04-16 失墜する心

 逃げて来てしまった

 何もかも、フィリス達までほったらかしにして。

 そうアリシアが気付いたのは、自室のベッドの上でのことであった。

 何もかもが真っ白になり、動揺し気づくとここに居た。

 考えがまとまらない、フィリス達を置いてきたことも含めて大変な事をやらかしたのに、何をどうすればいいのかわからない。

 そして、アリシアの時間は無為に過ぎていく。


「どうぞ狭いところですが⋯⋯」

 そう言ってフィリス達が銀色の髪の女性に案内されてきたのは、やや村はずれのこぢんまりした家である。

「いえお構いなく」

 そう遠慮がちにフィリス達はその家に上がる。

 それからすぐに一人の男が息を切らせながら駆け込んできた。

「ルシア! アリシアが帰って来たってほんとうか!?」

 その男はすぐに妻以外の誰かが居る事に気付いたが、それが自分の娘ではない事もわかった。

「ええアルド⋯⋯帰って来たわ。 もういないけど⋯⋯」

「そうか⋯⋯ あんたたちは誰だ?」

 ここで初めてフィリス達は名乗る事になる。

「私たちはアリシアの友人でフィリスといいます」

「ルミナスと申します」

「ミルファです」

 あえてフィリスとルミナスは自分が王族だとは名乗らなかった、今のこの夫婦にはこれ以上の負担をかけたくなかったためである。

 しかし夫婦にはその洗練された礼儀作法からおおよその正体には察しがつき、その場で膝を付こうとするがそれを慌ててフィリスは止めた。

「やめてくださいアリシアのお父様とお母さま、今の私たちは貴方がたの娘の友人、それだけですから」

 その言葉からしばらくして、ようやく夫婦がポツリポツリと話始める。

「やはりアリシアは私たちを恨んで⋯⋯会いたくは無かったのでしょうか?」

「そういう訳じゃないと思います、ただ今日会う事を想定してなかったから動揺してるだけかと」

「その、アリシアから何か私たちの事を聞いた事はありませんか?」

「そういう話は無かったですね⋯⋯」

「私達は娘に恨まれて当然です、なにせこの村の未来の為に森の魔女様に差し出したのですから⋯⋯」

 その説明によってフィリスはやっと納得したのだ。

 今から十四年前の大干ばつから驚異の復興を遂げ、その後数年でここまでの大収穫をもたらすようになった原因を。

 そしてその真実は国へは一切報告されてはいなかった、おそらく村ぐるみで完全に情報を秘匿していたのだろう。

 もしこの事実を知っている国とアリシアが対立する様な事があったら、この村を人質とする事も可能性としてありえた未来だからだ。

 後ろめたい思いもあったのだろうが、いずれ大きく成長するアリシアの足を引っ張りたくなかったのだと、ここの村人たちは考え行動をしたとフィリスは思った。

「確かにアリシアは両親の事を話しませんが恨んでいるようにはとても思えません、師匠である森の魔女様をとても尊敬し慕っていますし、魔女となった事に誇りや楽しみを見出している様に見えますから」

「では何故会ってすぐに、行ってしまったのでしょう?」

「本当のアリシアはご両親の事をどう思っているのかは想像つきませんが、アリシアがとても立派な魔女になったのだけは確かです⋯⋯おそらく両親に会いたくない理由はその辺りじゃないかと」

 ルミナスはそんなフィリスの推察を聞き、心の中で同意する。

 自分たち王族は、王族として立派であればあるほど、時には非道で血も涙もない決断もする。

 アリシアがあれほどの力を身に着けるまでに、どれほどモノを糧としてきたのか想像もつかない。

 そしてそれは一般人の価値観だと間違いなく人の道を外れている、両親に会いたくない合わせる顔が無い、納得できる理由だった。

「だとしても一度会って謝りたかった、娘にそんな業を背負わせたのは私たちなのだから⋯⋯」

 そう言いながらアルドは、泣き始めた妻のルシアの肩をそっと抱きしめる。

 そのこぼした涙が、フィリスを突き動かした。

 その懐から通魔鏡を取り出し、アリシアを呼び出す。

「アリシア! アリシア! 聞いてる? ねえアリシア!」

「出ないようね」

「そう、そっちがその気なら⋯⋯行くわよみんな! あ、アリシアのお父様とお母様一先ずお暇します。 安心してください、必ずアリシアはもう一度ここへ連れてきますから」

 そう言い放ったフィリスはすぐに家をでる、それをあわててルミナスとミルファも追う。

 家に残された夫婦は、ただ見送る事しか出来なかった。


 そしてそんなフィリスを見送る者がもう一人この村にいた事を、誰も気付かなかった。


「どうする気よ?」

 ルミナスは聞かなくても分かるが、一応確認する。

「アリシアの所へ行く」

「でもどうやって?」

「決まっているでしょミルファちゃん。 魔の森を突っ切る⋯⋯それ以外ないでしょ!」

「覚悟を決めなさいミルファ、このバカは言い出したら聞かないから」

「出来るでしょうか?」

「しなくちゃいけないのよ、それがアリシアを支える私達の使命なんだから!」

「まあ仕方ないわね、このままじゃ今日帰れなくなるかもしれないし」

「わかりました、お供します」

 アリシアの為にとならば、ミルファの覚悟も一瞬であった。

「待ってなさいよアリシアーー!」

 そしてこれがフィリス達にとっての、魔の森への本当の挑戦なのだった。


 魔の森へ辿り着いたフィリス達の侵攻が始まる。

「いいフィリス極力戦闘は避ける、最速で最短距離で突っ切る、これしかないわ!」

「頼りにしているよルミナス!」

 そしてミルファは無言で盾を構える。

 森へ入ってからルミナスは常に索敵魔術で周囲を警戒し、そして魔の森の中心の魔女の庵を目指す。

 本来ならば道に迷うしかないが、今のルミナスにとってはそうではない。

 何故なら目的地である魔女の庵には、自分の分身ともいえるまでに成長した精霊樹があるからだ。

 その精霊樹とのつながりを辿れば少なくとも方向だけは見失わない、安全かどうかはともかく最短距離だけは確実だった。

 そもそもこの魔の森に安全なところなど無い。

 こうして比較的早くフィリス達は深層エリアへと侵入した。

 そしてそこは自身の縄張りを犯す事を許さない、魔獣の住処だった。

「ええい! しつこい!」

 今まさにその魔獣はフィリス達を追い続けていた。

「やるしかない! ルミナス!」

「わかったわよ! ミルファは私を守って!」

「はい!」

 それは以前の魔の森で自然に身に着いた陣形である。

 フィリスは遊撃、ルミナスは後衛でミルファはその守備に就く。

 しばらくその陣形は安定し機能していた、しかしその魔獣がルミナスに向かって正体不明のブレスを放ったことによって状況が一変する。

 あわてずミルファはその盾で、そのブレスから自身とルミナスを守る、しかし異変が起こった。

「盾が石に!?」

 その事態にミルファは意識がそれて、追撃の体当たりをそのまま受け止めてしまった。

 元々アリシアが創ったこの盾は不思議な魔法がかかっており、あらゆる衝撃を受け流してしまう。

 だが石化してしまったことによってこの盾が持つ力が十分に発揮できず、ミルファは吹っ飛ばされてしまった。

 後ろにいたルミナスはそのミルファを受け止め、ダメージを軽減するがそのせいで転んで立てない。

 フィリスは二人を守るべく間に割って入った、そしてその鋭い爪を剣で受け止める。

 この瞬間、フィリスの持つ剣から嫌な衝撃が伝わって来た。

 ようやく起き上がったルミナスは決断し、最大の奥義の封印を解く。

「フィリス下がって! 『真紅の極炎鳥クリムゾン・イーグレット』!」

 その段違いな火力を秘めた魔術が、魔獣を焼く周りの森ごと。

 しかしそれでもその魔獣は死んではいない、最後の力を振り絞りフィリスへ襲い掛かった。

 だがその魔獣がフィリスに触れることは無かった、その直前でバラバラのコマ切れになって崩れ落ちていく。

 それをただフィリスは眺めていた。


 雨が降って来た、それによってルミナスが放った炎は消えていく。

「なにをやっているの⋯⋯」

 雨に打たれてずぶ濡れになった、ローブも着ていない、魔女帽子もかぶっていないアリシアが、フィリス達を見つめていた⋯⋯

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る