02-13 苦い勝利の味

 アリシアがフィリス達の所へ戻った時、既に全てが終わっていた。

 大地に倒れる竜、湧き上がる歓声、喜び健闘を讃えあうフィリスとルミナス。

 自分は一体何をやっているのだろう、戦場に混乱を巻き起こす原因を作り、その為に保護対象の姫二人をほったらかしにして、突然竜が現れたので急いで戻る為にミルファには雑な対応で、これから出る犠牲者を全部押し付けてまで戻って来たらこの有り様である。

 もっといいやり方ならあったはずなのに、少しでも何か噛み合わなければ、最悪もあり得た。

 運が良かった?⋯⋯違う、助けられただけだ、みんなに。

「あっ、アリシアー」

 フィリスが気付きアリシアに向かって剣を振る。

 しかし次の瞬間、フィリスの手の中の剣は音も無く崩れていく。

「あーーーー! 剣が! 私の剣が!」

 ゆっくり近づきながらアリシアは答える。

「あれだけ無茶な使い方し続けて、よく持った方だよ」

「⋯⋯ごめん、アリシア」

 シュンとしながらフィリスは謝る。

「試作品だし使い潰して構わないと、言ったじゃないですか」

 アリシアは何でも無い様に答える。

「まあ『再生』も無いミスリル製じゃこんなものかな、それでどうだった? 使ってみた感想は?」

「すごく良かったよ、正直同じのがまた欲しいくらいに」

「同じのを創る訳にはいかないよ、壊れるのがわかっているのに」

「そっか⋯⋯」

 落ち込むフィリスを慰めるようにアリシアは告げる。

「本番のは期待して、次は『再生』もつけれる様にオリハルコンを使うから、耐久性は段違いだよ」

「オ⋯⋯オリハルコン!? 本当に? ああ後四ヶ月こんなにも誕生日が待ち遠しいなんて」

 目の前でとんでもない話が進んでる、それをルミナスは⋯⋯

「いいなー、羨ましい⋯⋯」

 それを聞いてアリシアは、ルミナスに聞いてみる。

「よかったらルミナス皇女にも、何か作って差し上げましょうか?」

 アリシアは今回の報酬は全てルミナスに支払って貰うつもりだったが、度重なるミスとむしろこちらの方が学ぶ事があった自覚もあり、むしろルミナスに何かお返しすべきだと思うようになっていた。

「マジで!? やったーーーー!」

「ところでルミナス皇女は、いつ成人なの?」

「私はもう成人してるわよ!」

「そう⋯⋯なんだ、てっきり⋯⋯」

「そこのブラコン妹と違って私には弟もいるのよ!」

「ブラコンってもうちょっとすれば私もあなたと同い年じゃない」

「たった二ヶ月の間じゃない、そしたらまた引き離すわよ、この溢れ出る姉オーラがわからないようでは魔女様もまだまだですね!」

「そういえば今年はまだ、ミハエルくんに会ってないね」

「あの子もあんたのお兄様に、会いたがってたわよ」

「そっか」

「⋯⋯お姉さん、だったのか」

 アリシア達が話し込んでいる間に、戦闘は終了していた。

「やっと終わったね」

「はー疲れたー」

 その場にへたりこむルミナスと、剣のおかげでほとんど消耗していないフィリス、それをアリシアは労う。

「お疲れ二人とも⋯⋯⋯⋯⋯⋯あっ!」

「どうしたのアリシア?」

「⋯⋯アナスタシア皇帝に連絡するの忘れてた」

 慌ててルミナスは、懐から懐中時計を取り出し確認して⋯⋯

「出発してからもう三時間⋯⋯」

 予定より一時間の遅れで、しかも放置していたのだった。

「連絡⋯⋯しないわけにはいきませんよね」

「まあ⋯⋯ね」

 最後にまたやらかした事にヘコみながら、アリシアは通信魔法を起動するのだった。


 予定より一時間遅れで魔法の手鏡から通信が入り、各国の王達が見守る中アナスタシアは代表で対応する。

「遅いぞ、着いたのか? 其方はもう着いたのか?」

 鏡の向こうでアリシアは気まずそうに、その後ろの二人の姫も目を合わせようとしない、そんな態度に何やら嫌な予感がする。

「こちらは⋯⋯もう全て終了しました、連絡が遅くなり申し訳ありません⋯⋯」

「⋯⋯はっ!?」

 その後アリシアから変わって説明したフィリスとルミナスの話しを聞き終え、アナスタシアは淡々と話す。

「状況はわかった、しかしそちらの片付けや消耗した兵達の受け入れもしたい、銀の魔女様には一度こちらに来て欲しい」

「⋯⋯わかりました」

 アリシアによって通信は切られた。

 アナスタシアはなんとなく各国の王達と共に、会議室のバルコニーに出て下を見下ろす。

 そこには宰相のアルバートによって統率された兵達が一糸乱れぬ隊列を組み、その出番を今か今かと待ち侘びていた。

 それはウィンザード帝国の兵だけでは無い、エルフィード王国とアクエリア共和国から借り受けた兵も含まれる、小規模ながら世界連合軍とも言うべき精鋭である。

「出番は無かったか⋯⋯」

 アナスタシアの肩を叩きながら、ラバンは優しい声で言う。

「儂らの用意したもの以上の働きをあの子達がやった、それを褒めてやろう」

「⋯⋯そうじゃな」

 アナスタシアは久々に、凛々しく格好いい夫の姿を見下ろしながら、そう答えるしか無かった。


 アリシアは通信を切ると二人に聞く。

「二人も一緒に戻りますか?」

「いや私たちは⋯⋯」

「⋯⋯念のためこちらの警戒を」

 目を合わせようとしない二人にアリシアは諦めて、一人で戻る事にしたのだった。

 その後、アリシアの魔法による転移の扉を使って世界連合軍と消耗し切った現場の兵達が入れ替えられ、現場ではアルバートとアイゼンの指揮の元、復旧作業が始められた。


 そしてしばしの休息ののち日が落ちた頃、帝城の広場でささやかな打ち上げが始まった。

「皆の者、よく戦い抜いてくれた、お前たちは我が帝国の誇りである、明日は休みじゃ! 今日は存分に飲むが良い!」

 ルミナスの音頭にあちこちでジョッキを鳴らす音が響く、そこに居る者達は皆互いの健闘を讃え合い、無事を喜び合い、それぞれの武勇を語っていた。

 そんな輪から離れた目立たない所にアリシアは座り、喜び合う人達を眺めていた。

 しばらくしてそんなアリシアに近づいたフィリスが話しかける。

「こんな隅っこで何してるの、あっちでみんなと話さないの?」

「今夜の主役は、彼女達だから」

「主役?」

 フィリスはアリシアの見つめる先の、ルミナスとミルファに気付く。

 ルミナスはかなりのハイペースでグラスを煽り続け、ミルファは若い兵士達に囲まれ感謝されていた。

「アリシアだってそうじゃない」

「私に、この宴に参加する資格があるのかな?」

「⋯⋯なぜそんな事を言うの?」

 しばらくの沈黙の後、アリシアはポツリと語り出す。

「今更だから言える事だけど今回の事件、私一人でも解決できた」

「そっか⋯⋯」

 フィリスもそんな気はしていたのだ、今回アリシアはあまり出しゃばらずに裏方に徹している、そんな雰囲気を感じていた。

 しかし次のアリシアの言葉は、意外なものだった。

「でも、しなくてよかった」

「えっ!? どうして?」

 人々の輪を眺めながらアリシアは答える。

「全部私一人でやっていたら、今のあの光景は無かったから」

「アリシア⋯⋯」

「私はずっと考えていた、何故ここに居るんだろう? って」

「それは私達が連れて来たから」

「そういう意味じゃ無いよ、私は何故こんな力を持って生まれて来たのか、師は何故魔女の時代が終わっているのに私を弟子にしたのか」

「魔女の時代が終わっている?」

「そう今回の事は私が居なくても、多少の犠牲を看過すれば、人の力だけで解決可能でしょ⋯⋯だから魔女なんてもう居なくてもいい」

「そんなに寂しいこと言わないでアリシア、私は一緒に居たいよこれからもずっと」

「⋯⋯私もここに居たい、みんなと力を合わせて喜びを分かち合いたい」

「ならそうすれば良いじゃない」

「今のままじゃ出来ない⋯⋯もっとちゃんと向き合わないと、フィリス⋯⋯力を貸してくれる?」

「もちろん喜んで、友達でしょ」

 フィリスは持って来た二つのグラスのうち一つをアリシアに手渡した。

 アリシアはそれを受け取りフィリスのグラスと軽く触れさせてから、そのまま一気に飲み干した。


 そして⋯⋯その後の記憶がなかった。


「あ、アリシアーーーー!」

「ちょっとあんた何飲ませたのよ!」

「ルミナスが飲んでたのと、同じのだけど⋯⋯」

「こんな度数の高いの、いきなり飲ませる奴があるかーーーー!」

「ルミナスがパカパカ飲んでるから、てっきりお子様ワインだとばっかり」

「バカにするなー! あんな水みたいなの、飲むわけないでしょ!」

「ぎ、銀の魔女様ーーーー!」

 今の自分の周りに、集まる人達がいた事をアリシアはまだ知らない。

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