01-05 黄金の姫騎士はくじけない

 ここで物語の時間は、森の魔女が亡くなった直後に巻き戻る⋯⋯


 夏が訪れた頃、この国エルフィード王国の偉大なる守護者である森の魔女の死はすぐに王の知る所となった。

 なぜならアリシアが遺品整理の時に、いくつか稼働していた魔法具を停止した為である。

 そのためそれらと連動していた王宮の魔法具まで一緒に停止してしまっていたのである。

 それがひとつならともかく複数が同時期に停止した⋯⋯森の魔女が自分の死を伝える手段の一つとして、あらかじめ伝えていた事だった。

 しかし、森の魔女の死は公表される事はなかった、その直後に王が倒れた為である。

 森の魔女の死は王宮のごく一部の者達の間での秘密となった、このタイミングで発表すれば王は森の魔女の呪いに倒れたのではないかと、無責任な噂が広まる可能性があった為である。

 王の症状はすぐに回復する、そう皆が信じていた。

 しかしあらゆる手を尽くしても病状は一向に改善せず、気がつくと二か月以上経過し完全に森の魔女の死を発表する機会を逸してしまう。

 現在この国は比較的安定している、そしてこの大陸にある他二つの国とも平和的関係は保たれている。

 そもそもこの国を護り続けていた森の魔女がいずれ居なくなるのは分かりきっていた事である。

 その為森の魔女を使った強気な外交は何十年も前から慎んできた、しかしだからと言って森の魔女の死によってこれまで保たれてきた平和が続いて行くのかは、誰にもわからない。

 だから帝国にも共和国にも助けを求める決断を下せず、ズルズルと時間だけが経過してしまっていたのである。

 現在病魔に倒れた王には二人の子供がいる、その内の一人兄のアレクが父に代わり現在は内政を取り仕切っている。

 アレクはこれまで父の元で王たる者の英才教育を施された優秀な王太子である、よほどの緊急事態でも無ければ通常通り国を運営してゆく事は問題なかった。

 そんなアレクの元に一つの報告が届けられる、それを見たアレクは配下の者に妹を呼ぶよう命じた。


「兄様、何かあったのですか?」

 彼女が王のもう一人の子、今年十四歳になったばかりの王女のフィリスである。

「いきなり呼びつけてすまない、先ほど帝国との国境付近の部隊から報告があった。 内容はこうだ」

 そこで一旦区切りその報告書を開き読み上げる。

「帝国領より竜が一頭侵入、そのままボスカ山方面へと向ったと」

「竜ですか、色は? 大きさは?」

「赤の大型、おそらく火竜の百歳クラスといった所だろう」

「つまり私に狩って来てくれ、という事ですね?」

「そうだ、今回の竜の襲来ははっきり言って都合がよかった」

「その竜の肝をお父様に食べさせる為に⋯⋯ですね」

 竜の肝は、万病に効き滋養強壮に優れていると言われている、しかしその為に竜を狩るのは命がけである。

 通常なら百人以上の兵で追い込み、休みなく攻めて日を跨ぐことすらあり得る。

 もしくは竜の攻撃を防ぐことのできる、強者によってのみの短期決戦である。

 今アレクの目の前にいる妹のフィリスはそれが出来る、この世界でも数少ない強者であった。

 その秘密はフィリスの持つ魔力保有量が圧倒的である為だ、単純な量だけならこの国随一である。

 しかしフィリスにはその魔力を術に生かせる才能には恵まれなかった、しかし剣の腕と魔力を用いた身体強化や防護膜によって、竜の攻撃から身を守ることが出来る。

 今回の竜の討伐はなるべく早く、なるべく傷付けず倒したい、だからフィリスが最も最適な人選だったのである。

「フィリス⋯⋯何時も危険な事ばかり押し付けてすまない、私にお前の半分でも力があれば⋯⋯」

 アレクも一般人以上の魔力は持っている、しかしそれでも竜に立ち向かえる程ではなかった。

「兄様、私のこの力はこういう時のために神様が授けてくださった物なんです、だから気にしないで⋯⋯それに私にも兄様の代わりは務まらないし、お相子ですよ」

「そうだな、しかしお前の命には変えられん、けして無理をするな」

「わかってる、私はまだこの国の為にも死ねない⋯⋯だから兄様の剣貸して」

 アレクの剣、それは今から三年前のアレク十五歳の成人の儀に森の魔女から贈られた物である。

 この時が森の魔女が公の場に姿を見せた最後だった。

 しかしこの剣アレクが使用した事はほとんど無く、現在ではほぼフィリスの所有物と化していた。


 こうしてフィリスの、竜討伐が始まった。

 と言ってもフィリス一人で旅立つ訳ではない、竜と戦うのはフィリスだけだが何かあった際、フィリスを護り撤退させる為数名の精鋭が同行する。

 それに竜が篭る山の周りにかなりの数の部隊が待機する、万が一の際には彼らも戦闘に加わるが第一の任務は狩った竜を王都まで運ぶ事である、こればかりはフィリス一人ではどうにもならない。

 こうして現地にて、フィリスが竜と戦うのは五日後の事であった。


 戦いは苛烈であった、竜のブレスから魔力で身を守り、その鋭い爪はフィリスに届く前に兄から借り受けた魔力剣で切り落とす。

 かなり早い段階で竜の翼を切り落とす事に成功した事が、その後の流れを決めた。

 死闘は約一時間程で終わった、フィリスの勝利である。


 その後、竜の亡骸と共にフィリスは王都へ凱旋する。

 この国では王族が民を護る象徴である事を示す為、王族が自ら討伐した獲物と共に凱旋する事は習わしとなっている。

 別に王族自らが手を下す必要はない、前線に赴き配下を指揮する。

 それでも十分である、アレクも数年前に一度だけ行った。

 しかし今回のフィリスの凱旋は記念すべき十回目でありかつ、竜を倒したのは今回で三度目だった。

 竜の肝は現地にて既に摘出され、厳重な処置を施した上で既に王の元へと届けられている、だからフィリスはもう急ぐ必要はない。

 フィリスの凱旋を見つめる民衆、手を振りながら追いかけている子供たち。

 それらの表情は皆明るい、この国に暗雲が訪れつつある事になど気づいていない。

 民達を欺いている⋯⋯そんな自分を称える民衆へと手を振りながら、フィリスは王族の務めを果たすのであった。


 ――これでもう父は大丈夫だ、この国も安泰だ。


 しかし、そんなフィリスの願いは叶わない。

 竜の肝が完全に効かなかった訳ではない、一時的には回復の兆しを見せた、しかしまたしばらくすると病魔が再発した。

 今では定期的に竜の肝を食す事で生きながらえている、まるで穴の空いた桶に水を注ぎ続けるようだった。


 フィリスは一人城の中庭で剣を振り続ける、自分にはそれしかないからだ。

 今のペースで竜の肝を消費し続ければ、およそ三か月ほどで無くなるだろう。

 それは王の死を意味する、それまでにまた新たな竜を狩る必要がある、その日に備えフィリスはただ黙々と力を高める事しか出来ない。

 いよいよとなれば、竜種が豊富に生息する帝国領への遠征もやむなしである。

 そうなれば王の現状を他国に対して隠し続ける事は出来ないだろう、そして同時に森の魔女の死も。

 今は他国との関係は良好だがそうなった時、この国は平和なままで居られるのか。

 悩みながらフィリスは剣を振り続ける事しか出来なかった。

 そんな日々がどれだけ続いたか、その日は突然訪れた。

 王都の上空に突然巨大な魔力を伴なった何かが現れた、フィリスだけではなく城に勤める宮廷魔導師達にも感知されエルフィード城に衝撃が走った、しかしその直後にその魔力反応は消失してしまう。

 その後、フィリスは警戒態勢に関する指揮はアレクにまかせ、自らは単身城下へ下りすぐさま探索を開始する。

 城下町は平和そのものであった。

 さっきの魔力を感知できた高魔力保持者のほとんどが城勤めだったため、町に混乱は発生しなかったのであろう。

「古竜クラスの襲撃とかではなかったようね」

 もしそうだとするならば今頃街は大混乱のはずである、しかし先ほどの魔力は一人や二人の勘違いではない、確実に何かがあったはずである、フィリスはそのまま城下町の探索を続行する事にした。

 そして発見する、路地裏で一人うずくまる少女の存在を。

 一見すると何も感じないが意識を集中すればわかる、あれが只者では無い事が。

「あれは、魔女だ⋯⋯」

 そう結論付ける他なかった、少女は薄紫色のローブを着用しとんがり魔女帽子を被っている。

 見た目だけならお祭りの子供の仮装にしか見えない、いかにも魔女であると言わんばかりの伝統的装飾である。

 そう、見た目だけなら⋯⋯

 もうこの世界には魔女は居なくなってしまったとフィリスは思い込んでいた、だがすぐさま未確認の魔女の存在を否定する事は出来ないという事に今更気づく。

 さて、どうするかだ⋯⋯フィリスは戦うという選択肢を真っ先に捨てた。

 先ほどのとんでもない魔力を持った者であるならまず手に負えない、城下町が壊滅的な被害を受けて逃げられるのがオチだと⋯⋯見たところいきなり暴れる様子もなさそうだ、ひと先ずは対話を試みるしかない。

 そう考えたこの時フィリスは自分が魔女に見つかった事を察知した、このまま隠れて様子を探り続けるのは印象を悪くする、だから即座に決断する。

 フィリスは物影から出てゆっくりと魔女へと近づく、だが決して慌てず、慎重に、淀みなく、もしここで失敗すればフィリスの後ろにある臣民達がただでは済まない。

 そんな内心を全く感じさせない表情と声で、フィリスは魔女へと語りかける。

「どうかしましたか? 何かお困りですか?」

 その呼びかけに反応し、その魔女はゆっくりと顔を上げた⋯⋯

 肩にかかるぐらいの長さの、サラリとした癖の無い美しい銀色の髪。

 そしてルビーを思わせる赤い瞳が、フィリスを見つめていた。

 フィリスは一瞬、息を呑んだ。


 これが、フィリスの今後の運命を大きく変えることとなる魔女アリシアとの、出会いだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る