01-04 魔女の挫折

 馬の約十倍以上の速度で空を飛ぶアリシアは、時折地図を見ながら方向と角度を修正しつつ、一路王都を目指す。

 アリシアがなぜ王都を目指すことにしたのか、それはかつてアリシアが師の指導のもと大量に作った薬品類を師がどこかへ持っていき、それを大量の生活物資に変えて持って帰ってきたことを思い出したからだ。

 そして小さな町や村などでは欲しい物資が買えない可能性があるので、大きな街⋯⋯すなわち王都を目指すことにしたのだ。

 それに一度でも王都へ行っておけばいつか王様に会いに行こうと思ったとき、即座に転移魔法で行く事ができる。

 転移魔法は行ったことのある場所しか行けない、思い立ったら即行動するアリシアにとって行こうと思った時行けなければ、またズルズル行かなくなるに決まっている。

 やるべきことを決める、やりたくない理由を潰す、それが師から学んだアリシアの方法論だ。

 とはいえ、今回アリシアは王様に会いに行く気は全くなかったのであるが⋯⋯

 ともあれ王様に会わないと決めてしまえばアリシアにとって、王都行きは楽しみな事だった。

 好奇心に突き動かされた心が若干高揚しつつあることをアリシアは自覚する、師が死んでから塞ぎ込みがちだった心が熱を持ち始めていた。


 かつて師が見守る中、初めて空を飛んだ日の感動をアリシアは思い出す。

 そして、そのアリシアを見守る師はもう居ない。

 もうアリシアは師が見守って居なくとも真っ直ぐ、そして力強くどこまでも飛んで行ける、この時ようやくアリシアは師との別れに一区切り付けたのだった。


 やがてアリシアの目に巨大な城壁に囲まれた都市が見えてきた。

 此処こそがアリシアが住む魔の森がある国、エルフィード王国の首都エルメニアである。


 アリシアは都市の上空に差し掛かる前に隠蔽魔法を展開し姿を消した、人に発見され騒ぎになるのを避けるためである。

「凄く大きい⋯⋯それに人がいっぱい居る」

 しばらくアリシアは着陸せずに都市の上空を旋回し続けた。

 どれだけの時間と人の力があればこんな巨大な都市を作れるのだろう、少なくともアリシアには一人で作れる気がまるでしない。

 この偉業を成し遂げた人々への憧憬を感じ、その前では自分などちっぽけだなとアリシアは思った。


 都市の中央に有る広場へ着地したアリシアは箒を収納魔法へ仕舞うと、ゆっくりと隠蔽魔法の効果を解いてゆく。

 こうする事によって周りの人達から、アリシアは最初っから其処へいたかのような錯覚をする。

 今からアリシアは薬を売りに行くのだ、そしてどこで売りに行けばいいのかわからないので人に聞くしかない、だから隠蔽魔法を解いたのである。

 さて、誰に聞こう?

 アリシアの周りには人がいっぱいだ、その中にはアリシアを見て微笑ましく談笑している者もいた。

 なぜならアリシアの格好はどこから見ても、誰が見ても魔女と思える出で立ちだったからである。

 とはいえそんな格好のアリシアを見て、本物の魔女と思っている人たちは皆無である、子供の仮装だと周りの人達に思われている、そんな視線などアリシアにとって特に気になるものでもなかった。

 しかしそんな彼らに自分の方から話しかけると言う事はアリシアにとって、なかなか踏ん切りがつかないことでもあった。

「知らない人に、話しかけるのって難しい⋯⋯」

 今まで師以外との人と会話したことのないアリシアには、話しかけるきっかけがわからない。

 考えるアリシア⋯⋯しかしそんな彼女の鼻腔を香ばしい匂いがくすぐった。

 匂いの発生源はすぐに見つかる、広場の角の屋台からだった。

 アリシアは特に何の考えもなく屋台へと近づく⋯⋯

「いらっしゃいお嬢ちゃん、一本買ってくかい?」

 向こうの方から話しかけてもらえた、まさに僥倖であった。

「それは何?」

 貴重な会話のチャンスをアリシアは、目先の疑問に使ってしまう。

「串焼肉だよ!」

 朗らかに笑いながら屋台のおじさんは何でもないように答える。

 串焼肉⋯⋯!? そんな物はアリシアだって食べたことがある、しかしこんな香ばしい匂いはしなかった。

 焼いた肉に塩を振って食べる、それがアリシアの知る調理法である。

 しかし目の前の肉は明らかに塩以外のもので味付けされていると思われる、食べたい⋯⋯そんな欲求がこみ上げてくる事は無理のないことであった。

「今お金がないから⋯⋯薬を売りに行きたいんだけど、どこへ持っていけば買ってくれるかわかりますか?」

「薬? ああ薬剤ギルドならあっちの通りを真っ直ぐ行って、しばらくすると緑色の屋根の建物がある。 そこで買い取ってもらえるよ」

 客ではないアリシアにその屋台のおじさんは優しく教えてくれた。

「ありがとう、おじさん」

「いいってことよ、薬が売れたら後でまた寄ってくれよ」

「はい、後で買わせていただきます」

 軽くお辞儀をした後アリシアは薬剤ギルドを目指して歩いていく、しばらく行くと緑色の屋根の建物が見えてきた。

「ここか⋯⋯よし」

 やっとここまで来た、思えば長い道のりであった⋯⋯


 緑色の屋根の建物をひとしきり観察した後、アリシアは意を決してその扉を開く。

 ――カランコロン――

 突然、音を立てるドアにアリシアは驚く。

 これが魔法的仕掛けだったならばアリシアはすぐさま看破し驚く事はなかったが、あくまで物理的な仕掛けだったため気づかなかった。

 ドアベルの仕組みを理解するためになんとなくアリシアは扉の開け閉めを繰り返し、観察する。

「そんなに珍しいかい? お嬢ちゃん」

「あ、すみません⋯⋯ご迷惑でしたか?」

「別にそんな事はないよ⋯⋯で、何の用だい?」

「ここで薬を買い取って頂けると聞いてきたのですが」

 カウンターに近づきながら、話しかけるアリシアを訝しげに眺める女性はこう尋ねる。

「お嬢ちゃん、誰かのお使いかい?」

「違います、私の作った薬を買い取って貰いに来ました」

「お嬢ちゃんが作ったのかい?」

「はい、それが何か?」

 何やら雲行きが怪しくなってきてアリシアは、内心不安になって来る。

「別に構わないよ、ギルド証は持っているかい?」

「ギルド証? 何ですそれは」

 カウンターの女性は他に客も居なかった事もあり、丁寧にアリシアに説明をする。

「薬っていうのは人の命に関わる物もあるからね、信用のおける人が作った物しか売買できないのよ、だからその薬をきちんと作れるって言う技術を持っていると認めた人に、ギルド証を発行しているのよ」

 その説明を聞きアリシアは、どうやら計画を修正する必要があると感じる。

「ありがとうございます、ではそのギルド証はどうすれば頂けるのでしょうか?」

「本部の方で講習を受けて、知識や技術が認められれば貰えるよ」

 必要な情報に感謝しお礼を言おうとしたアリシアに、無慈悲な一言が突き刺さる。


「手数料に銀貨が一枚必要だけど大丈夫?」


 そこからの事をアリシアは、よく覚えていない。

 気づくとアリシアは一人路地裏でうずくまり、頭を抱えていた。

 これから一体、どうすればいいのかわからない。

 まずは問題を整理してみる。

 1、生活物資の補給が必要である。

 2、購入の為にはお金が必要。

 3、しかし、アリシアはお金を持っていない。

 4、薬を売って資金を獲得。

 5、薬を売るにはギルドの会員にならなければならない、しかしその為には銀貨が一枚必要。

 6、3に戻る⋯⋯


 アリシアはなまじ能力が優れている為に上手くいかなかった経験がない、故に最初に立てた計画が破綻している現状を改善する発想が上手く出てこないのである。

 また、現時点でアリシアがさほど逼迫していない事がかえって手段を選ぶ余裕を与えて、問題解決への妨げになっている事に気づけていなかった。

 いつしかアリシアの思考は問題解決から離れ、自己嫌悪へと移り変わってゆく。

 一人でやっていけると思っていた、それ位の力は自分には有ると思い上がっていた。

 そんな自信を失い代わりに、無力感や孤独感がこみ上げて来る。

 まるで自分の体が、泥沼に沈んで行くような感覚⋯⋯


 そんな時だった、アリシアがに気づいたのは。


 自分が誰かに見られている、しかも相手はかなりの魔力の持ち主。

 道行く人達とは比べものにならない位の魔力保持者⋯⋯そんな存在がここまで近づくまで気付かなかった、そんな事実がさらにアリシアを落ち込ませる。


 ――もういいや⋯⋯森にかえろう。


 しかし、その考えをアリシアは実行に移せなかった。

 立ち上がるその前にその観察者がアリシアの前に現れ、話かけてきたからだ。


「どうかしましたか? 何かお困りですか?」

 アリシアは、その声の主を見上げる。


 そこには金色に眩しく輝く、一人の少女が立っていた⋯⋯

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