銀色の魔法はやさしい世界でできている~このやさしい世界で最後の魔女と素敵な仲間たちの夢見る物語~

🎩鮎咲亜沙

第一章 最後の魔女の始まり

01-01 魔女の誕生

 魔女、それはこの世界で初めて魔力という力を操り、それを魔法と呼び操った者たちである。

 その力は凄まじく、その多くの者は後の人の歴史に多大な影響を与えた。

 あるものは聖者として、あるものは悪魔として、その歴史に名を刻み語り継がれていった。

 しかし魔女が歴史に登場して約千年、その歴史も今終わりを迎えようとしていた。

 これはそんな時代の物語。


 森の魔女と呼ばれるその魔女はこの時代最後の力ある魔女として名を馳せし存在、だがその命は尽きつつあった。

 魔女の人生三百年と言われる中で彼女は三百五十歳を越えていた、永く生きてきた方だろう。

 薬や秘術に頼ればまだ幾らか伸ばせるが、それを彼女は望んではいなかった。

 そんな現状を文にしたため使い魔の黒鳥に持たせ、この国の王に届けさせた。

「色々あったが最後の時くらいは心穏やかに過ごしたいからね⋯⋯」

 ほんの少しばかり未練が無いわけでもなかったが、概ねやりたい事はやり尽くした人生だった。

 こうして人生の最後を穏やかな隠遁生活で締め括ろうと画策していたが、そうは行かなかった。

 ⋯⋯その年記録的な猛暑がここ、エルフィード王国を襲ったことによって。


 まだこの時代、何処かで誰かが魔女を必要としているのだ。


「もう何も、しないつもりだったのにね⋯⋯」

 口ではそんなことを言いながらも頼られることは満更でもなかった、国からの依頼で特に被害が酷かった数ヶ所を救済して回った後、とある村に向かった。

 その村は彼女の領域である魔の森と距離的に一番近い村である、そこで彼女が見たものは今まで回ってきた所に比べればマシだが酷い有様だった。

 作物は萎びて倒れ人々は疲れ切っていた。

「これまた、酷いありさまだね⋯⋯」

 そうして村を見て回っていると村人に発見されたのか近づく者がいた、顔馴染みであるこの村の村長だ。

「森の魔女様、お久しぶりでございます」

「しばらくぶりだね、元気そう⋯⋯とは言えないね」

「はい、酷いありさまです」

 森の魔女がこの近くの魔の森を拠点としてから二百年は経っている、この村の全ての住民が、生まれた時から魔女を身近に生活してきた、だからこそ魔女に対する信頼は絶大である。

 そんな森の魔女がこの惨状に現れた事を知った村民からの報告を受け村長は、村の代表として救いを求めるべく話をしに来たのだ。

「森の魔女様、どうかこの村をお救いください」

 森の魔女はこの依頼を断る気はなかった、なんだかんだでこの村とは長い付き合いだ、目の前の村長だって生まれた時から知っている、しかし⋯⋯

「そいつは村の総意かい? 魔女に依頼する以上、対価は払ってもらうよ」

「もちろんです、この村から差し出せるものならなんなりとお申しください」

 この村に住む全ての住民は森の魔女という存在をよく理解している、村長のこの言葉は森の魔女への信頼から来るものであった。

「じゃあしばらく村の状態を見定めさせてもらうよ」

「ありがとうございます」

 そんな森の魔女の後ろ姿に深く頭を下げる村長だった。


「この村の被害はまだマシな方だね」

 王の依頼で見てきた地域に比べれば遥かにマシである、森の魔女は当然王にも対価を払ってもらっている。

 〝魔女は施しはしない、必ず対価を要求する〟魔女の戒律の一つである。

 そして国といえど予算は無尽蔵ではない、そのため特に酷い地域への依頼だけに留まったのだ、そのためこの村は地力で復興せよとの事なのだろう。

「少々土地が痩せて来ているのが気がかりだが概ね簡単に終わりそうだね、後は何を対価に頂くかだが⋯⋯」

 一人村を回りながら牛でも一頭貰っておくか、そんな事を考えながら村外れの方に差し掛かった時のことだった。

 とてつもなく大きな魔力を感じた。

「!? なんでこの村からこんな魔力を⋯⋯前に来た時にはなかったはず」

 森の魔女は慎重に魔力の発生源に近づく、そこには最近建てられた家があった。

 思い切ってその家の中に森の魔女は入ってゆく。


「森の魔女様! 何故ここに!?」

 家の中に入ると一人の男がいたがその反応はひどく驚いている、それも当然だろうこの村の崇拝の対象とも言える森の魔女が突然入ってきたのだから。

 次に奥の方からも一人の女性が出てきたが森の魔女はそんな事には目もくれず、もっと奥にある存在に、目と心を奪われていた。

 それはまだ産まれて間もない赤ん坊だった。

 その赤ん坊は溢れんばかりの魔力を放っていた、おそらくこの夫婦は気づいていないのだろう、夫婦共に少しばかり魔力を持ってはいるが差があり過ぎて⋯⋯

 突然現れた森の魔女が我が子をじっと見つめる姿に、女性は意を決してたずねる。

「森の魔女様、私達の娘になにか⋯⋯」

 森の魔女は赤ん坊から目を離さずに、心あらずといった趣でこう答えた。

「この子はあんたたちの子供なのかい⋯⋯報酬としてこの子をもらう事にするよ」

 夫婦は何を言われたのか理解できなかった、森の魔女自身も何を口走って居るのか理解していなかった。


 だからこそ、この言葉は紛れもなく本心だった。


「どうして私たちの娘を差し出さなければいけないの!?」

 あの後、夫婦宅に村長を呼び出し、四人で話し合うこととなった。

 赤ん坊の母親の怒りはもっともだった、森の魔女も今では冷静さを取り戻し先程の配慮を欠いた発言を悔いていた。

 しかし魔女である自分の発言を撤回する訳にもいかなかった、だからこう告げた。

「この村を救う代わりに、この村から何でも差し出すと言われたからね」

「だからといって、この子を差し出せなんてあんまりです!」

 村長も自分の発言からまさかこのような事態になろうとは、思ってもいなかった。

「森の魔女様、さすがに村民の子供をその両親の承諾もなく差し出すわけにはいきません。」

「ならこの村を見捨てる⋯⋯と、言ってもかい?」

「その場合は致し方ありません」

「⋯⋯そうかい」

 森の魔女にとっても引っ込みがつかなかった、だからこの交渉は決裂すると思われた。

 その時それまで妻の剣幕に圧倒され無言で状況の把握に勤めていた赤ん坊の父親は、森の魔女に疑問をぶつけた。

「そもそもなぜ私たちの娘を、森の魔女様は欲しがるのですか?」

 その発言を聞き妻も次第に冷静さを取り戻しつつあった。

 自分たちが生まれた時からこの村を見守っててくれたこの森の魔女が、こんな無慈悲で残酷なことを言うことが腑に落ちなかったのである。

 それは森の魔女がこれまで築き上げてきた信頼の証でもあった。

「⋯⋯お前たちにはわからないかもしれないがこの子には素質がある、魔女になれる素質が」

「本当ですか!」

「こんな嘘をついてどうするよ、現にあんたたちをこんなに怒らせて悲しませて、全く自分が嫌になる」

「では私たちからこの子を奪う、と言うのではないのですね?」

「弟子として育てたい⋯⋯そう思っただけだよ」

「ではこの子が大人になるまで、待っていただくと言うわけには」

「それじゃあもう手遅れだね⋯⋯大人になる頃にはもう魔女の資質は失われている、せいぜいちょっと出来の良い魔術士か魔道士ぐらいにしかならないよ」

 森の魔女は自分の寿命のこともあるが、そのことには一言も触れなかった。

 男は少し考え意を決して妻にこう告げた。

「この子を⋯⋯森の魔女様に託さないか?」

「何を言っているのよ!?」

 まさかの自分の夫の突然の裏切りに声を荒らげて掴みかかる妻を優しくいなしながら、男は妻にこう告げた。

「よく考えるんだ、この村の状況ではこの子は生き残れないかもしれないんだ」

 その言葉を聞き妻は、今まで考えないようにしてきた残酷な可能性に気づいてしまう。

「もちろん俺だってこの子を自分の手で育てたい、でも死んでしまうかもしれない⋯⋯でも魔女としてなら生き延びられるのかもしれない、どっちが正しいかなんてわからない、でもどっちかを選ばなきゃならないんだ!」


 この後、夫婦の話し合いは夜を徹して行われた。

 森の魔女も村長も、その話し合いを最後まで聞き届けるのだった。


「この子のことを、よろしくお願いいたします」


 それが長い長い時間をかけて、夫婦の出した答えだった。

「ありがとう、この子の事は大切に育てる、今のあんたたちの決断を決して後悔させないように⋯⋯森の魔女の名かけてに誓うよ」


 こうして、一人の赤ん坊の運命が大きく変わったのだった。

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