01-02 最後の魔女の継承者

 それから森の魔女は村の復旧の作業を開始した、それは単なる復旧ではなく今後二十年以上は豊作を保障するべく、地脈の流れや魔力の集まりまで調整した本格的なものだった。

 この作業に一切の出し惜しみはなかった。

 普通の赤ん坊一人に対してならとても割の合わない大盤振る舞いである。

 それほどまでにこの赤ん坊に全てをかけるという、意気込みから来るものであった。

 森の魔女はすぐさま赤ん坊を両親から取り上げるような事はなかった、この国では生まれたばかりの赤ん坊にすぐに名前をつけない、一年後の最初の誕生日に名付ける習わしがあったためである。

 せめてそれぐらいは一緒にいさせてやりたいと思う、森の魔女の精一杯の思いやりである。

 それから二か月ほど経ち、森の魔女の尽力によりこの村は例年以上の豊作に恵まれた。


 そして冬になり、やがて春が来る。

 そして初夏を迎えた頃、赤ん坊は一歳の誕生日を迎える。

 そして両親によって赤ん坊は心を込めて、こう名付けられた。

 〝アリシア〟と。


 そして森の魔女はアリシアの両親に改めて誓う。

 アリシアを一人前の魔女に育てることを。


 こうしてアリシアは森の魔女の弟子となったのだ。


 弟子の育成といっても最初は特に何か変わったことをするわけではない、高濃度の魔力の立ち込める魔の森でただ育児をするのみである。

 こうすることによりアリシアはごく自然に、魔力を身体に循環する事を覚えていく。


 本格的な訓練は四歳の時から始まった。

 最初に小さな種火を作る魔法を教え、魔力の使い方を覚えさせていく。


 六歳になった頃から、薬草などを材料とした薬の作り方を学ばせていく。

 製薬技術は魔女にとって重要な資金源である、決して手を抜いて良いところではない。


 八歳になった時から、錬金術や付与魔法について学ばせていく。

 これらを極めることにより魔法とは生活を豊かにしていくものである、という認識をすり込ませる。


 そしていよいよ十歳になった、これより本格的にアリシアの戦闘訓練が始まった。

 力がなくては自分すら守れない、力がなければ素材すら手に入れることができない。


 アリシアの成長はめざましかった、一年ほどたった頃には単独で竜の討伐を成し遂げたのだった。

 この頃になってようやく森の魔女は恐ろしいものを世に解き放とうとしている、ということを自覚し始めたのである。


 調整が必要だった、アリシアとこの世界両方に。


 方法はともかくとして森の魔女は、この世界の平和と秩序に貢献してきた自負がある。

 そしてやっとできた自身の全てを受け継ぐ後継者が育ちつつある。

 その両方が不幸になる未来など断じて許容できない。

 早急に手を打たねばならない。


 まずアリシアには本を読ませることにした、いわゆる娯楽本というやつである。

 それらの共通点として登場人物に魔女が含まれているものが多かった、力に溺れ自分勝手なことをすれば周りから迫害されると言う認識を刷り込ませるためだ、ほとんど洗脳である。


 その甲斐があってアリシアの情操教育はうまくいったと言える。

 後はこの国の王に話を通しておくだけだ、森の魔女はこの国の王に手紙を送った。

 それは次のような文面だった。


 自分がもうすぐ死ぬことを、最後に弟子を育ててしまったこと、若いうちの魔女は道を踏み外しやすいから細心の注意をもって交流を持って欲しい、そして弟子に正しいことをすれば報われ、間違ったことをすれば罰せられる、そんな当たり前の世界を見せてやって欲しい、と。


 それからの森の魔女にとっての最後の時間は、苦悩や後悔に満ちたものだった。


 どうしてあのままひっそりと消えていくことができなかったのか、自分さえ消えてなくなればもう魔女の時代など終わっていたと言うのに。

 なぜ、今更になってあんな赤ん坊が生まれてしまったのか⋯⋯

 そして、自分の前に現れたのか⋯⋯

 どうして、育ててしまったのか⋯⋯


 答えなど出ないまま心を、命をすり減らしていく。

 そんな師との別れが近いことを、アリシアも感じ取っていた。


 そしてアリシアが十三歳になった頃、森の魔女はその最後を迎えようとしていた。


 ベッドの上で静かに横たわる森の魔女の手を、アリシアは優しく包み込むように握りしめていた。

 森の魔女は最後の力を振り絞り、最愛の弟子に最後の言葉を贈る。

「赤ん坊のお前を見つけた時私は道を間違えた、無理矢理お前を両親から奪い去り、そしてお前に魔女としての生き方を強要した」

 アリシアは余計な口を挟まなかった、ただ師の手を握り締め続けた。

「アリシア、もしお前がこの先魔女として生きていく人生の中で、辛い目に遭い世の中を呪うようなことがあるとすれば、それは私のせいだよ。 だから私だけを恨むんだ、いいね」

 アリシアは師の言葉を否定したかった、しかしうまくその思いが言葉にならない。

「アリシア、修行で身に付けた魔女の力は自分自身のために使うんだ、人に迷惑をかけたり人を傷つけたりしない範囲で、自分の楽しみのために、自分の生活を豊かにするために⋯⋯人助けなんてものは余裕が有り余っているときに、ほんの少し気まぐれにしてやる、そのくらいでいいんだよ」

 アリシアは理解している、師が自分に何を最後に伝えようとしているのか。

 すべては、アリシアを護るためだ。


「私は⋯⋯師と出会い魔法を授けられて本当によかったです、だから⋯⋯安心してお休みください」

 だからその言葉は自然と口からあふれ出た。


「ありがとう、生まれてきてくれて」

 それが森の魔女の最後の言葉になった。


 師の手から命が失われた後もアリシアは、ずっとその手を握り締め続けながら、泣いた。


 次の日、アリシアは師を送る準備を進めた。

 古木で組んだ櫓に布で包んだ遺体を載せた後、師から最初に学んだ種火の魔法で火をつける。


 火葬にするのはアンデッド化を防ぐために必要な処置である。


 アリシアの魔法の炎はゆっくりと師の骸を焼き尽くしていく、その過程をただじっと見守り続けた。

 やがて燃えるものがなくなり炎が次第に鎮火した後、ゆっくりとアリシアは近づいていく。

 そしてその手を灰の中に突っ込み、心臓に最も近い位置の肋骨の骨灰を取り出す。

 そしてそれをいとおしく見つめた後、おもむろに口の中に放り込み奥歯で噛み砕き飲み込む、これから先も師と共に有る為に。

 その後残った灰は細かく砕かれた後、アリシアの魔法によって魔の森全域にばらまかれることになった。


 こうして葬儀は、しめやかに執り行われたのだった。

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