨体じゃねえ⋯⋯」

 そう言いながらもフィリスもお手上げといった感じである。

「アリシア様さっきよりもっと強い魔法一発で倒すというのは⋯⋯無理ですよね」

 ミルファは言いかけた作戦を自分で否定する、それがもしできるならきっとアリシアはこんなに落ち込んではいないのだと察して。

「私とアリシアさまでアレをいったん凍らせればあるいは⋯⋯」

「無理だと思う、中途半端な魔力は吸収される、再生中の今は」

「つまり弱っている今の方が打つ手がないってこと?」

「そういう事になるフィリス、あいつを倒すには再生が終わって魔力吸収をやめてから、一撃で吹き飛ばすしかない」

「⋯⋯そんな事出来るの、アリシアに?」

 フィリスもこんな言い方はしたくは無かったが、相手はあまりにも規格外すぎた⋯⋯

 しばらく沈黙していたアリシアはゆっくりと話し始めた。

「アレを倒せる魔法なら、ある⋯⋯でも問題がある」

「問題って?」

「上にしか撃てない魔法なんだそれは⋯⋯威力がありすぎるってのもあるけど、使う目的が限定的でね⋯⋯」

 アリシアはその魔法の存在と概要を、みんなに話し始めた――

「そんな魔法があったのですか」

「撃つのにかなり時間がかかるのも納得だね」

「少し離れたところに穴を掘って待機するというのは?」

「上手く誘導出来たとしても端っこの方じゃ意味がない、中心が真上に来るまでにその穴に流れ込んでくる」

 全員が考え込む、そのアリシアの切り札をどう使うのかを。

 アリシアの超魔法、それ以外の戦力、相手の性質、この辺りの地形⋯⋯様々な要素が絡み合いルミナスの中で一つの答えになった。

「私にいい考えがあるわ!」

 それはこの後の歴史に⋯⋯ルミナスの大作戦だった。

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