01-12 歴史に刻まれし『名前』

「何だ? アレク言ってみろ」

 アリシアも異論を挟まない、どうにかこの膠着した状況を打破してくれる事を期待しているからだ。

「それでは発言させていただきます、我々エルフィード王国側が魔女様に対して差し出せる対価は〝挑戦する機会〟が適切ではないかと思います」

 ラバンはなるほどと得心するが、アリシアにはいまいちピンと来なかった。

「どういう意味ですか?」

「魔女様、先ほど貴方は自分自身に満足していないと言った、言い換えればそれはまだ出来ない、または満足いく水準に達していない分野があるという事だ、我々に頼む事はないと仰っていたが私はそうは思わない必ずあるはずだ、貴方一人では学べない、もしくは効率の悪い課題が、それを仕事として受けて欲しい」

「できる保証が無い依頼を受けたくありません」

「出来なかったとしても構いません、それに取り組む事で何かしらの経験を積めるはず、それは貴方にとってお金では買えない報酬になるはずです、そして同じ問題を皆で考え悩み答えを出す、だからこそ喜びも分かち合う、その先にこそ相互の理解と友好も生まれるでしょう」

 アリシアはしばし考えた後こう答えた。

「失敗してもいいと言うのですか? それで多くの人の命が失われていくかも知れないのに」

「貴方に依頼を出した時点で我々は手を尽くした後、その責任を貴方に押し付ける気はありません」

「それが〝挑戦する機会〟という報酬の意味ですか、⋯⋯魔法の発展とは多くの犠牲の上に成り立っている、私もそうしなくてはならないと、〝次〟に生かす為に」

「我々だって同じです、今の国の平和と繁栄のために過去どれほどの血を流してきた事か」

 アリシアは最終的な答えをまとめる。

「つまり私が出来るかどうかわからない仕事はむしろ積極的に受けてほしいと言う事ですね、失敗しても構わないから、と」

「そういう事です、魔女様が達成出来なかったとしても気にせず成長の糧としていただきたい、今後の為の」

 そこまで言ってアレクはチラリと王の方へ目線を向ける、そしてラバンは軽くうなずく、それでいいと。

「わかりました、それを報酬として受け取りましょう」

 アリシアのその言葉を受けアレクはさらに続ける。

「では、こちらからの協力の為にもを、後ほどお教え頂ければ助かります」

「わかりました、後でまとめておきます」

 その最後のやり取りに、ラバンは心の中で賞賛をアレクに贈る、なぜなら魔女が厄介なのは〝気まぐれで、いつ何をしでかすか分からない〟という所が大きい、この言質をとった事で今後完全ではないがアリシアの行動が読めるようになる。

 こうしてアレクの発言を元に話し合いの方向性が定まり、その後細部にわたって概要を決めていくのだった。


 長い、とても長い話し合いの果てに次の条約がアリシアとエルフィード王国国王ラバンとの間で締結される。

『エルフィード王国と魔女アリシアは、互いに友好的関係にある限り、互いに協力し合い困難を乗り越え、共に発展して往くことを誓う』

 その条約は思いのほか短く、簡素でまた曖昧なものだった。

 何故なら魔女は契約に縛られる存在である為に永続的に縛られるような文面には出来なかったためである。

 はっきり言えばこの条約自体になんら強制的な効力はない、しかしこの条約がある限り双方が協力し合い護り続け維持される平和の象徴であるという事、それが目に見える形になっただけだという事なのだ。

 最後にエルフィード王国の代表として国王であるラバン・エルフィードが、そして次にアリシアが署名することでこの条約は完成する。

 最初に国王ラバン・エルフィードが署名を終える。

 王もこの時ばかりはほっとする、これから先も問題は山積みだが一先ず大きな山場は乗り越えた、と。

 そして次はアリシアの番、自分の署名を王の名の下に書こうとした、しかしそこで筆が止まる。

 やがて周りに動揺が走る、何か手落ちがあったのかと。

「アリシア殿、何か気になる事でもあるのか」

 ラバンは慎重にアリシアへと話し始める、しばらくアリシアは答えず考え込んだ後こう答えた。

「エルフィード王国の皆さんにお願いがあります、今ここで私が署名する前に、私の〝魔女名〟を決めて頂けませんか?」

 それはエルフィード王国側にとって、この長い一日の締めくくりに、突然現れた最後の難関だった。


 〝魔女名〟それはその魔女につけられる解りやすい通り名である、例えば森の魔女の〝森の〟の部分が魔女名にあたる、その魔女の活躍や能力などにちなんで周りから自然発生する事がほとんどで、自分で決めて名乗る事はあまりない。

 アリシアの言う今すぐ決めてほしい、などという要求はやや非常識であると言えるがアリシアにはそんな自覚が無かった、ただ単に〝エルフィード王国国王 ラバン・エルフィード〟の下にただ〝アリシア〟と書くのが何となく収まりが悪く、その署名がずっと残り続けるのは嫌だと感じる、ただそれだけの事だった。

 しかし裏を返せばこの条約を残し続ける意思のあるアリシアのこの発言も、突然言われたエルフィード王国側からすれば堪った物ではない。

 何故なら魔女名は非常に厄介な問題だからである、かつてこの魔女名を廻って問題が発生した事は何度もある、自分の髪の色が嫌いだった魔女に〝赤毛の魔女〟という名が定着した事によって一つの町が消えた事もある。

 アリシアの師であるオズアリアは約二百年前の大戦時に帝国からは〝殲滅の魔女〟と呼ばれ、大戦終結後エルフィード王国側の人々の間では〝護りまもりの魔女〟と呼ばれ広まりかけた時それを嫌って魔の森を報酬としてもらい受けたことを理由に〝もりの魔女〟を自称する様になった、この事は当時の関係者の中では有名な逸話として語り継がれている。

 このように魔女名とは厄介事の原因になりかねない、誰が付けたか解らない自然発生ならともかく自分で付けたいなど、まず誰も思わない事案である。

 エルフィード王国側の人々は今更ながら思い知る、この目の前の魔女アリシアを一言で言い表せられるほど知らないのだと、うっすらと暗雲が立ちこみ始めてゆく⋯⋯


「〝銀の魔女〟なんてどうかしら?」

 そんな暗雲など気づきもせず、明るくきっぱりとフィリスが吹き飛ばした。

「〝銀の魔女〟? それは⋯⋯私のこの髪の色を見て決めたの?」

 アリシアにとって魔女名は一生の物である、それをただ髪の色で決められてしまうのは、やや納得がいかない⋯⋯もっとも髪の色で魔女名が決められるのは割とよくある話ではあったのだが。

 皆が命名者フィリスを見つめその答えを待つ。

「確かにあなたのその美しい髪の色は最初に目に入る大きな特徴よ、でもそれだけじゃ無い〝銀〟っていう物質は魔を払い邪悪を滅する金属、あなたは父を助けてくれた、この国を救ってくれた、だから私はあなたを〝銀〟の様な魔女だってそう思うの」

 そこでフィリスはいったん区切り、その後静かにこう締めくくる。


「だからあなたの名前は〝銀の魔女〟が相応しいと思うの」


 そして静寂に包まれる会議室の中、フィリスは「あれっ? やっちゃった?」とやや不安がこみ上げて来る。

 フィリスを見つめていた皆の視線はやがてアリシアへと移り変わってゆく、この名を気に入るのかどうか、祈りの様な皆の思いが重なる。

 そんなエルフィード王国側の人々の気持ちなどお構いなく、アリシアは想像していた。

 今後自分が〝銀の魔女〟名乗る所を⋯⋯そして皆が自分を〝銀の魔女〟と呼ぶところを。

 ⋯⋯悪くない⋯⋯むしろ良い。

 いったん瞳を閉じ改めて開いた後、アリシアはフィリスを真っすぐに見つめながらこう答える。

王女ありがとう、素敵な名前を付けてくれて、今日から私は〝銀の魔女〟だ」

 胸に手を当てながら礼を言うアリシアの表情は、フィリスが初めて見たアリシアの笑顔だった。


 こうして『国王ラバン・エルフィード』と『銀の魔女アリシア』の署名が並び条約は締結された。

 そしてこの日が〝銀の魔女アリシア〟の名が、歴史に刻まれた最初の日となる。

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