02-11 さらなる高みへ
戦場に打ち上げられた最終突撃の信号弾は、ルミナス達にも伝わる。
「英断かしら?」
「かもね!」
まったくペースを落とす事無く、敵を屠り続けるフィリスとルミナス、その死角をうろつく魔獣をアリシアは、目立たずちまちま倒していた。
「ところでフィリス、そんなに飛ばして大丈夫なの?」
「それが、ぜんぜん疲れないのよ!」
アリシアの作った剣に込められた『回復』の効果をフィリスは実感していた。
「そっちはどうなの、ルミナス?」
「まだまだヘーキよ!」
一本目のエリクサーを飲み干しながら、ルミナスは答える。
「フィリス! 細かい雑魚は皆んなに任せて、私達は大物を狙っていくわよ!」
「了解!」
そんな二人を護るべくアリシアは付き従うが、はっきり言ってほとんど出番が無い、それほどフィリスとルミナスの連携は圧倒的で安定していた。
そんな安定した戦場に異変が起こったのは、暫くした後であった。
これまでトロッコに乗った魔道具によって、制御されて来た魔獣の群れの動きが変わった。
その原因がアリシアにはすぐに解ったミルファの翼だ、あれが強い魔力反応を出して魔道具以上に魔獣を引きつけ始めたのだ。
アリシアにはわからない、自分の魔法は完璧だと思っていたのに、その制御は全てミルファに託してしまった為此処からではどうする事も出来ない。
『
「魔女様行ってください、ここは私とフィリスが居れば十分ですから、あの子の事お願いします」
「⋯⋯わかった」
確かにルミナスの言う通り、此処でアリシアの出来る事は殆どない、そしてこの事態の原因を作ったのはアリシアだ、その責任は取らなくてはならない。
アリシアはフィリスとルミナスの二人に防御魔法をかけてからミルファの元へ転移した。
時間は少し巻き戻る。
ミルファは各地を飛び回りながら兵士達を治し続けていた、しかしミルファ自身の消耗も激しくなり、既に一度エリクサーを服用していた。
そしてもう既に、ミルファの手元にエリクサーは無かった。
自分では治せないと判断した人達に、使ってしまっていたからだ。
今まで百人以上の治療をして来たミルファに、誤算が生じたのはこの頃だった。
自分が治した兵士がまた傷つき戻って来る、そんな当たり前の事に気付かなかったのである。
「まずい、このままじゃ魔力が持たない!」
ミルファに焦りが生まれた。
――もし一本でもエリクサーを温存していたら、こうはならなかった。
しかしミルファはそんな考えを振り払う、それは四人の危篤患者の誰かを見捨てる事だからだ。
そしてそんな事は、ミルファには絶対出来ない事だった。
どうする? アリシア達のところへ行きエリクサーを分けて貰うのか?
いや既に向こうも使い果たしているかも知れない、無駄足をしている間に死人が出るかも知れない。
ミルファは悩みながらも治療を続け、そしてある事に気づく。
それは、自分の背に輝く翼だった。
――もし此処から魔力を引き出せれば⋯⋯
そんな突拍子も無い思い付きを実行する、心の中で念じ翼との繋がりを探す。
そして成功した、ミルファはアリシアが翼に込めた魔力を引き出し使う事に。
――これで、まだ治せる⋯⋯
しかし治療に夢中だったミルファは気づかない、その行為が悲劇の引き金となってしまった事を。
魔法の翼の持っていた静寂性はミルファによって破壊されその結果、多くの魔獣を引き寄せ始めてしまったのである。
ミルファが異変に気づいた時には既に遅かった、殺到する魔獣に戦う力の無いミルファの頭は真っ白になる。
その上多くの兵士を治し続けた為、片方の翼は既に消え飛ぶ事さえままならない。
「皆んな、聖女様を守れ!」
ミルファによって救われた兵士達が、今度はミルファを守った、その身に代えて⋯⋯
腕を引きちぎられた者がいた、折れた槍が胸に突き刺さった者もいた。
「いや⋯⋯イヤーーーー!」
ミルファの叫びが、戦場に響く。
――まただ、また守れなかった、しかも今度は私のせいで⋯⋯
魔獣の爪がミルファに迫る、涙が溢れるミルファには防ぐ術はない。
その時、天空より光の矢が降り注いだ⋯⋯
気がつくとミルファの周りの魔獣の群は一匹残らず駆逐されていた。
「間に合った!」
ミルファの目に、空からゆっくり降りてくるアリシアの姿が映る。
「神⋯⋯様?」
今のミルファには、アリシアは神そのものだと思えたのだ。
我に返ったミルファは、自分を守ってくれた兵士達の傷を確認する。
比較的軽傷の者もいたが、腕を千切られた者と胸に槍が刺さった者は、ミルファは自分には治せないと判断した。
「頼む⋯⋯こいつらを治してやってくれ」
その兵士は落ちていた腕を拾って持ってきて、ミルファに訴える。
「こいつはこの間子供が産まれたばかりなんだ、今度休暇を貰ったら初めて会いに行く、抱きしめるんだって⋯⋯頼む治してやってくれよ⋯⋯」
その訴えにミルファは⋯⋯
「ごめんなさい、その傷は私では治せません」
沈黙が辺りを包む。
その次に瞬間、ミルファはアリシアに跪き懇願する。
「お願いします、銀の魔女様! この人達を治して、救って下さい! 私の全てを捧げます、一生貴方に尽くします、だからお願いします!」
アリシアには何が何なのか分からなかった、この事態を引き起こした原因は自分にある、だから言われるまでも無く救うつもりだった。
しかしミルファは、いくら自分を助けてくれた兵士の助命を乞うにしても、必死過ぎる身を削り過ぎる。
わからない⋯⋯しかしそう悠長にしている余裕もない為、一旦考えるのを辞めてすぐに治療を開始する。
「その腕、貸してください」
腕を千切られた兵士に近づき、その腕を元の位置に添えると次の瞬間には繋がっていた。
しかも千切れた袖や、全身の傷まで元通りになっている。
そして次にアリシアは胸に槍が刺さった兵士に近づき、躊躇なくその槍を引き抜く。
ミルファの表情が強張る。
ミルファの見立てでは槍を引き抜いた瞬間に大出血で、治癒は間に合わないと思っていた。
しかし出血は無く傷どころか鎧に空いた穴すら無くなっていた。
そのあまりにも常識外れな御業に、ミルファは心を奪われて放心する。
ポンっと背中をアリシアに押されて、ようやくミルファは我に返った。
「後はあなたでも出来るでしょ? もし手に負えない人が居たら呼んで」
「えっ! えぇーー!」
そしてそのままアリシアは消えてしまった、取り残されたミルファは一瞬呆けていたがその後何かがプチっと切れた。
「やりますよ! やればいいんでしょ! 『
ミルファはその後ヤケクソで治療を続けた、だから気が付いたのは全てが終わった後だった。
その背の片翼が、いつまでも静かに輝き続けた事を。
「まさか最後に、こんな大物が残っていたとはね」
「ルミナス、これは私達で倒さなくちゃいけない相手だよ!」
今まさに二人を頭上から見下ろす新たな脅威、青竜の出現である。
そしてそのままの位置から、青竜の氷の息吹が吹き荒れる。
「『
ルミナスの魔術によって青竜の息吹は防がれる。
「ルミナス!」
「まかせろ! 『
大地が盛り上がり柱となって天を目指す、その上にフィリスは素早く飛び乗り新たな足場から空へと駆け上がるが⋯⋯青竜はフィリスの接近に気付きさらに上昇した為、フィリスの剣は虚しく空を切った。
「まったく後ちょっとで終わりって時に、アンタ空気読みなさいよね!」
ルミナスの悪態にどこ吹く風な青竜は、優雅に空に舞い地を見下ろす。
そして再び、氷の息吹を吹く体勢を見せた。
「フィリス!」
ルミナスの呼びかけに二人の目が一瞬交わる。
そして放たれた氷の息吹に今度はフィリスが立ち塞がる、剣の力の一つ『防護』により息吹から身を護る。
そして次の瞬間、ルミナスの魔術が完成した。
「『
真紅に燃える鳥が、吹雪をものともせずに青竜へと迫る。
しかし青竜も黙って食らうほど愚かでは無い、すぐさま急降下し回避する、そしてそのまま攻撃に転じた、狙いはルミナスだ。
ルミナスはかつて『
その時からルミナスは、少なくとも火の魔術に関しては頂点を極めた、そう思っていた今日までは。
でも違っていた、自分より遥か高みにいる
全然頂点なんかじゃ無かった、まだ自分は道半ばだったのだ。
いずれは才能の壁にぶつかるだろう、でも挑戦を忘れたらそこにすら辿り着けない。
自分の限界はまだ此処じゃ無い、誰よりも自分がそれを信じずに、一体何を為せると言うのだろうか。
「曲がれーーーー!」
ルミナスの叫びが、一度は避けられ死に体となった火の鳥を不死鳥に変えた、青竜を追撃しその顔面に炸裂する。
竜にとってはそれほどのダメージでは無かったが、完全に視界を失う。
その一瞬をフィリスは逃さず突っ込んだ。
今日一日、何度もこの剣で魔獣を屠りながら体で覚えてきた。
『防護』でルミナスの魔術の爆炎から身を護り、そしてその刃に『切断』を載せ『増幅』がその全てを上乗せする。
三つの付与を同時に引き出す、今日だけで掴んだ呼吸だった。
青竜とのすれ違いざま、フィリスの剣はその首をいとも容易く両断した。
青竜は大地に伏し、フィリスは剣を天にかざす。
この時、この日一番の歓声が上がった。
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