02-12 聖女の贖罪
ミルファは生まれて間もない時、アクエリア共和国のとある孤児院の前に捨てられていた。
別段珍しい事では無い、さまざまな事情で子を育てられない親が、孤児院に我が子を捨てるのは。
そして、ミルファはごく普通に育てられていく。
そんなミルファに転機が訪れたのは、五歳になった時のことである。
ちなみにミルファの正確な誕生日は不明だがほとんど生まれたてだった為、捨てられていた五月の初めの日が、便宜上の誕生日となっている。
その頃、ミルファが育てられてきた教会付属の孤児院で、全ての孤児の魔力測定が行われた。
これは不幸な出自でも、より良い未来を掴める可能性のある子を見逃さずに、後に自立を促し易くする事が目的で、定期的に行われている。
そしてミルファの資質が発掘された、しかも希少な光属性である。
すぐに教会はミルファの才能を伸ばすべく、教会が運営する神学校へと移す事にした。
そしてミルファも特に不満も無かった、そのまま孤児として育てられるより、より素晴らしい未来が開けたのだと感じたからだ。
それからのミルファは神への感謝を忘れず、才能を伸ばす努力を惜しまなかった。
多くの者達が脱落していく中、ミルファは着実に実力を伸ばし、聖女見習いになったのは八歳の時である。
聖女見習いになったミルファはこれまでの訓練ばかりの日々では無く、現場に出て実地で学ぶ機会が増えていく、それはそんな事例の一つだった、各地の孤児院を巡り炊き出しなどの奉仕活動に参加したのは。
その孤児院は酷い有様だった、子供達は痩せ衰えボロを着るそんな所だった。
子供達は久しぶりにお腹いっぱいに食べ暖かい服を着て眠りにつく、しかしそれは一時的な事だ。
すぐにまた同じ状態に戻ってしまうのだろう、そうミルファは考えた。
そして、ミルファは思ってしまったのだ。
――こんな所に居なくて良かった⋯⋯と。
ミルファの神に祈る時間は減っていった、その分修練の時間に充てられるようになる。
ミルファは戻りたく無かったのだ、あの孤児院に。
しかし、ミルファの努力そのものは実を結んだ、同世代の聖女見習いの中では飛び抜けた実力に成長し続けて、ミルファが正式に聖女へと認定されたのは十歳の頃である。
それまでのミルファは町の中の治療院等で実習に励んでいたが、聖女になって以降は郊外へ派遣される事が増えた。
大きな魔獣討伐隊に随行し彼らの負傷を治す事、それがミルファへ与えられた使命だったのだ。
もちろんミルファ以外の聖女も複数参加していたが、その中でもミルファは人一倍多くの人達を治し続けた、そして真っ先に魔力を使い切り意識を失った。
ミルファの意識が戻ったのは帰りの馬車の中での事だった、そして教会に戻ったミルファは後に知ってしまう。
その時の討伐隊に死者が一人出ていた事を。
この事が、ミルファの心に大きな影を落としていく。
あの時、力尽きていなければ、その人も救えた筈なのに⋯⋯と。
実際にはこの死んだ隊員は即死だった為、誰かに責任が有った訳ではない、しかしその事実をミルファが知ることはなかった。
ミルファは神に祈らなくなった、ただひたすらに力を高める事に傾倒していく。
今度こそ〝全てを救う為に〟⋯⋯
多くの聖女がその後、その地位に胡座をかき成長を止めてしまう中、皮肉にも祈る事を忘れたミルファの実力は伸び続け、協会の上層部に認められていく。
ミルファが国外へも派遣される様になったのはこの頃、そしてルミナスとも出会い幾度か言葉を交わす機会を得るのだった。
何度も何度も、時には自分から志願して多くの戦場を渡り歩き、最も多くの人達を救いながらも、誰一人死なせずに済んだ事は無かった。
何故救えない、どうしても後一人が救えない、一体何がいけないのか、まだ努力が足りないのか、私の何がいけないのか、神はどうして自分にこんな試練を課すのか、何故自分に⋯⋯
―― こんな所に、居なくて良かった。
そっか、それだったのか⋯⋯
ミルファはそう思い込んでしまった、あの時あんな事を考えてしまった事を神はお見逃しにはならなかったのだと、この苦しみは罰で贖罪なのだと、ミルファは理解した。
それからのミルファは神へ祈りを欠かさぬようになる、しかしそれは祈りではなく懺悔。
それでもこれ以降、ミルファの周りで死者が出なくなる事もなかった、でもこの苦しみをミルファは甘んじて受け入れた、いつか許されるその時まで。
ミルファの精神が擦り切れていくのを誰も気付かない、ミルファ自身も。
森の魔女の死が、そして後継者の銀の魔女の誕生が伝わって来たのは、ちょうどその頃だった。
協会上層部はすぐに、銀の魔女教団発足の準備に乗り出し、その為の専属巫女選出に血眼になっていた。
もちろんミルファの名もその候補に上がってはいたが、まだ若すぎる為その序列は低かった、しかし新しい魔女の巫女の座を巡って他の聖女やその後援者の足の引っ張り合い、買収などの汚職が横行してその結果ミルファ以外の候補者が勝手に脱落したのである。
もちろんそれでもミルファが専属巫女になるのを不安視する声は多かったが、最終的に教皇であるキーリンの後押しによって決定された。
突然グリムニール大聖堂へ呼び出されたミルファは、いきなり自分が専属巫女に選ばれた事に戸惑うが、断れる訳もなく了承する。
退室していくミルファを見つめながらキーリンは思う、この少女の抱える心の闇が祓われる良いきっかけになれば⋯⋯と。
突然の出来事に考えが付いてこないまま退室し、一人廊下を歩きながらミルファはその答えに辿り着く。
「主よ、これが主のお導きなんですね、私が進むべき道なんですね、ありがとうございます主よ」
自分の様な半端者が、全てを救うなど烏滸がましい事だったのだ、神の使徒たる魔女ならば必ずや全てを成し遂げ救うに違いない、そして自分はその魔女に尽くせばいい、それがミルファの結論だったのだ。
そしてその考えは確信へと昇華された、帝国で銀の魔女と向かい合ったその時に。
この方こそ全てを統べる存在、そして自分はその方に生涯尽くせば良い、と。
しかしその銀の魔女に見捨てられたと思った時、何かが切れた、それでも目の前で苦しむ人が見捨てられない、頼れるのは自分の力だけだった。
無我夢中で一切の雑念無く、使命を遂行した結果、やり遂げたのである。
何処か遠くで歓声が上がった、やがて戦いが終わったのだとミルファは気付く。
「どこかに怪我人はいませんかー!」
声の限りにミルファは呼びかけるが誰も答えない、どうやら一刻を争うような重傷者は居ないらしい、そう気付くまで、しばらくの時間が必要だった。
そして気付く、今なおその背に輝く翼に。
ミルファは残った片翼を抱きしめ、その翼の魔力が全く失われていない事を確認して、自分がアリシアに見捨てられたわけでは無かったのだと理解する。
自分の力だけでは無かった、今まで自分一人で出来なかった事が、魔女の力を借りて成し遂げられた。
考えてみれば当たり前の事だったのだ、自分一人で全部しようとして出来るはずがない事だったのだと、この時初めてミルファは悟ったのだ。
――ありがとう、力を貸してくれて⋯⋯
ミルファは輝きを失う事なく、最後まで残り片方だけになったその翼を、慈しむ様に抱きしめた。
その光景はその場にいた帝国軍の兵士達の心に深く刻まれ、やがて彼ら達からこう呼ばれ広められていく事になる。
〝
この日初めてミルファは、〝誰一人死なせない〟という使命を成し遂げたのだった。
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