01-13 新しい時代へ

 友好条約締結後、辺りはすっかり暗くなっており、お昼頃から始まった話し合いがいかに長かったかを実感する。

 そしてアリシアは王室の晩餐に招待された、正直言ってアリシアはすぐに帰って休みたかったが、こういう出来事の一つ一つの積み重ねが大切だと思い直し招待を受けることにした。

 王家の食卓はまさに贅の限りを尽くしたものだった、豪華なシャンデリアの明かりの元ゆっくりと食事が進んでいく。

 ラバンはアリシアの食事のマナーをそれとなく観察する、ややおかしな点もあるがそれはマナーが悪いという事では無くて、今では廃れた古いしぐさが混ざっているに過ぎない。

 こういった食事のマナーなどは自分だけの努力では身に付きにくい、誰かが付きっきりで厳しく指導する事で身に付く、そんな洗練さをラバンはアリシアに感じた。

 ならそれを身に着けさせたのは誰か? 答えは明白だった、自分の弟子が将来こういった場所で恥をかかないように、弟子とこの国の将来を想い指導したのだと結論付ける。

 森の魔女が弟子に未来を託したように、王もまた子供達に未来を託すべきだと決心する。


 その時アリシアは実はかなりいっぱいいっぱいだった、ただ機械的に手を動かし食事を口に運ぶだけ⋯⋯正直味わって食べる余裕はなかった、やっぱり帰っておけばよかったと心底そう思っていた。

 その時アリシアの手がグラスに引っ掛かり倒してしまう⋯⋯まずい、やってしまった。

 もう何度目になるかアリシアは慌てず魔法で時間を数秒巻き戻す、この位ならアリシアにとって造作もないことだ、本来何かの作業でミスを無かった事にする為に覚えた魔法が意外なところで大活躍である。

 こうして一見何事もなかったかのように食事は進んでいくのであった。


 食事が終わりテーブルの上は片づけられ、その後食後の紅茶が出されたところでラバンは口を開いた。

「アリシア殿、食事は楽しんでいただけたかね?」

「はい、堪能させていただきありがとうございました」

 シレっと心にもない嘘をつく。

「それは良かった⋯⋯さて改めて今日は来てくれて感謝する、そしてこれから先もこうして同じ食卓を囲めるように一つアリシア殿に提案があるのだが」

「何ですか?」

 食卓を囲む事は出来れば御免こうむりたいが、提案に関しては真面目に聞く。

「其方は森の魔女殿より、国との交渉には王とのみ行う⋯⋯と言われてはいないか?」

「はいその通りです、よくご存じですね」

 ラバンは笑みを浮かべながら、こう答える。

「森の魔女殿とは生まれた時からの付き合いだからな、言いそうな事は察しが付く」

「そうですか⋯⋯」

 アリシアは目の前にいる人は自分よりも長い時間、師と共に有ったんだなと感じる。

「この国の国王は余であるが今後アリシア殿との交渉の代表者を我が息子のアレクに任命したい」

「父上! 突然何を!」

 アレクの慌てた様子に、アリシアはどうやらこれは事前に相談など無かったんだなと察する。

「何故そんなややこしい事にするんです? 王様が交渉相手の方が手間が省けるのですが?」

「余が玉座に座っているのは後十年もないであろう、そしてその後はこのアレクが王となる、その後はアレクとアリシア殿を中心とした体制になってゆく、そしてその時間は余との十年よりも長くなる、ならば今の内から余とよりもアレクやフィリス達との関係を深めておいた方がよい、どうだろうか?」

 アリシアは考える、確かに今から王様と関係を深めても、たった十年で次の王に代わってしまうのは正直面倒である。

 そしてアリシアは師から様々な方法論や考え方を学んでいるが、それはあくまで世の中に慣れないうちに無用ないざこざを起こさないようにする事が主目的であり、そのうち時代や状況にそぐわなくなるかもしれない、変化や適応をした方が良くなる場合も出てくる、という事も師から学んでいる、こんなに早くなるとは思っても見なかったが⋯⋯

「わかりました、取り合えずそれでやってみましょう、ただしそのやり方で問題があると分かった場合、交渉相手を王様に戻すか王子様に玉座を譲ってください」

「承知した」

 そしてアリシアはアレクへと目線を変えて、

「王子様、交渉や契約時にはあなたの言葉は王様の言葉です、事前によく話し合ってください、また王様に確認を取る暇のない非常事態にあなたが決めた契約に関しては、その後たとえ王様であっても変更は認めません、いいですか?」

「わかった、銀の魔女殿、今後ともよろしく頼む」

 そのやり取りを見て王はそれでいいと軽くうなずいた。

 そのあとアリシアは一週間後にまた来る約束をし城を後にした。


「父上、あのような重大な事をいきなり言い出さないでください、驚いたじゃありませんか」

「この程度でうろたえてどうするアレクよ、これからは驚愕に満ちた日々が始まるやもしれぬのだぞ」

「それもそうですが」

「今後は城内での交渉はアレクお前の仕事だ、そして実際に現場に出向く際はフィリスお前が付き添え」

「私が魔女様に、ですか?」

「何かあった際対処できるのはフィリスお前だけだ、アリシア殿はまだまだ世間知らずだ支えてやれ。 仲良くしたかったのであろう」

 そしてラバンは娘へと優しく微笑む。

「はい、身命に賭けても成し遂げて見せます」

「そう気負うな、信頼を得ようと思うな友として歩んで行けばよい、アレクよお前もだぞ」

「はい、父上」

「儂は今後はお前たちに最高の状態でこの国を渡せるよう力を尽くす、その後はお前たちの時代だ。 頼んだぞ」


 魔の森へ戻ったアリシアは師の墓前に今日の報告をしていた。

「きちんと出来たのか、これで正しかったのかまだわかりません、でもあの人たちは私を騙そうとはせず常に誠実でした、だからその誠実さに私も応えるべきだと思ったんです。 そしてあの人たちの心には師への恩義を感じました、師がいなくなった後私は一人でやっていけると思っていましたが、未だに師に見守られている事を実感します」

 ここでいったん区切り満月を見上げながら呟く。

「あの人たちには師の事を忘れるなと言いましたが、もしあの人たちが師の事を忘れるとしたらそれは、彼らのせいではなく私のせいだと思います、私は師に恩を仇で返すのかもしれません、でももしそんな日が来れば私は師と肩を並べる⋯⋯いや師を超えた魔女になったと、師は誉めてくれますか?」

 月は何も答えない、ただ優しくアリシアを照らすのみである。


 やがて古き時代は終わりを告げ、そして新たな時代が若者たちの手によって始まる。

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