01-03 魔女の巣立ち

 師との別れから数日間、アリシアはずっと家の掃除をしていた。

 とにかく何かをしていないとだめになるという、漠然とした不安感からの行動だった。

 しかしやがてアリシアも把握していない師の遺品が数多く見つかり、やり始めて良かったと思うようになる。

 把握していない稼働状態または待機状態の魔法具が多数発見された、これらを適切に師に習った通り処置していく。

 まあ当たり前のことではあるが放置してて爆発するような危険物はなかったが、だがそれらを放置して生活していくのは気持ちの良いものではない。

 次に地下から大量の蔵書が発掘された、主に魔法書である。

 いくつかさらっと目を通したところ、どうやら師が書いたものでは無いようだ。

 その内容は今まで学んだことのない、別の魔法体系と言える物だった、おそらく師が昔交流していた別の魔女達の遺品ではないだろうかとアリシアは推測する。

 そして最後に師の残した遺書が発見された、これの発見が遅れたのは師の部屋の掃除が一番最後だったからである。

 特に隠されていたという訳ではない、この部屋に入ればごく自然にすぐに見つかるように置かれていた。

 遺書の内容はアリシアへの謝罪から始まっていた、今際の際に聞かされたものとほぼ変わらない内容であった。

 そして次に今後の課題が三つ書かれており、最後にはアリシアへの感謝が綴られ締めくくられていた。


「それにしても、どうしようこれ⋯⋯」


 それは師が残した三つの課題についてだった。

 一つ目、今後も魔法を学び極め続けて行く事。

 二つ目、なるべく早いうちにこの国の王に会いに行くようにと。

 三つ目、魔女として落ち着いたら両親のもとに一度戻るようにと、そしてその後どう生きるかよく考えるように、と。


 まず一つ目、これは別に問題ない、たとえ遺言などなくてもアリシアはそう生き続けるだろう、それほどまでにアリシアは魔法にどっぷり漬かり魔法を愛している。

 そして二つ目、確かに会わねばならないだろう、しかしアリシアにとって王族と言うものは進んで会いに行きたい存在ではなかった。

 何かこう面倒事ばかり押し付けてくる、そんなイメージがアリシアの中で既に出来上がっている。

 最後の三つ目、両親と会うこと。

 会ってどうする? どういう過程で森の魔女の弟子となったのか、アリシアは正確に師から聞いて知っている。

 その上でアリシアには何の感情もない、恨みも思慕も。

 もし再び人生をやり直すことができたとして、自分に選択肢が委ねられたとしても、アリシアは両親の元を離れ師の下へと進んだであろう。

 会わないほうがいい、おそらく今の自分は両親に合わせる顔などないと、アリシアはそう結論づけた。

 ほんの少し胸の奥がチクリと痛む、でもそれは両親に会わないことではなく、師の言いつけに背くことが原因であった。


 とりあえず王に謁見する事も先送りにする事にする。

 アリシアには、国などという物と渡り合っていく自信が持てなかったためである。

 師のような偉大な魔女だからこそ国などと渡り合って行けたのだ、その師に比べて今の自分はどうなのか?

 アリシアには自身に対する客観的な評価がまるでなかった、すべての評価は師が基準であり、その師との相対評価でしか物事を判断できない。

 だからアリシアは森の外が怖かった、自分から出て行く勇気が持てなかった、この魔の森ほど自分にとって安心できる所などこの世界には存在しない、そうアリシアは本気で信じていた。

 だから今はまだこの魔の森で力と自信を身に付ける、王に会いに行くのはその後だとアリシアは決めた。


 おそらく世界中の人々はこう言うだろう「魔の森ほど恐ろしい場所はない」と。


 これからアリシアが一人で住んでいくことになるこの家は、魔の森の最深部を少し切り開き作られている。

 生活の中心となる本宅、それとは別に主に物作りなどを行う工房、そして普段使用しない物など詰め込んでいる蔵の三つの建物からなっており、その隣には小さな小川が流れている。

 さらに小川の向こう側には畑があり、薬草の類や食料としての野菜などが育てられている。

 なお畑の管理維持には、アリシアの腰位までの大きさの無数の魔法人形マギ・ドールによって、自動的に行われている。

 それら魔法人形マギ・ドール達の命令指揮権は三年ほど前に師から譲り受けており、今でも問題なく稼働している。

 アリシアがただ生きていくだけなら何の問題もない、それだけの十分な設備がここには既に備わっている。


 そう、ただ生きていくだけなら⋯⋯

 これが今現在直面しているアリシアの大きな課題だった。


 アリシアは最低でも十年は森を出るつもりはなかった、だがしかしその計画は破綻して行くことになる。

 半年ほど経った頃アリシアはようやく気づく、生活物資の一部が底をつきそうだと言う現実に。


 普段使う紙やインクなどの製法をアリシアは知らなかった、魔法や呪術用の特別製の物なら分かるし製作出来るのだが、それらを普段使いにするにはコストがかかりすぎる。

 食料等に関しては大抵のものは森の恵みによってまかなわれているがしかし、小麦粉やいくつかの調味料などの森の中では手に入らない物は多い。

 森で取れるハチミツをたっぷりかけたパンケーキは、アリシアにとって師が作ってくれた思い出のこもった大好きな一品である、これを失いたくはなかった。


 結局のところアリシアは森を出るしかなかったのである、これまで通り生きていくためには。


 アリシアは師の部屋へ行きそこにしまってある地図を開き、王都の位置を確認する。

 そしてその地図を収納魔法にしまって部屋を出る。

 扉を閉める直前に、もう一度部屋の中を見ながら一言ポツリとつぶやく。

「行ってきます⋯⋯」

 静かに扉を閉め家を出た後アリシアは収納魔法から箒を取り出し、気負う事なく腰掛けると同時にその身は宙を舞う。

 一陣の風となったアリシアは一路王都を目指す、こうして最後の魔女の弟子はこの世界に解き放たれたのであった。

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