01-14 魔女の我儘と侍女の誇り

 あの運命の日より一週間、またこのエルフィード城にアリシアのやってくる日が来た、その日は早朝からアレク指揮の元アリシアをもてなす準備に追われていた。

 仕事上の準備はそつなく迅速に準備できたのだが、肝心のもてなしはどうすれば良いのか方向性が見えずに苦戦、妹のフィリスに助言を求めた結果、「女の子は甘い物で釣るのが一番ですよ。 あっ、そういえばシルクスの新作がついこの間出たようですね」と言われその方向性で準備を進める。

 なおシルクスとは、城下町の貴族街にある王宮御用達の高級スイーツ店であり本店は帝国にある。

 厳選された材料を手間暇惜しまず、帝国から来た職人たちによって作り上げられたスイーツの数々は大変美味で、評判も高く値段もお高いことで有名である、しかしアリシアとの取引を円滑に進める接待費として考えれば安いと言える、アレクはとりあえず全種類予約発注する、そのスイーツも無事届き今は侍女たちの手によって城の冷蔵室へと運ばれた。

 部屋の準備、お茶の用意、スイーツも万全、準備は整った。

 なお余ったスイーツは侍女たちの賄いにすると噂が広まった所、この日のシフト希望者が殺到、壮絶な戦いになったらしい。


「「「「ようこそ銀の魔女様!」」」」

 前回来た時とは異なり騎士ではなく、宮廷侍女たち一同の一糸乱れぬ歓迎にアリシアは若干驚く、そして前回同様フィリスの案内でアレクの待つ応接間へと案内される。

「ごきげんよう、銀の魔女様」

「ごきげんよう、アレク王子様」

 そして侍女たちの手によってお茶が運ばれて来る、アリシアはそれを一口飲む、美味しい⋯⋯ほのかな甘みが実に良い。

「さて今日は銀の魔女様に三つして貰いたい事がある」

「三つですか? ああ、そうだ先にこれを渡しておきますね」

 そうしてアリシアは収納魔法から、紙束を取り出しアレクに手渡す。

「とりあえず今後十年分位の課題です」

「これがそうなのか⋯⋯拝見させてもらおう」

 アレクはパラパラと紙を凄い速さでめくっていく、アリシア自身も読むのは早い方だがアレクのそれはもっと早い、凄いな⋯⋯と思いながら紅茶の残りを飲み終えると、ごく自然に侍女がお代わりを注いでくれ、その後所定の位置に戻る、淀みない洗練された動き、アリシアがそっちに気を取られている間にアレクは読み終えていた。

「うん大体の概要は解った、こちらは後ほど各部署と協議させてもらう」

「よろしくお願いします」

「では今日伝えておきたい事の一つ目は、紋章を決めてほしいという事だ」

「紋章?」

「例えばこれが我が王家の紋章だ」

 アレクが見せたのは短い短剣の柄に刻まれた、馬に乗った騎士をデザイン化した紋章だった。

「こうした紋章を決めて印鑑を作る、そして封蝋とか今後銀の魔女様が作る物へ刻むようにしてほしい」

「なるほど、わかりました」

「つぎはその紋章で印鑑が出来てからになるが、口座を作ってほしい」

「口座?」

 紋章はともかく口座は初めて聞く単語なので説明を求める、そしてアレクは口座に付いて説明を始めた。

「⋯⋯つまり大金を移動させる手間やリスクを無くし、書類上でその所有権を譲渡しあう⋯⋯という事?」

「おおむねそんな認識で構わない、銀の魔女様は収納魔法で大金を持ち運べるが、相手は受け取った大量の金貨を抱えて困る⋯⋯という様な事態もあるからな」

「では今私が持っている約十億Gグリムも、口座に振り込んでおいた方がいいですか?」

「そうだな⋯⋯何が起こるか分からんから一億位は持ち歩いていても構わないが、それ以上はリスクが高くなるだけかな? そうしてくれると助かる」

「わかりました」

「あと実は森の魔女様も口座を持っておられた、貴方が口座を作ってからになるが、それもそちらへ移す」

「えっ? お金あったんですか?」

 だったらあの時の苦労は何だったのかと⋯⋯

「まあ、あの時の銀の魔女様には引き出せない状況だったからな⋯⋯」

「いくら位あるんです?」

「ざっと三百億といった所か⋯⋯相続税で半分くらい引かれるが大体百億以上はそちらの口座へと振り込まれることになる」

「⋯⋯お金ますます要らなくなりましたね、なるほどこんな大金持ち歩いて突然死なれでもしたら、この国は迷惑でしょうね」

 アレクが口座を作って欲しい意味が解ってきたアリシアだった、なぜなら収納魔法に物を入れたまま死ぬと中の物は消えてしまいどこかへいってしまうのだ、おそらく魔素や元素に分解され世界に散らばり還元されると言われている。

「理解いただけたようで何よりだ、さて三つ目だが竜を一頭討伐して欲しい」

「竜ですか?」

「そうだ、倒すこと自体が目的ではない、どのように銀の魔女様が竜を倒すのか見たいのだ、なのでフィリスを同行させる」

 そしてこれまで置物と化していたフィリスへと目線を向ける。

「わかりました」

 そして話題はアリシアの紋章をどうするかに移った。


「私は魔女だからやっぱり六芒星かな?」

「六芒星はできればやめてくれ、過去の魔女達がこぞって使った為に種類が多すぎてわからなくなる」

 アリシアは特に拘りもなかった為、アレクのその意見を素直に受け入れる。

「では何か〝銀〟にちなんだものってあります?」

「銀なら月とかかな、銀月とかいうし」

 フィリスのその案により月をモチーフにデザインを煮詰めていく、様々な案をその場でフィリスは紙に書いていく、それがやたらと早くしかも上手かった。

「王女様、そんな事できたんですね」

 アリシアはフィリスが何故ここに居るのか、やっと理由がわかった。

「フィリスは昔から何故かこういうのが得意でな⋯⋯」

 最終的に月だけだと寂しかったので三日月と三つの星を組み合わせた物がフィリスによってデザインされ、それをアリシアが気に入り無事採用となった。

 こうして一先ず今日のやるべき事は終わった。


「仕事も終わった事だし、お茶でも飲みながら話でもしよう」

 アレクの提案によりそのままお茶会になる。

「今日の茶菓子にはケーキを用意してみた、口に合うと良いが」

 その発言にアリシアは食いつく。

「ケーキ⋯⋯ですか? あの白くてフワフワして甘いという」

「そのケーキだが⋯⋯食べた事がないのか?」

「はい、ありません⋯⋯本で読んで存在は知っているのですが」

 かつてアリシアはケーキを食べたいと師にねだった事がある、しかし出てきたのは蜂蜜のたっぷり乗ったパンケーキだった⋯⋯それはそれで美味しく今でもアリシアの大好物であるが、いつかは本物のケーキを食べたいという夢を密かに持ち続けていた。

 その夢が今ようやく叶う。

 その後アリシアは、ケーキが届くまで無表情でクールさを装っているが、上機嫌を隠しきれていない。

 そしてついに侍女たちがケーキを乗せたワゴンを押してやってきた。

 ワゴンの上には色とりどり多種多様なケーキの数々があり、それを見たアリシアは⋯⋯

「えっ!? これがケーキなの? ケーキというのはこう白くて苺が載っているんじゃないの?」

 そう、そこにはアリシアが思い描いていたケーキはなかった。

「それって苺ショートのこと?」

「たしかに今は苺の旬の時期から外れているからな⋯⋯」

 その時期の旬の厳選素材だけを使う高級スイーツ店だからこその盲点⋯⋯アレクのミスと言うには少々酷である。

「ほら、魔女様! 苺ショートはありませんが、他にも美味しそうなのがいっぱいありますから」

「もうしばらくすれば苺の旬の時期になる、その時にまた改めて御馳走しよう」

 フィリスとアレクは精一杯フォローしようとするが、アリシアの落胆は消えない。

「いや⋯⋯今日の所は遠慮しておきます、最初に食べるケーキはその苺のショートケーキにしたいので⋯⋯ごめんなさい、これは私のただの我儘でつまらない拘りです⋯⋯気にしないでください」

 いたたまれない重苦しい空気がこの応接間に広がったその時だった、これまで置物の様に一言も発することなく立っていた一人だけ年配の侍女が口を開いたのは。

「ご歓談中申し訳ありません、苺のショートケーキならばこの城の厨房にございます、しばらくお待ちください」

「えっ!? あるの?」

「何故あるんだ?」

 フィリスとアレクは困惑する。

 その年配の侍女の指示によって若い侍女が厨房へと走り、そして暫くして別のワゴンを押して戻ってきた。

 そのワゴンの上にはやや小さめではあったが、アリシアが思い描いていたそのままの、苺のショートケーキが乗っていた。

 アリシアの前に差し出される苺のショートケーキ、しかしそれに手を付ける前にしなくてはならない事がある。

「ありがとう皆さん、私の我儘を叶えてくれて」

 アリシアは応接間にいる全ての人達の目を見た後、深く頭を下げる。

私共わたくしども宮廷侍女一同はお客様に満足してもらう事が使命であり誇りです、お気になさらず」

 それだけ言うとその年配の侍女は、また置物へと戻っていった。

 もう一度お礼を言った後アリシアは、自分の為に切り分けられたケーキを一口食べ「おいしいです」とだけつぶやいた。

 その後アリシアはもう一切れだけこの場で食べ残りは持って帰ることにした。

 フィリスやアレクは他のケーキも進めたがアリシアは「今回はこのケーキだけ楽しみたいので他のはまた次の機会の楽しみにしておきます」と言ってこの日は帰っていった。


「ふーーっ、一時はどうなるかと思った」

「殿下、そのような態度、慎しみください」

 年配の侍女の忠言にならい姿勢を正すアレク。

「今はお前しかいない、少しは見逃してくれローゼマイヤー」

「その小さな油断が命取りだと、先ほど学ばれたのではないのですか?」

「⋯⋯確かに返す言葉もないな、しかしローゼマイヤー何故分かった、どうして苺のショートを用意していたんだ?」

「私はただ、思いつく限りの状況に備えていただけです」

「どうすればそれが出来るようになるんだ、教えてくれ」

「我儘な客を満足させるため日々努力し続けた、その果てに今の私があります、近道などありません殿下」

「そうか⋯⋯道は長いな」

私共わたくしどもは主人の至らぬ所を補佐するために存在しています、その働きに満足できなければ叱責を、そして満足いただけたのであれば、ただ一言で良いのです」

「ローゼマイヤーよくやってくれた、ありがとう」

 ローゼマイヤーは無言で礼をし応接間から出てゆく、そしてその時若い侍女たちとすれ違う。

 今応接間に入ってきた侍女たちは、皆何か様子がおかしい。

「どうしたお前たち? 何かあったのか?」

 侍女たちの中の一人が言いにくそうに答える。

「さっきすれ違ったとき総括が笑ってた⋯⋯よね?」

 侍女たちはそれぞれ見た物が同じだったか確認しあう。

「ローゼマイヤーが笑っていた⋯⋯だと?」

 アレクの知るローゼマイヤーは決して笑わない訳ではない、しかしそれは対面する人に与える印象の為のいわば仮面の様な物、本心で笑う事など無い。

 そしてそんなローゼマイヤーに鍛えられた宮廷侍女たちは、表情や仕草などから心を読めるよう訓練された精鋭たちである、その彼女たちが笑っていたという事は、その笑みは本物だという事⋯⋯

「信じられん」

 そんなアレクに遠慮がちに、侍女たちは話しかける。

「あの殿下、そちらをもう片付けてもよろしいでしょうか?」

 侍女たちが指し示す先にはフィリスが全種類一切れずつ食べた以外、手つかずのまま残されたケーキ。

「ああ、思ったよりも残ってしまったな、明日職務に就く者達にも十分行きわたるだろう、皆で食べてくれ」

 やったあ、とはしゃぐ侍女たち、もしここにローゼマイヤーが居たならば激しく叱責されていただろう。


 ――おっといけない、表情に出すとは⋯⋯

 すぐにを被りいつものローゼマイヤーへと戻る。

 ふと思い出すかつて自分が若かった頃を⋯⋯その客は非常に重要で我儘な人だった。

 紅茶の好みにうるさく、季節外れの果物が食べたいと城の中庭に温室まで作ってその管理を押し付ける、無茶苦茶な人だった。

 他の侍女たちが辞めていく中、ローゼマイヤーはその人に「美味しいと」言わせるためだけに、お茶の入れ方の腕を磨き続けた。

 結局「美味しいと」言わせたのは、ローゼマイヤーが若さを失いつつある頃の時だった。

 そして数年前最後にその人にお茶を入れた時「今までありがとう」とだけ言って消えてしまった。

「まったく、貴方に比べれば今日の様な我儘など可愛らしいものですよ、オズアリア様」

 そう呟きながら真っすぐ歩き続ける今の彼女こそが、エルフィード王国宮廷侍女長総括 マゼンダ・ローゼマイヤーその人である。


 その日の夜、アリシアは持って帰ったケーキを食べながらあの時のローゼマイヤー年配の侍女の事を思い出す。

「あの人、少し師に似ていたな⋯⋯」

 何故かそれが、少し嬉しいアリシアだった。

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