06-10 ルミナスの誓い

「――こうして世界中を争わせようとした破滅の魔女は、森の魔女によって倒されたのでした」

 そうルミナスはまだ幼い弟のミハエルに絵本を読み聞かせ終えた。

「怖い魔女なんだね破滅の魔女は⋯⋯ねえ、姉様。 もう破滅の魔女は出てこないよね」

「さあどうかしらねミハエル、あなたが悪い子になったら甦るかもしれないわよ」

「いやだよそんなの、僕いい子にするよ⋯⋯でももし破滅の魔女が現れたら、姉様守ってくれる?」

 そんな愛する弟を抱きしめながらルミナスは約束する。

「ええミハエル、あなたはこの私が必ず守ってあげるから⋯⋯安心しなさい」

「約束だよ姉様」

 ――それは今から五年前の、ルミナスの誓いだった。


「まずミハエル殿下の行方を突き止める」

 そう言いながらアリシアは収納魔法から地図を取り出す。

「ハウスマン! 襲撃を受けた場所はどこ!?」

 ルミナスの命令にハウスマンは答える。

「ルミナス殿下ここです、ローシャまでの最後の山越えを始めるこの辺りです」

 その報告を聞きルミナスは考える。

「襲撃から一日経っている、ただ逃げるだけならキマイラも居たしかなりの距離を飛べる、けどこの辺りのローグ山脈なら⋯⋯」

 ルミナスが真っ先に考えた可能性はローグ山脈のダンジョンだ。

 ダンジョンとはかつて存在していた魔女の工房の一種である、魔素溜まりに洞窟や塔を作り辺りの魔素を吸収し何かしらの儀式など行った施設だ。

 そしてそんな施設はその主たる魔女を失った後も存在し続け、魔物や魔獣の巣窟と化して現在でも多く残っている、そしてそんなダンジョンはローグ山脈には数多く残されている今回襲撃があった場所の近くにはダンジョンは無かったはずだが作る事の出来る条件を満たしている、だから未だに未発見のダンジョンがその辺りにあってもおかしくはなかった。

 そうこうする内にアリシアの準備も終わったようだ、その手にはペンデュラム型の魔法具が握られている。

「ルミナスこれに血を」

「私のでいいの?」

「ホントは本人のがあればいいんだけど、兄弟なら似てるし少しは探知できるはず」

 それを聞きルミナスは迷うことなく指を切り、ペンデュラムに血を捧げる。

 そしてアリシアの手のペンデュラムは不自然に揺れ始め、やがて微かに傾き止まる」

 それを見たフィリスはその下の地図を方角に合わせて回す。

「方角はこっち、そして距離は⋯⋯大体この辺」

 アリシアの指さす場所、そこはローグ山脈の一角だった。

「その辺りにダンジョンがあるという話は聞いたことがない⋯⋯つまり未発見の遺跡か!」

 そう叫びながらルミナスは話も纏めず、別荘を飛び出す。

「アリシア! ミルファちゃん! 私達も行くわよ! 誰か大使館のアレク兄様に伝えて!」

 そのフィリスの命令を聞き一人のメイドが走っていく。

 そしてアリシア達が別荘から出た時にはもうルミナスはおらず、自分の魔術で飛んで行った後だった。

「私達も追おう」

 そう言ってアリシアは魔法の絨毯を取り出し、みんなを乗せた。

 そしてミハエルの元へ向かうルミナスの後を追うのだった。


 結局ルミナスが見境なしに速度を上げた事とローグ山脈までの距離がそれほど離れてはいなかった為、アリシア達は追いつけなかった。

 問題の地点へ到着したルミナスは空中では静止できない為グルグルと旋回し続けながら考える、どうやってこの広い場所からミハエルを見つけるか。

「⋯⋯よし!」

 ルミナスは空高く駆け上がっていく、そして――

 ――術を解いた。

 頭から地上へと落ちていく、そしてルミナスは目を閉じ感じる、ミハエルの存在を⋯⋯

 ――ミハエル、あなたは今どこにいるの?

 迷いなんて無かった、出来ないなんて欠片も思わなかった、ただ思ったのだ自分にはミハエルを見つけられると。

 そしてアリシア達が追いついたとき見たものは、地面へと落ちていくルミナスの姿だった。

「ルミナスーー!」

 アリシアは魔法の絨毯から飛び降り、箒を掴んで全力で加速する。

 地表すれすれでアリシアはルミナスをキャッチした。

「ルミナス! 何をやっているの!?」

「見つけた! 見つけたわミハエルを!」

 その様子でルミナスが何をしていたのかアリシアは理解する、どうやってミハエルを見つけたのか、そしてその覚悟を。

「アリシアー! ルミナスー!」

 二人のところにフィリスが制御した魔法の絨毯がたどり着いた。

 そしてフィリスはルミナスを見て、その頬を叩いた。

「バカルミナス! 一人で突っ走ってるんじゃないわよ!」

「⋯⋯ええありがとう、みんな力を貸してもう一度」

「何度だって貸すわよ、友達でしょ!」

 そう言ってフィリスはルミナスの手を握った。

 そしてその上にアリシアとミルファの手も重なる、あの時の様に。


「無茶をした甲斐はあったわ⋯⋯こっちよ」

 そうルミナスが案内する場所はただの岩の壁だった、しかしアリシアの魔女の眼は誤魔化せない、そこが偽装された偽りの壁である事を。

 アリシアであってさえここまで近づいたからこそわかったのだ、もしルミナスが無茶をせず辺りをうろうろ飛びながら探っていたなら、発見は困難で時間はもっとかかっていただろう。

 そしてアリシアは出来る限り気付かれない様に、静かにその場所をみんなと共に通過した。

 その中は異様な空気だった。

「ここは魔女の工房だね」

「工房? なんなのそれは」

 アリシアが解説する。

「私も魔の森に何か所か作っているからわかる⋯⋯魔女は自分の魔法の研究をしやすくしたりするために、こうした工房を作って隠す、そしてそれはダンジョンなんて呼ばれ方もする」

「魔女の工房⋯⋯てことはこの先に魔女がいるの?」

「⋯⋯わからない、ずっとここで引きこもってて魔力も隠蔽してきたのなら居てもおかしくはない、そしてもしいたら私が対処する、みんなは絶対戦わないで逃げて」

 そのアリシアの言葉にフィリス達はそれぞれの手に持った武具を強く握りしめる。

 いくつかの仕掛けや隠し扉をアリシアは簡単に解除して抜けて広い部屋に辿り着く、そこは異様な部屋だった。

 たくさんの円筒形の水槽が並びその中にいくつもの人影が浮かんでいる。

 近づいてみるとそれらは小鬼ゴブリン鬼人オーガ人狼ワーウルフといった魔物たちだった。

「魔物⋯⋯魔女が造りし生物か」

 そうそれらはこのグリムニール大陸の魔素溜まりに主に生息する二足歩行型の異業種、それが魔物である。

 そしてそれら魔物は自然な進化によって生まれてきたわけではなく、過去の魔女が何らかの目的で造りそれがやがて野に放たれ自然繁殖した存在なのだ。

 つまりこの施設は生きているのだ、この先には未知の魔女がいる可能性が高いと思いアリシアはいつでもみんなを逃がす心づもりを始めていた。

 そしてさらに奥へ通路を通って向かう先にその部屋があった。

 静かに近づく⋯⋯そしてその部屋の中から狂ったような人の笑い声が聞こえてきた。

 アリシア達は念話の魔法具を使い話す。

(どうする?)

(当然入るわよ!)

(大丈夫でしょうか?)

(行きましょう)

 そしてアリシアの魔法によって扉は開かれた、そしてそこにはミハエルとそれを取り囲むように並べられた多くの人と、いかにも怪しい黒ずくめの男たちが三人いたのだった。

 それを見たルミナスは激昂する。

「お前たち! ミハエルから離れろ!」

 突然の乱入に虚を突かれた男たち、そしてミハエルへ駆け寄ろうとするルミナス。

 今ここに戦いは始まった。

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