06-11 恐るべき計画

 時間は少し巻き戻る。


 ミハエルはあの後、約一日監禁されたままだった。

 食事などもきちんと出され、どうやらすぐ殺されるようなことは無いとミハエルは思った。

 そしてミハエルは思いを巡らせる、やつらアニマの使徒の目的について。

 今はっきりわかっている事は、奴らがあの破滅の魔女を復活させるつもりだという事。

 そしてその具体的な手段は不明だが、自分が何かしらの条件を満たすためにさらわれてきたという事。

 最後に奴らは帝国に⋯⋯いや世界に対して復讐するつもりだという事だ。

 この食器を叩き割りその破片で喉を突いて死ぬことが最善かもしれない⋯⋯そんな考えがミハエルの脳裏に浮かぶが、恐ろしくて出来なかった。

 死ぬのが怖かった⋯⋯父や母に、そして何より姉にまた会いたかった。

 ミハエルが普段どれだけ大人びていても、やはりまだ九歳の子供なのだ。

 そんなミハエルの思索は中断される、扉を開けアニマの使徒たちが入ってきたからだ。

「出ろ、準備が出来た」

「準備?」

 その質問には答えずミハエルをどこか別の場所へと連れていく。

 逃げる⋯⋯そんな考えが頭をよぎったがすぐ近くに居る長身の男を見て諦める、その男はミハエルの目の前で帝国騎士団をまるでゴミの様に葬った怪物なのだ。

 そしてミハエルが連れてこられた部屋は、床一面びっしりと魔法文字ルーンが刻まれて何かの儀式を行うのだと思わせた、しかしそれ以上にミハエルの興味を引いたのはその床一面にたくさんの人が寝かされていた事だった。

「彼らは一体?」

「サンプルさ」

 以外にもその質問には答えがあった、答えたのは背の低い男だった。

「パーチェ! ちっ、まあいいどうせ聞いてもすぐ忘れるし構わんか」

 最後の中間ぐらいの身長の男が話し始める。

「ミハエル殿下、あなたはマテリアルだ今から始める実験のな」

「じ、実験⋯⋯どんな?」

「まずお前の魂を消す、そしてその体をただの器にする、そしてその後にこの周りのサンプル共の魂をお前の体へと移すのだ」

「⋯⋯は!? 意味がわからない、なんでそんな実験を!?」

 ミハエルは怯える心を抑えながらできる限り冷静に勤めた、彼らが〝実験〟と言った事が違和感の原因だったからだ。

 もし単純にミハエルの体に別の魂を移す⋯⋯もしそんな事が可能なのだとすれば、それは何者かがミハエルに成り代わるという事だ。

 そしてミハエルは帝国皇子であり次期皇帝だ、国を乗っ取る事や滅ぼす事も可能だろう。

 しかし〝実験〟ならばそんな事はしないだろう、つまり別の目的があるしかしそれが何なのかミハエルには見当がつかなかった。

「決まっているだろう、アリスティア様を復活させる為の魔法の練習台だ」

「はめ⋯⋯アリスティアは死んだんじゃないのか?」

「ちっ⋯⋯何も知らんのだなこのガキは、アリスティア様は例え死んで肉体が滅んでも事前に造って用意しておいた体さえあれば、魂をそちらへ移して何度でも甦れるのだ」

「だがアリスティア様は何処かわからん場所に今生きたまま封印されている」

「予備の体はここにあるんだよ、だから今魂が入っている体が死んじゃうとこっちで復活できるのにねー」

「つまりマテリアルお前サンプルこのカス共を使って実験するのだ⋯⋯生きている体から魂を強引に呼び寄せる魔法のな」

 そのおぞましく恐ろしい計画をミハエルは理解していく、しかし一つだけわからない⋯⋯

「なぜ僕を選んだ!?」

「我らとて一朝一夕で実行できるなどとは思っておらん、何度も試すためにはそれなりのマテリアルの強度が必要なのだ、忌々しいが帝国家は代々優秀だからな、まあサンプルの方は使い捨てのカスでも数さえあれば構わんがな」

 そう言いながらアニマの使徒たちは笑いあう。

「さあお別れだ殿下、最後に一つ教えておこう⋯⋯お前はあの魔導皇女の代用品さ、本当はあっちを使いたかったんだ、余計な事ばかりしやがったあのクロエ・ウィンザードクソ皇帝そっくりな女をな!」

「⋯⋯姉様!」

 その瞬間扉がはじけ飛んだ。

 虚を突かれたアニマの使徒たちが見たのは恐ろしい形相でこちらをにらむ、魔導皇女ルミナスとその仲間たちだった。

「お前たち! ミハエルから離れろ!」

 飛び込んできたルミナスを捌くだけならリーベにとっては簡単な事だったのだが、その後方に控えるアリシアの魔法による援護射撃によって距離を取るしかなかった。

 その間にフィリスとミルファが男たちとミハエルを抱きしめるルミナスの間に割って入っていた。

「ミハエル約束したでしょう、必ずあなたを守るって」

「姉様!」

 力いっぱいミハエルはその頼もしい姉を抱きしめた。

 フィリスが見つめる正面に男たち、後方にルミナスたちそして側面からアリシアが狙っている。

「くそ! 何故ここに居る! どうして察知出来なかった!」

 そんな男たちをアリシアは冷ややかに見つめながら答える。

「貴方たち魔女のしもべのくせに知らなかったの、魔女とはそういう存在モノだって事を」

 男たちはアリシアをにらみながら罵る。

「貴様ーー!」

「落ち着けフリーダム」

「そうだよ、ここはいったん逃げるしかないよ」

 アニマの使徒たちは一瞬目を合わせて意志を統一する、成すべき事を。

 そして弾かれるようにリーベ一人を残して、フリーダムとパーチェはそれぞれアリシア達が入ってきたのとは違う別の扉を目指し走り出す。

 その逃亡を阻止しようとしたアリシアとフィリスの前にリーベが立ちふさがる、そしてその体が一回り大きくなり着ていた服がはじけ飛び全身の筋肉が肥大し始めた。

「超人化?」

 そう叫んだフィリスにアリシアはとっさに警告する、あれは危険な相手だと。

「フィリス、相手は化け物だと思って戦って!」

 フィリスの持つ『理想の剣アルカディア』が蒼く輝き振り下ろされ相手の長く伸びた爪をあっさりと切り飛ばした、しかし次の瞬間にはまた爪は生えそろい元へと戻る。

「フィリス!」

 その背後のルミナスの声に反応したフィリスは迷うことなくサイドステップでルミナスの射線を開けた。

「『滅刃の重水弾アクアマリン・スプラッシャー』!」

 その飛んできた水玉をリーベはあっさりガードする、しかしその次の瞬間圧縮された水は刃となってリーベの腕を切り裂いた。

「ぐは! 吾輩のこの鋼の肌を切り裂くとは⋯⋯」

 そしてリーベはルミナスを睨みつける。

 即座に追撃しようとしたフィリスの剣が止まった、ガタガタとダンジョンが揺れ始めたからだ。

「じっ地震!?」

「地震ではない我々アニマの使徒の、最強最悪最後の切り札が目覚めたのだ!」

 それがはったりではない事をアリシアはすぐに理解する。

「地下からとんでもない魔力反応が大きくなっている!」

 そのアリシアの言葉に今まで冷静に戦局を見つめていたミルファはさっき逃がしたどちらかが、何かを目覚めさせたのだと察した。

 そしてフィリスの中で何かがヤバいと直感した。

「アリシア! いったん逃げましょう!」

「え!?」

「アリシアさま早く!」

 フィリスだけではなくルミナスまで撤退を進言した以上、アリシアもそれ以上意地を張らなかった。

 アリシアはそこに居たリーベ以外の全ての人を転移させた。

 そしてリーベの目は、消えていくルミナスを最後まで睨みつけていたのだった。


 リーベは走り続けた、この崩れゆくアリスティアの工房の通路を。

 さっきリーベは死んでも構わないと思っていた、の面影があるルミナスを道連れにして。

 しかしこうして生き残った以上はまだやらなくてはならない使命が残っている。

 敬愛する主を守る為に、そして志を同じくする同志達と共に戦い続けるために。

 そして脱出に成功したリーベは、あらかじめ決めておいた合流地点で仲間たちと再会した。

「リーベ! 生きていたか!」

「吾輩は不死身だ! それよりそっちはどうだ! 上手くいったのか?」

「ああアイツの封印は解いたよ! もう誰にも止められないさ!」

 そうヤケクソの様にパーチェは笑った。

「こっちも無事運び出せた」

 そう言ってフリーダムが大きな布に包まれはモノを愛おしげに見つめる。

「もうここは駄目だ⋯⋯別のアジトへ移動するアリスティア様と一緒にな」

 その布がはだけた所から大きな水晶がのぞき、その中には金色の髪の少女が浮かんでいたのだった。

「では運ぶぞ⋯⋯せいぜいには時間を稼いでもらいたいものだな、吾輩たちが逃げる時間をな」

「でもどうすんの⋯⋯」

「知るか! 作戦は全て滅茶苦茶だ、あいつらのせいでな! せいぜい手を焼くがいいさ! 寿命を迎える以外止める手段など無い、〝起源魔物オリジン〟にな!」

 そのフリーダムの言い草は自暴自棄なものだった。

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