04-17 二つの心
ベットの上でうずくまり放心していたアリシアを我に返らせたのは、使い魔である
森の中で大規模な火の魔術が使われた事はすぐにわかった、それがルミナスの仕業だとも。
そしてみんなが危険だという事もすぐに理解する。
アリシアは脱ぎ散らかした帽子もローブもほったらかしのまま転移した⋯⋯みんなを守る為に。
「なにをやっているの⋯⋯」
その言葉はアリシアの口から自然と零れた⋯⋯
親から逃げ出し、みんなをほったらかしにして、危険な目に合わせて⋯⋯本当に自分は何をやっているのか。
「アリシア⋯⋯」
「ほんとに何やってんだろ私は⋯⋯師に誇れる魔女になるためやってきたハズなのに、誰にも胸を張れない⋯⋯情けない⋯⋯」
「アリシア、とりあえず戻りましょう」
そうフィリスは優しく語りかける。
やがて四人は魔女の庵へと転移した。
皆の家の前に着くと一先ずフィリス達は体中の泥を落とすべくお風呂へと向かう、しかしアリシアは自分には必要ないと一人魔女の家に戻っていった。
それを見てフィリス達はしばらく時間をおいた方がいいと判断し、三人だけでお風呂へ入る事にする。
魔女の家に戻ったアリシアは、すぐに服を着替えてその身を魔法で清め終える。
そして皆の家へ向かうと、脱衣室においてある皆の服を魔法で綺麗にした。
「みんなはゆっくりでいいから」
アリシアはそう扉の向こうのフィリス達へ伝えた後、返事も聞かずにリビングへと向かった。
そして皆がお風呂から出てくるまでに、気持ちの整理を付けようとするのだった。
「ああ、アリシア怒ってるのかな⋯⋯」
「違うでしょ、あれは自分を見失っていた事への自戒でしょ。 怒らせたというなら火の魔術を使った私の方が⋯⋯」
「でもそのおかげでアリシア様に気付いてもらえたから、全員無事なわけですし⋯⋯」
そうあれはルミナスの賭けだった、このままではたどり着けないならアリシアの方から来てもらえばいいという。
だがその代償は大きい。
「ああ、お風呂から出たくない⋯⋯」
こうしてやや長めの時間が経つのであった。
みんながお風呂から上がってくるまでの間アリシアは、フィリスの剣とミルファの盾を見て愕然とする。
剣には亀裂が入っており、盾は石になって欠けていた。
あと少し遅ければどうなっていたのか、想像するとゾッとする。
とりあえず魔法で修復しておくがアリシアの気は晴れない。
ただの怪我ならこの武具の様に簡単になおせる、しかしもし死んでいたら⋯⋯そう考えるとアリシアの身がすくむ、死んだ者はもうどうする事もできないからだ。
同時にアリシアは思い知る、あの三人をどれだけ大切に思っていたのか、そしてそれをほって帰って来てしまった自分の愚かさを。
しばらく後悔や反省を反芻し続けて、それなりの時間が経った頃にフィリス達が出てきた音に気づいた。
「アリシア⋯⋯服ありがとう」
「そのくらい別に⋯⋯」
「剣、直してくれたんだ」
「そのくらい別に⋯⋯」
「⋯⋯アリシア心配かけてごめん」
「みんなのせいじゃない、私が全部悪いんだ⋯⋯」
「すこし話し合いましょう⋯⋯一体何が駄目だったのか」
「⋯⋯ええ」
長い話し合いが始まる。
「アリシアあなたはさっき全部自分が悪いって言ってたけど、何がいけなかったと思っているの?」
質問するフィリス、うなだれるアリシア、それを見てとりあえず怒られずにホッとしているルミナス、無言で成り行きを見守るミルファ。
「⋯⋯突然親と会って動揺してみんなを置いて逃げてきた事、すぐ迎えに行かなかった事、みんなを危険な目に合わせた事⋯⋯上げたらきりがない」
フィリスにとってもこんなアリシアを見るのは初めてだ、相当こたえているのはよく解るが解決のためにはその原因が何か、知らなくてはならない。
「アリシア一つ一つ解決していきましょう。 まずどうしてご両親から逃げたの?」
「⋯⋯合わせる顔が無いと思ったから」
「合わせる顔が無い? 恨んでいるとかじゃなく?」
「恨む? なんで?」
「だってアリシアの意志を無視して、ご両親はあなたを森の魔女様に引き渡したのでしょう?」
「それが何? 正当な取引で自分の意志も無く自活もできない子供を、どうしようと親の勝手でしょ?」
そのアリシアの答えにフィリス達は表情が曇る。
「じゃあ顔向けできないってどういう意味?」
「⋯⋯私は師に引き取られて魔女として育てられた事を幸運だと運命だと思っている、そして師の様な立派な魔女になる為に努力も惜しまなかった、しかしそんな生き方は普通の人間の両親には誇れたものでは無い、悲しませると思っているから」
そのアリシアの答えにフィリスは違和感を感じる、決して嘘を言っているわけではないが何かがおかしいと。
そして気付く、アリシアの根底にある歪みに。
「そっか⋯⋯前からなんとなく思っていたけど今確信した、アリシアあなたはおかしい」
「えっ?」
突然フィリスにそんな事を言われたアリシアは困惑する。
「これはアリシアが悪いんじゃなくて、あなたを育てた森の魔女様の仕業だと思う」
「師が一体何をしたというの?」
アリシアが尊敬し信頼する師を侮辱する様な言葉を、フィリスから聞きたくない、しかし、
「アリシアあなたに、魔女としての心と人としての心を同時に植え付けた事だよ」
「⋯⋯どういう事?」
「取引の結果を当然の物として受け入れる魔女の心と、その結果が両親を悲しませると思う人の心、その板挟みになっているって自覚がアリシアにはある?」
「⋯⋯そうなの?」
「きっと森の魔女様は魔女の心と人の心、どっちか片方だけだといつか取り返しがつかない事態になるそう思ったのでしょうね、結果として今アリシアは苦しんでいるわけだけど決して越えられない取り返しがつかないような事態じゃないし」
「⋯⋯」
「なるほど魔女の心だけだと融通が利かなくて、いずれ世界の全てを敵に回す恐れがある」
「人の心だけだと良かれと思ってむやみやたらにその力を使って、世の中を混乱させるかも」
ルミナスとミルファも、フィリスが言いたい事は何となくわかるらしい。
「アリシアあなたはこの世界最後の魔女だから、助けあえる他の魔女はもういないから人の心がわかる様に育てられたのよこの世界で孤立しない様に、でも同時に魔女としてのアリシアが自分を守れる様に魔女の心も持たせた、そんな所かしら?」
「師がそんな事を」
「森の魔女様はあなたが両親に胸を張って会いに行く事を、何よりも望んでいたんじゃないかしら」
「それなのに私は師の期待を裏切り、両親から逃げ出した」
「まだ手遅れじゃないよアリシア⋯⋯生きてさえいればいつでも会いに行ける、でもいつまでも生きているなんて保証はどこにもないんだから、その時になって後悔しないで」
アリシアはフィリスが母を早くに亡くしている事を知っていた、だからその言葉に心を動かす強い力があった。
「まだ手遅れじゃない、やり直せる?」
「ええ、ご両親はあなたに会いたがっていたわ」
少しの時間アリシアは目を閉じてそして⋯⋯
「わかった、会ってみるよ両親に」
そのアリシアの決断にフィリス達もホッとする。
「じゃあ、今から行きましょう」
「え゛⋯⋯いや心の準備が、明日じゃ駄目かな⋯⋯」
フィリスの様子が変わった。
「アリシア、いま会いに行くって言ったよね」
「いや今とは⋯⋯」
「今から行くの! いいね!」
「はい!」
そんなアリシアとフィリスを見ながらルミナスは小声でミルファに話す。
「普段温厚な分怒ると手がつけられないのよね⋯⋯」
「そうなんですか⋯⋯」
それからアリシアが身だしなみを整えてからすぐに四人は、ソルシエール村へ転移したのだった。
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